異世界のメシを愛する俺と現世のメシを愛する彼女

ケイケ

第1話 行き倒れ少女

 田んぼに両脇を挟まれたあぜ道を歩きながら、俺は空腹で騒ぐ腹を抑えている。

 空腹の原因はわかっている。朝飯が無かった為に昼飯を午前中に食べてしまった事、つまり早弁だ。

 授業をサボって食べる弁当は格別だが、代償が大きすぎるのが難点だ。


「おっはよう蒼空そら!」


 背中に突然衝撃が走ると同時に、聞きなれた声が聞こえてくる。我妻蒼空あづまそら、それが俺の名前。

 振り返る前に自分が背中を叩かれた事を認知すると、左足を踏ん張り、体を180度回転させる。その勢いと空腹で溜まった鬱憤を、右足に乗せて回し蹴りをぶちかます。


「おっと危ない!いやぁ今日もキレッキレだなぁ!」


 確実にわき腹を捉えたかと思ったが、俺の空腹で鈍った蹴りは、機敏に動いた肘に阻まれたらしい。反撃どころかこちらが足の甲にダメージを負った。

 もちろん本気で蹴り上げたわけではないので、大したダメージではないのだが、さすがに元運動部は反射神経が並じゃない。


「おはようって……もう帰り道だぞ晴輝はるき


 この一昔前に流行った軽いパーマをかけたミディアムヘアを中途半端な金髪で染めた男は唐沢晴輝からさわはるき。俺とは幼少期からの腐れ縁でつるんでいる。

 学校は行ったり行かなかったり、俺よりは登校率は良いらしいが深夜遅くまで毎日起きているらしく朝は起きれないのだとか。

 さっきも既に夕方の四時で、いわゆる下校時間だというのに「おはよう」という言葉をかけてきた辺りから、いつ頃起きたのか想像がつく。


「で、今日は何する?ゲーセンか?河川敷でエロ本捨てられてないか見てくるか?」


 これだけで、俺達が普段何をしているのかがわかる。しかしそんな余裕は、今の俺には無い。

 だが俺はいいことを思い出した。俺の家に帰るより、晴輝の家に行く方が距離は短い。そしてヤツの部屋には置き菓子をしていたはずだ。


「お前の家行こう」

「は? 俺出てきたばっかりだぞ」


 言われてみれば確かに、わざわざ出てきたばかりの家にトンボ返りさせるのは悪い気もしてくる反面、コイツなら良いかというタチの悪い考えも浮かんでくる。


「蒼空、お前腹減ってるんだろ、なんか奢ってやるからコンビニ行こうぜ」


 ――バレてる。

 しかし晴輝の提案は金欠の俺にとってこれ以上なく魅力的で、俺の首は本能的にうなづいていた。

 コンビニとは言っても、この辺りにあるのは個人営業の小売店。看板が傾くくらい昔からある老舗のコンビニモドキだ。


「ああ~生き返った~」


 近くの公園に到着した俺達は、少し冷えたままの海苔弁当を空腹の胃に詰め込んでいく。

 俺達がいる公園は田舎特有で、敷地は広いが遊具などはほとんど何もない。トイレとベンチ、そしてなぜか唯一ブランコだけがポツンと置かれている。

 

「さて、どうせ公園来たなら、あれやるか」

「またかよ~仕方ねぇなぁ」


 食べ終わるなり俺は、一直線に公衆トイレの裏の茂みに隠しているものを拾い上げる。俺の手の中にあるのは、白い五角形と黒い六角形、ベーシックな模様のサッカーボールだ。両手で持ったそれを空高く垂直に放り投げ、俺は左足に全体重を乗せる。右足は地面とほぼ平行になるように振りぬくと、足の甲に今度は心地よい感触。ボールはまっすぐ晴輝の胸元に飛んでいく。晴輝は一瞬ひるんだ様に見えたが、何事もなかったかのようにボールを左手の平で受け止める。


「ぴー!ハンドなー!イエローイエロー!」

「お前な、突然不意打ちかましといてそりゃねぇだろ?」


 ボールを右手に持ち直した晴輝の抗議に対し、俺は両手で耳を塞いでしらを切る。すると晴輝は右腕を大きく振りかぶり、しなやかな投球フォームで俺に向かってボールを投げつけてくる。俺はそれをなんなく胸で軽くはじき、宙を舞うボールを足でリフティングする。


「おいおい、いつからドッチボールになったんだよ」

「お前が勝手にサッカー始めたんだろうが」


 俺がボールを蹴り飛ばすと、奴はそれを投げて返してくる。その単純な作業の繰り返し、半キャッチボールだ。これをやっているときは頭が空っぽになって良い。いつもと同じように他愛のない話をしながらのボール交換をしていると、晴輝がいつもとは違う内容の話を持ち掛けてきた。


「転校生?」

「ああ、なんか明日来るらしいって噂聞いたぞ」


 転校生が来るとは言っても、ほぼ不登校の俺達からしたらどうでもいい。それ以前に今学校にいる人ですら顔も名前もほとんど覚えていない。そんな関係すらまともにない人が一人増えるだけ、ただそれだけの話だ。


「だからなんだ?」

「いや、お前が興味ない話題なのはわかってるけどさ……」

「はい、この話終了~」


 こいつの言わんとすることはわかる。どうせ可愛い女の子かどうか確かめに行こうとかい言うつもりだろう。だが俺は晴輝の言葉を遮って無理矢理話題を終わらせる。それからは何となく気まずい雰囲気になり日が沈みきる前にお開きにした。


 俺たち二人の住む家は学校や公園から見て逆方向で、帰宅ルートが同じになることはまず無い。それに俺の家はかなり孤立した場所にあるため、ご近所さんというものがない。

 夏ももう終わりかけて、これから秋になっていくこの季節。聞こえてくるのは夏の終わりを憂いているようなセミの鳴き声だけ。

 寂し気なその声を聞きながら俺は、ボロボロの平屋の一軒家の戸をガラガラと簡素な音を立てながら開く。


「ただいま……」


 誰かに向けて放った一言、だがそれに反応する声は無く、家の中には人の気配がしない。当然だ。俺の唯一の家族の母親は今は仕事で外に出ている。

 中身の入っていない軽くつぶれたバックを床の隅に放り投げて、床に倒れこんでから制服のネクタイを緩める。

 八畳一間の畳部屋。部屋の中央にあるちゃぶ台や壁際に置かれた大きめのタンス以外は特に目立つものもない。

 寝っ転がった体制のまま腕だけを伸ばし、ちゃぶ台の上から紙切れを二枚手に取る。


「二千円か……給料入ったのかな……」


 一度大きく息を吐いて勢いよく上体を起こす。ちゃぶ台の上に置かれていたのは二枚の千円札だ。

 俺の夕食や小遣いは毎日ここで受け取っている。今日のように二千円の日は稀で、普段は千円、酷いときは五百円どころか三百円の日もある。

 手に取ったお札をポケットに押し込み、緩めていたネクタイを外す。ブレザーのボタンも外したラフな格好になるとさっさと立ち上がって家を出る。



 目的地は家から自転車で三十分のところにある小さなスーパー。

 買い物かごの中には、半額に割引された惣菜と百円カップ麺がいくつか。

 レジを通って外に出た頃には、もうすっかり日も落ちていた。まだ九月とはいえ六時を過ぎれば街灯の無いあぜ道は真っ暗だ。自転車のライトを点灯させてゆったりと走り出す。


 今日二度目の帰り道、それもあと数分で到着するところだ。

 はやく帰って晩飯を食ったら、晴輝の家に行って、今週の週刊チャンプでも読ませてもらうとしよう。

 だが一瞬目線の先に違和感を感じブレーキをかける。ライトに照らされてるのは紛れもない、人の足だ。

 しかし妙だ。この狭い一本道で避けもしなければ止まった俺の脇を抜けていこうともせず立ち止まっている。

 どこの誰かと、俺は身をかがめて自転車のライトを目の前の人物の顔の高さまで上げてみる。


「女……どちらさんです?」


 あまり見覚えもない邪魔な女に声をかけるが返事は無い。

 しかしその直後、女の体はフラフラと不規則に揺れ、そのまま前のめりに倒れこんでしまった。


「あ、おい!」


 俺は自転車から降りて倒れた女に駆け寄った。抱きあげて声をかけても返事はない。ここから救急車を呼ぶより、俺の家の方が近い。


「とにかく、ここに置いといちゃまずいな……」



 数分後、家に到着した俺はお湯の入ったカップ麺の三分を待ちながら買ってきた割引惣菜のコロッケを一口つまみ食いする。

 普段なら至福の食事の時間のはずだが、今日はそうでもないどころか味にまったく集中できない。

 倒れていた彼女をおんぶしてここまで連れてきた俺は、とりあえず布団を敷いて彼女を寝かせていた。自転車を回収して戻ってきても目を覚まさないけれど、特別外傷があるわけでもないから、とりあえず今は放置している。

 家の電気で確認して初めて気が付いたが、案外キレイな顔立ちをしている。襟足でまとめられたミディアムショートの髪は艶やかなワインレッド。服装も袖と肩の無い首元から胸までをカバーしたクロックドトップスにホットパンツ。へそやら太ももがなど露出が多いセクシーな格好だが左胸のところだけ鉄のカバーのようなもので覆われている。それに、腰にはどこからどう見ても鉄か何かの両刃の剣がぶら下がっている。偽物かと思い一度手に取ったが重さは明らかに本物、しかも試しに刃に指をあてたら思い切り切れて心臓が止まるような気分にさせられた。しかし気になるのが、この剣の両方の腹の付け根が半円状に盛り上がり、剣先から見ると1センチ程度の穴が空いてる。


「ん……あれ、アタシ……」


 一瞬目を離してカップ麺の蓋を開けたとき、突然聞こえた微かな声に驚いて汁を溢しそうになるが、どうにか両手で容器を抑えてから目線を声の方へ送る。


「おい、大丈夫か?」

「お腹……空いた……」

「は?」


 目を覚ますなり何を言うのかこの女は……と思った直後に女の視線を見て冷や汗が流れた。もう餓死寸前なんじゃないかと思うほどやつれた目付きをしていたからだ。


「これ、ごはん……」

「え、いやこれは……」

「お願いします……分けてください……」


 唐突に目の前で深々と頭を下げられると断りにくい。いやしかしどう見てもこの女は空腹で倒れていたようだったろうし、危機的状況なのは間違いない。小さくため息をついてもう一度考えてからカップ麺を女の前に差し出す。


「熱いから、気をつけろよ」


 すると女の少し垂れ気味の碧の瞳が突然輝きカップ麺をがっつく。せっかくのラーメンを啜(すす)らずに噛んでちぎっているあたり猫舌なのだろうか、それにしてはいきなり食べても動じてない。俺はそれを横目に押し入れにしまっていた非常用の乾パン缶を食べる。


「あーおいしかった!ありがとうございました!」


 食べ終わると同時に深々と頭を下げてくる。そして頭を上げた女はスッと立ち上がる。


「それじゃお世話になりました!」

「おいこらちょっと待て!」


 俺の声にピクリと立ち止まった女は玄関に向けた体をもう一度こちらに向き直す。すると女は何か考えた風に顎に手をあてると何かに気が付いたようにもう一度俺の前に座る。


「そうですよね!お礼も何もせずに立ち去るなんてダメですよね!」

「いや、お礼はどうでもいいんだが……」

「どうでもいいの!?」

「どうでもいいから、あんなとこにいた理由やら諸々の事情を教えろ、状況次第で警察に突き出す」

「ケイサツ?」


 そう、ハナから他人に対して礼など求めても仕方がない。そんなことよりこの女がどこの誰なのか、最初は同い年くらいにみえる容姿から噂の転校生の線を疑ったが、なんでこんな|物騒な物(両刃の剣)をぶら下げているのかとか考えてたらそれはありえない。

 そもそも警察をわかっていないあたり外国の人間かとも思ったが、ずいぶん流ちょうな日本語を喋っている。


「私、この世界は初めて来るんだけど、ここはどんな世界なのかな?」


 世界?初めて来る?何言ってんだこの女。

 俺が首をかしげていると、女は自分の世界から飛んできただの魔法がどうだの、訳のわからない言葉を続けざまに語り掛けてくる。


「どう、アタシのことわかってくれたかな?」

「あーはいはい、わかったわかった」


 から返事をしながらスマホを開いて110番を入力したところで、女は俺の顔を疑いの眼差しで覗き込んでくる。


「あーさては信じてないなぁ!」

「当たり前だろ、誰がそんな戯言(たわごと)信じるんだよ」

「疑うよりも信じることから人と人の関係は始まるんだよ!」

「じゃあそのお前の世界とやらに俺も連れてってみろよ!」


 そうだ、連れていけるはずがない。

 証拠も何もない奴を信じるほど俺も馬鹿ではない。それにこういうのは、何かと理由をつけて連れていけないとか言ってはぐらかすパターンだろう。前に晴輝のコレクションのアニメで観たことがある。


「わかったよ、連れてけば信じるんだよね」

「え……?」


 そう、こういう展開に……って、あれ?


 突然、右肩を掴まれると目の前が真っ白になる。


 まさか……まさか……


「うっそ、ちょっと待っ……!!」

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