三十之剣 「」

 ソラは、なんとか立ち上がろうとしますが、足に力が入らない。

 絶対絶命の窮地。

 戦うことは愚か、逃げるという選択肢もありません。


「安心しろ。あのお方に、ソラ、お前を殺さないように言われている」


 あのお方。いきなり、この魔族のボスでしょうか。濁さなくてもいいような気がしますが。簡単には、名前を明かしてくれないようです。


「あのお方......魔王のことか?」


 ソラは、目の前の魔族に向かって問いかける。


「お前は、それを今、知る必要はない。いずれそのお方とは、出会うことになるだろうからな」


 なぜ、隠すのでしょう。もしかして、魔王ではないのでしょうか。だとしたら、あのお方とはだれなんだ。じらさずに、言ってもらいたいところです。

 暗闇に包まれていた妖精の森に、山の稜線から光が差し込む。魔族は、ソラに背中を向け、立ち去ろうとします。


「絶対、この借りを返す!!」


 悔しそうな表情を浮かべ、魔族に叫ぶソラ。それに、対して、魔族は足を止めますが、相変わらずソラに背中を向けたままです。


「私の名は、デッドワールド。覚えておけ」


 そういうと、デッドワールドと名乗る魔族は足を再び動かすことなく立ち止まっている。山から日が完全に姿を現すと同時に、体が液状に溶けて、蒸発すると煙となって姿を消します。まるで、もともと、実体がなかったのようだ。マジシャンが煙とともに一瞬で消えるショーを見た時に似た衝撃が走ります。

 デッドワールドが去った後、ソラは、悔しさと後味の悪さに苛まれる。カゲツとエンゲツの猛攻を回避し、カゲツに強烈な一撃を食らわせたところまでは良かった。

 ですが、敵は二人だけではなかった。二人の他にもう一人敵がいた。その敵に、圧倒的な力を見せつけられたソラ。まさに、希望から絶望への急転直下。ソラを襲う精神的ショックは、計り知れません。

 ソラは、拳を握り、地面に思いっきり叩きつける。


「くそおおおお!!!!」


 ※※※


“やはり、ソラは生きていたようです”


“ご苦労だった。エンゲツ。ソラが生きているか、お前に調査に行かせて良かったよ”


“それと、一緒に同行していたカゲツですが、死亡しました”


“ああ、それなら知っていたよ。カゲツは、ソラの実力を知るための駒に過ぎない。ソラに負けると踏んでいた。カゲツに与えた聖剣の力についてもデッドワールドに回収させたから問題はない”


“さすが。かつて、天下無双の勇者といわれたお方だ”


“エンゲツ、そろそろ戻っていいよ”


“承知しました。ゼノ様”


 魔王城のある一室。広大な自然の風景が一望できる場所。ゼノは、椅子に座りながら、「魔王ノ聖剣」とかかれた小説を読んでいた。


「ソラ。君には、期待してるよ。僕は見たいんだ。勇者が、魔王を倒しにいくこの世界の純粋な王道ファンタジーをね。そのために、ソラ、君には、物語の登場人物として活躍してもらうよ。楽しみで仕方ない。そう思うだろ。魔王?」


 鎖の揺れる音。荒々しい息。痩せ細った肉体。


「誰か助けて......」


 ゼノは、栞を差し込むと読み終える前に小説を閉じた。

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