第10話 マツ爺

 つかさはポニーしゃまえのベンチにすわっているマツをつけた。マツはつかさのほうをかる会釈えしゃくをした。そして、ふたたびポニーしゃのほうをていた。ちいさな子供こどもせた茶色ちゃいろのポニーが飼育員しいくいんかれている。

乗馬券じょうばけん手前てまえ売店ばいてんってますよ。」

 子供こどもろして飼育員しいくいんが、笑顔えがおかたりかけてきた。

「いえ、てるだけですから。」


 子供こどもたちのれつ途切とぎれてから、つかささきほどの飼育員しいくいん女性じょせいたずねた。

「マツさんってご老人ろうじんをご存知ぞんじですか?」

 つかさいに、飼育員しいくいん作業さぎょう一瞬止いっしゅんとめた。

「この遊園地ゆうえんち係員かかりいんなら、マツじいのことは皆知みなしってますよ。このポーちゃんのもとぬしさんですから。」

 このポニーはポーちゃんという名前なまえらしい。

五本松ごほんまつさんといって、おばあさんがくなられて世話せわ大変たいへんだからと、5年前ねんまえにポーちゃんをあずけていきました。ほぼ毎日来まいにちきていたんですよ。そこのベンチにすわってずっとポーちゃんをていました。乗馬待じょうばまちのおさん相手あいてに、ポーちゃんの昔話むかしばなしくしていました。でも、半年前はんとしまえからマツじいなくなったんです。このはおじいさんがなくなると、ぐずって子供こどもたちをせなくなりました。べつさきさがすか、処分しょぶんするかというはなしにまでなってたんですが、一ヶ月前げつまえぐらいからきゅう乗馬じょうばをするようになったんです。」

 飼育員しいくいん茶色ちゃいろながをブラッシングしながら、はなしてくれた。

 うま夜目ゆめく。みみもいい。もしかしたら、マツの存在そんざいかんじているのかもしれない。つかさ飼育員しいくいんにマツがんだことをおしえた。しかし、まえにマツのれいがいることをおしえるべきかためらっていた。『えないひと』にどうやってれい存在そんざいつたえればいいというのだろう。


「おねえさん、このメガネであそこのベンチをて。」

 あといかけてきたのだろう。祐二ゆうじ飼育員しいくいん一本いっぽんのメガネをわたした。飼育員しいくいんはメガネをり、くびをかしげながらメガネをかけてベンチのほうをいた。彼女かのじょ突如とつぜんなみだながはじめた。

「それ、幽霊ゆうれいえるんだ。会話かいわはできないけど。」

 「マツじいてたんですね。ポーちゃん、づいてたんだ。」

 マツは幽霊ゆうれいだから受付うけつけ素通すどおりしたわけではなく、ずっとかおパスだったのだ。

「マツじいに、『ありがとう、ポーちゃんはここで元気げんきらしてますよ。』とつたえていただけますか?」

 つかさはマツに飼育員しいくいん言葉ことばつたえた。マツはおおきくくびたてった。

「もう、私達わたしたちもこのもマツじいから卒業そつぎょうしないといけませんね。」

 飼育員しいくいんなみだくと、ポニーのポーにかせていた。


 これで、マツも成仏じょうぶつしてくれることだろう。やっと、つかさゆめ家賃生活やちんせいかつすすめられる。

「ありがとう。わたしつかさきみ、すごいね。」

 つかさ祐二ゆうじ素直すなおれいべた。

「ぼく、祐二ゆうじ。」

 十五年前じゅうごねんまえもどったような感覚かんかくになった。

(『夢の印税生活ー死者の原稿ー』を参照)


 たがいの連絡先れんらくさき交換こうかんしてわかれた。親掛おやがかりでなくなった二人ふたりは、十五年前じゅうごねんまえとはメールアドレスもSNSアカウントもすでにわっていた。

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