第3話 営業職の男性の体験 (前半)
「ああ、疲れた」
と俺はため息をついた。最近家に帰ってからこれしか言っていない気がする。
スーツを脱ぎ、冷蔵庫から発泡酒を取り出す。シャツのボタンを外してソファに座るまで一切途切れずに動く。
まるで機械のようなルーティンワークも何年前からだったか…
一人暮らしを始めてから要らないことを考えなくなった。
若手と呼ばれているのも、もう少しなのかもしれない。
俺は印刷会社の営業職をやっている。
若さを武器に契約をどうにか得ようとしてひた走っているものの、中々上手くいかない。
それがあってか最近上司の機嫌も悪く、今日も罵声を浴びせられた。
別に仕事熱心という訳でもないし、給与も貰えて安定していればいいと思っているのが本心なので、特に向上心も無い。
しかし、昔からサボる気にもなれない性格なので、我ながら世渡り下手だと常々思う。
「あーあ、これから何が起こるとか分かれば少しは上手くいくのかな…」
能力は殆ど平々凡々なのだが、唯一予測能力だけは苦手だった。
それが元で色々とミスをしてしまうことも多い。
「いっそ未来でも行けたらってか…」
そんな事を呟きながらコンビニで買ったチーズをつまんだ。
何も考えずにツイッターを開けてみると、友人がリツイートした記事に思わず目を見開いた。
「なにこれ『未来の自分に会える場所』?フッ、馬鹿らしい」
そんなうわさ話、信じる人なんてたかが知れてるだろう。
というか何?なんでこんな都合のいいタイミングで出てくるんだ。
返信欄を見てみると、案の定そんなの信じるかよという否定的な意見が目立つ。
でも、俺は何となく詳細を見てみることにした。
なんでも、ある交差点のどこかにワープホールみたいに未来に飛べる点があるらしい。
そこで、未来の自分に会いたいなんて思っていると、変な部屋みたいな所に飛ばされるという事だ。
でも、どうしても眉唾物にしか思えない。
だけど、不思議とそうも思えなくもなる。
最近上手くいってないから、なんか藁にでも縋っていたいって感じなのか?
そこまで追い詰められている感覚は無いんだけどな。
でも、どうせなら会ってみたいな。
未来の人に聞いてみたいことは沢山ある気がする、
宝くじの当選番号とか、未来でヒットしてる仕事とか、先取りしたトレンドの服とか。
…どうしよう、金儲けのことしか出てこない。
とにかく、未来の事はを知ってこの状況をどうにかして変えたい。
そんな思いが俺の心を支配した。
なんて、仰々しく言ってみるけど、俺は一概のサラリーマンだしそんな奇跡なんて起こらないだろう。
さーて、明日も仕事だ。
相変わらず、ルーティンをこなすように俺は服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
この生活も最初は自分が頑張っている気持ちになって悪くもなかったんだが、いつの頃からかそんなことを思える気力すらなくなっていた。
頭がぼーっとしていて、気がつくといつの間にかベットの上に寝転がっていた。
そういや、未来の自分って何をしているんだろう?
昼間、俺はいつものように営業周りをしていた。
それでも、やっぱり上手くいかない。
用意した書類がダメだったのか?それとも、質疑応答に失敗したか?
あーもう、クソッ!
なんか落ち込むのを通り越してイライラしてきた。
人混みに混じって信号を待っていることすら苛立つようになっている。
そして、そんな自分に嫌悪感を抱いてしまう。
やっぱりこの仕事は向いてないのか。
いっそ転職でもしてみるのはどうだろう。
いや、このご時世30代の人間がなかなか希望通りの会社につけるのか微妙なところだ。
信号が青になり、周りが動き出した。
ロボットみたいにみんなで一斉に行動していくのは心地良いが、自分を忘れてしまうようで何か怖い。
取り敢えず、会社に戻るか。
と、そう思った途端だった。
目の前が真っ暗になり、意識が遠のく。
ぼやっとする頭の中で俺は、昨日の記事を思い出した。
そうだ、ここはあの交差点だ。
ということはもしかして…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます