第19話
【メッセンジャーチャット内】
〔私は、優しいタイプの男の人がいいわ。昔から年の近い男の人は苦手だし〕
〔でも、女性はそれだけじゃ物足りないって言うけどな〕
〔なんか疲れるんだもん。暴力的な人は嫌いだし〕
〔あぁ~~それな〕
〔あ、違うよ。磯ちゃんの話じゃないよ。マシンガンから話聞いたとき、私も磯ちゃんがまさかなって思ったもん。マシンガンを怒らないでね。私がしつこく聞いたせいだから。それより磯ちゃん、もうホムペ(HP)再開しないのかな、やっぱ〕
〔そんな心境じゃないみたいだね。みんなには悪いとは言っていたけど。やっぱり実生活の方が優先だしね〕
〔もちろんそうだよ。ごめんね。そっか、でもみんな色々大変だよね〕
〔まあな。君は若いから羨ましいよ。25歳なら今からなんだって出来るし〕
〔えーもう若くないよ。早く結婚したいけど相手がいないし〕
〔彼氏とは上手くいってないの?〕
〔不倫ですからw ってもう最近会う回数も減ってきたし、結婚出来るわけでもないしね〕
〔人それぞれだけど。ただ、普通の彼氏作ったほうがいいとは思うけどね〕
〔そうね。女は結婚しないとね。私のお姉ちゃんも三十過ぎで独身だと……幾ら美人でもちょっとね。あ、今度お姉ちゃんの写真見せてあげよっか〕
〔そんなことしちゃ駄目だよ。ネットは危険なんだし〕
お父さんの具合が悪くなり、親戚のいる神奈川に移り住むとき、婚約中だったお姉さんだけは広島に残ったと言う話は、以前ウーロンから聞いていた。
結局、結婚はせず、今はスナックで働いているそうだが。
〔岩ちゃんなら平気だよ。年も丁度いいけどな。水商売やっている女の人は嫌い?〕
〔う~ん、そんなことはないけど、広島に住んでるんだろ? 俺は大学がそっちってだけで地元じゃないから。もう広島に行くことはないと思う。あいつが広島に帰ることになったら紹介してやったら?〕
〔広島に帰ることになったの?〕
〔いや、そうはいかないさ。会社はそうそう社員の言うことを聞いてはくれない〕
〔そっか・・・。ねえ、岩ちゃん。私が神奈川じゃなくて大阪だったら、会いたい?〕
〔うん、マシンガンと戸髙と一緒に飯に行こう〕
〔そうじゃなくてえ~〕
(この男は私を口説いてこない)
張りつめた弓の弦を弾くように、直子は黒髪を
公共の青空を特権で切り取るような、ご
(農業就労支援)
農業をやりたい人や農業法人に就職したい人の為の相談会にひょんなことから勲は出向くことになった。
不況の折、中は大盛況で、しかも役所の人間が不慣れなせいか、二時間近く待たされる。老夫婦、仕事をしない息子を見かねて連れて来たのか、ふてくされ顔の若者とその母親、若いカップル、モヒカン、勲と同年代の中年がゾロゾロっと、集まった人間は多種多様だ。
役所の人間も不慣れなら、面接する農業関係者も不慣れなのか、
だが、その場所で一番ピントがずれていたのは自分自身だった。
就職先の一つとして斡旋して貰えると勘違いしていた勲は、面接の会話もままならない。嘘でもいいから、将来農業をやりたいと熱弁を振るうのが正解だと直ぐにわかったが、もう修正する気もなくなっていた。
年配の農場経営者にため息をつかれ、自分より若い農家の二代目の下手な受け答えを聞いているうちに精神の徒労はピークをむかえ、応募の用紙だけ貰い、その場を逃げるように立ち去る。
(マシンガンに説教している場合じゃないな)
煙草を吹かし、無意味に休日を使ったことを後悔しながら、青空を仰ぐ。
マシンガンとは、戸髙の一件があってから連絡を取っていない。
携帯を取り出す。
〔昨日話した所、今行って来た〕
〔お、行ってきたんだ。どうだった?〕
〔中々大変。場違い〕
〔そうなの? う~ん。ニュースと言ってることが違うね〕
〔若い子の方がいい〕
〔補助金活用したいだけかな? 困ってる人の助けになるもんじゃないのか~〕
〔詳しい事はまた。ごめんウーロン。指がつってきた〕
〔笑wwwwwwwそっか携帯疲れるんだね。わかった。また夜にね〕
携帯を畳む音が、現実を引き戻す。
職探しも最近していなかったので、久しぶりになんとも言えない気持ちになる。たった一年前より、確実に社会の中の自分の居場所が狭まっているのをひしひしと感じて、安定していた神経が、ここに来てじわりと勲を追い詰めてくるようだった。
携帯のチャットをオフにして、直子はこたつに舞い戻った。
口説いて来るかと思ったが、どうも煮込みが足らないジャガイモみたいだ。
「直ちゃん、みかんの皮出さんで、便秘にいいんやで」
「ん、ごめんごめん」
直子は食べるのに飽きてくると、みかんの汁だけ吸って外に出す癖がある。
まあ、何遍注意されてもやるのだから、孫と祖母の予定調和なのだが。
「は~お店行く・・の嫌やな」
「なん。なんか嫌な事あるん。嫌やったら行かんでいいしな」
「愚痴。お母さ……んに言わん・・といて」
「最近の子は、難しいねえ」
「洗い物ばっか」
「そんでいいき。ややこしいお客は、相手にしたら難儀やき」
「恵ちゃんと・・かプロ」
「そんなんしんでいい。家に来た子じゃろ? あの子は余り向いてない思うけどな」
「彼氏一途や・・しな」
「ほうかほうか」
祖母は、韓国ドラマのビデオをガチャっと年季の入った機械に入れながら、聞いているのかいないのか、わからない風だ。
「あんたは昔から、頭良かったしな。その気になったら何でも出来るき心配しんでもいい。酔っ払いの相手がうもうなっても良い事はない」
「小さいころ。頭……よかったん・・かな」
「今もええよ。勉強はしんでも、利発なのは、変わらんきね」
「あの人なに・・してるんじゃろ」
「さあな~。どっかで野垂れ死んでるんと違うか。結構な大学行かせて貰って」
「そんなん可哀想」
「可哀想なことあるかい。あん時は直ちゃんが賢かったからや、ニュース見てみぃ、怖い怖い」
野垂れ死にか……ある意味そう。成功者以外は、結局死んだようなもの。
その男と、いま自分が接触しているというのも、何だか不思議なものだ。
店も退屈、真央とも少しだけ距離ができた。
久しぶりに男遊びでもしようかな?
画面に映る、のほほんっとしたタイプも、たまには良いかもしれない。
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