「ちょっと、嫉妬しちゃったな」(4)

「あ、お帰りなさい。彰彦さん」


 妙なテンションのまま町中を駆け抜け、それでも見つからなかったナナだったが、家に帰ってみたら普通に居た。何だろう、このかつて味わったことのない肩透かし感は。


「何か疲れてますねー。汗だくですし。部活の帰りかなんかですか?」


「いや、お前を探して走り回ってたんだが……」


「あー、買い物に行ってたから入れ違いになったかもですね。えへへへ。心配してくれたんですか?」


「そりゃ、あんなことがあればなぁ……」


 俺はすっかりしわくちゃになってしまった制服をハンガーに掛けながら返す。


「……あんなこと、ですか」


 まずい、またしても言わなくても良いことを言ってしまった。何とフォローしたものかと思って様子を窺うが、何だろう、笑っているような悲しんでいるような複雑な表情をしている。出会ってから初めて見る表情だ。


「あたし考えたんですけど、これって当たり前の事なんですよね。多分ずっと続いてきたことっていうか。そういう伝統みたいなものにあたし一人がどうこう出来るわけもないですし、もう諦めるしかないのかなって」


「いや、そんな……」


 俺はナナの正面に腰を掛けるが、二の句が継げずにいた。

 ハイテンションで走り回ってからの真面目な話題に気持ちがついていけないというのもあるが。


「だから、良いですよ。彰彦さんなら」


 ナナは俺の制服を指差す。魔法少女と魔法使いから貰ったアイテムで胸元が不自然に膨らんでいる。


「そこに有るんですよね? お札みたいなやつが。それを使ったらあたしはめでたく魔法少女失格というわけですが、出来たら彰彦さんがやってくれませんか?」


「どうして、俺が」


「えへへ……。やっぱり自分でやるのは怖いですよ……。今だって、ほら」


 ナナは両手を俺の目の前に差し出す。俺より一回りも二回りも小さい少女の手は小刻みに揺れていて、それはまるで救いを求めているかのように見えた。


「どうしてもって言うなら自分でやります。スペードにやられるよりはマシですし、元々彰彦さんは魔法界のあれこれとは関係ないですからね」


「……そんなことない。そんなことないぞ、ナナ」


 ナナは何を言われたのか分からなかったのだろう、一瞬固まって何事か考えていたが、俄かに怪訝そうな顔になって首を傾げる。


「お前は知らないかもしれないが、俺は魔法とは縁が深いんだ。長年の付き合いと言うか、恩があると言ってもいい。だから、関係ないとかそんな冷たいこと言わないでくれよ」


「は、はあ……」


 何を言ってるか分からないだろうな。俺もついさっき知ったことだ。


「明日またスペードの奴が来るだろうが、その時ナナも一緒に居てくれ。そして俺のやることを黙って見ていてほしい」


「……へへ。何だか分からないですけど、分かりました」


 ナナは目元から零れた雫を拭いながら、ぎこちなく笑顔を作った。どんな気持ちでいるのだろうか。


「彰彦さん!」


「はい?」


「今度は顔を隠さずに言えたみたいですね」


 うわ。言われてみれば。

 なんか急に恥ずかしくなってきた……。

 俺はナナの戯言に返事はせずに体を横にして視線から逃れる。すると、先程までの疲れがどっと押し寄せてきた。丁度良い。このまま寝るか。


「そういうわけだから、俺は寝る。お前も早く寝ろよ」


「えっと、彰彦さん」


 ん? 顔を上げるとすぐ目の前にナナが立っていた。音も立てずに忍び寄るなよ。怖いじゃないか。


「今日は一緒に寝てもいいですか?」

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