消えて現れた自転車

「ただいまー」

「お帰りー」

 友華ゆうかが学校帰りに事務所へ立ち寄るのは日常の光景だった。誰もいない家に帰るのが寂しいのは、私もよく分かっている。まぁ、ウチにはクールビューティーな蘭がいるけれど。ネザーランドドうさぎワーフのね。


 今日は先客もいて、少しにぎやかだ。

 ユキさんは、事務所の隣にある喫茶店『輪舞曲ロンド』の元マスターで、たまに留守番をお願いしているダンディな老紳士。

 ユウキちゃんは中学一年生になっても、たまに遊びに来てくれていて、友華とも顔なじみだ。本を読んでいた顔を上げて、友華に手を振る。

 おっ、そう言えば三人とも名前の頭文字は「ユ」だ。この状況でダイイングメッセージを書いても「ユ」だけ書かれていたら……犯人は分からないな、などとくだらないことを考えながら、友華に話しかけた。


「お母さん、出張から帰って来たんでしょ」

「うん、土曜日の夜に。そう言えば、金曜にちょっと不思議なことがあって」


「どうした?」

 おやつのクッキーを皿に入れながら続きを促す。

「木曜の夜、塾から帰ってくるのが遅くなったから、めんどくさくて自転車を外に停めたの」

「あの歩道に沿った所? あのマンションの人、たまにあそこへ停めてるよね」

「うん。その時も何台か停まってたし、いいか、と思って。それで、金曜の朝、学校へ行くときには置いてあったのに、帰ってきたら自転車がなくなってたの」


「路上駐輪の取り締まりで、区に持っていかれちゃったんじゃないの?」

 ユウキちゃんが話に加わってきた。この辺りは駐車だけでなく駐輪の取り締まりも厳しくて、たまに区の保管場所へトラックで運んでいってしまうことがある。

「でも、あの場所はマンションの敷地内だよね?」

 マンションの立地を思い浮かべながら尋ねた。

「だから大丈夫だと思って停めたんだけど、わたしも区役所に持っていかれちゃったのかなぁって。まぁ、あまり乗らないから困らなかったけど、それが日曜日の朝に同じ所へ停まってたの!」


「えっ、戻ってきてた、ってこと?」

「そうなの。何があったの?って感じでしょ」

 ユウキちゃんの問いに答える友華。

「木曜の夜に停めた自転車が、金曜の朝にはあったのに夕方には無くなっていた。そして日曜の朝には戻っていた、ってことだな」



「自転車泥棒が、使った後でこっそり返しに来たとか……、区の人が、間違えて持って行ったのに気付いて返しに来たとか……。うーん、何か他にあるかなぁ」

 ユウキちゃんが色々なシチュエーションを考えている。

「カギは付けたままだったの?」

 肝心なことを聞いておかないと。

「うーん、カギは取ったはずなんだよね。日曜に見つけたときもカギ掛かってたし」

「ストーカーが持って行ったかもしれないな」

 静かにテレビを見ていたユキさんも、いきなり参戦してきた。

「友華ちゃんのストーカーが持って行って、GPSをこっそり付けて返したのかもしれない」


「最近、すっかり可愛くなったからなぁ。あり得るかもよぉ」

 からかうように言った私に対して、友華が睨みつけてきた。

「今度、可愛いって言ったらブッ殺す」

「だからぁ、そういう言葉遣いは止めろって言ってるだろ」

 こちらの注意の声には知らん顔でクッキーを食べている。自分に自信がなくて、照れ隠しであんな言い方をするんだよな、以前から。


 ともかく、ストーカー説はさすがに突飛だろう。ユキさん、店は娘さん夫婦に任せて暇なもんだから、テレビの見過ぎじゃないかな。そもそも、あまり乗らない自転車にGPSを取り付けるメリットがない。

「お母さんが友華ちゃんを驚かそうとして、こっそり隠したとか。あ、でもその日はお母さん居なかったのか……」

 ユウキちゃんは口をへの字にして、うーんと唸っている。

「いや、ユウキちゃんの意見はイイ線行ってるんじゃないかな。もう一つ、確認。お母さんは金曜日に出張へ行ったんでしょ? 朝早く出掛けたの?」

「ううん。飛行機の時間がお昼頃だからって、ゆっくりしてたよ」




 これで条件も出そろって、推理は完了。

「謎解き、しようか?」ともったいぶって言うと、「教えて!」「聞きたーい」の声が返ってきた。


「自転車の存在が確認されていたのは、金曜の朝までと日曜の朝以降。つまり、犯行時間は金曜の昼頃から土曜の夜までと考えられる。関係者の中で、その時間にアリバイがないのは……」



「……ママだ!」

「そうだね。ここからは推測だけど、お母さんは飛行機に乗る時間に合わせて出掛ける予定にしていた。ちょっと支度に時間が掛かってしまって、駅まで自転車で行こうと思い、カギを持って部屋を出た。駐輪場まで来て、自転車に乗ろうとしたら……しまった、間違えて友華の自転車のカギを持ってきてしまった。

 取りに戻ろうかと思ったけれど、マンションの部屋まで行くのもめんどくさい。確か友華の部屋は十階だったよね」

「うん。ママもめんどくさがりだから……」

「友華の自転車が外に停めてあるのは聞いていたから、それを使っちゃえ、と駅まで行き、駐輪場に停めて空港へ向かった。帰ってきた土曜日も夜遅くなったし、面倒だから外に停めた……真相は、こんな感じだと思うよ」


「チョー納得なんですけどぉ」

 ユウキちゃんが笑顔で言う。

「もぉ! ママったら、ちゃんと話しておいてくれればいいのに」

 友華は少しふくれっ面だ。

「あまり自転車を使わないのを知っていたから、気にしなかったんだよ。おかげで、みんなの推理バトルで盛り上がったじゃん♪」


 また、急にユキさんが一言。

「ストーカーじゃなくて、よかった」

 えっ、そこですか。

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