第4話 黒鉄兵《ゴーレム》後編

「やあ、はじめましてウォーズマンさん。さっきはゴメンね、いきなり怒鳴ったりして。あれは、その、なんていうかさ、そう『ブラックホール』、悪魔超人のブラックホールと間違えたんだ。ほら、おんなじくらい黒かったから」

 目の前の存在をウォーズマンだと仮定した幼女は、良好な関係を構築すべく穏やかな口調で語りかける。


「えーと、私は、どう言えばいいのかな……実は名前がないんだよね。親がさ、付けるの忘れたまま死んじゃってさ。それでまあ、名乗れはしないんだけど、見ての通り、怪しい者ではないよ」

 森のなかを裸でうろつき、名前すらない幼女は語る。


 自分は怪しい者ではないと。


「服を着てないのは、もちろん性癖じゃないよ。臭いとか、くまモンとか、色々あってね。そうそう、実は毛皮だから脱いだんだ。ほら、ハリウッド女優なんかにもいるだろ、『私、毛皮は着ないわ、残虐超人みたいだもの』とか言う奴、私も同じだ、目覚めたんだよ、動物愛護のスピリットに」

 自分でいだ毛皮をまとい、罪のない猿をしこたま殴った幼女は言う。


 自分はアニマルを守りたいのだと。


「コーホー……」

 そしてウォーズマン(仮)は、これしか言わない。


「なんか違う気がする。似てるけど……」

「コーホー」以外話さないウォーズマン(仮)を幼女は怪しく思うが、あまり強気に出ることもできない。何しろここで彼とお近づきになれれば、若干キャラが被っているミートを押し退け、正義超人の仲間入りが出来るかもしれないのだ。


 お友達になりたいが、ウォーズマンはコミュニケーションが得意な方ではないからな。


 ならば他の超人とコンタクトを取ればいい、幼女はそう考える。ここで頼りになるのは、ウォーズマンと師弟の絆で結ばれたパートナー、ロビンマスクの存在だ。


「ねえ、ロビンマスクは一緒じゃないの? いるなら会いたい、ファンなんだ。ロビンが駄目なら、他の超人でもいいよ。スペシャルマンとか以外なら――」


「コーホー……」


「……お前、大概にしろよ。コーホーばっかり言いやがって、お前は広報コーホー担当か。口下手のくせに」

 友人の紹介すらできないウォーズマン(仮)のコミュ障っぷりに、幼女の細くて短い堪忍袋の緒がものの見事にぶっち切れた。

 

『言語の類型に差異があるため、意思の疎通は困難です』


「もうお前あれだぞ、マスク取って泣かして……て、なんか喋った。しかし、何を言ってるのかまったくさっぱり分かんない」

 ロシア語とも違うようだが、と幼女は首をかしげる。


『状況からみて、転生者の可能性は高いと判断します』


「言葉の意味はよく分からんが……」


『これより、転生者確認テストを実行します』


「とにかくすごい――いや、もう、いい」

 落胆の声を漏らして、幼女はウォーズマンに視線を向ける。そして小さなため息をいた。


「偽物か」

 幼女は目を閉じ、天を仰ぐ。

 そうなのだろうと気づいてはいた。それでも、本物であって欲しいと願ってしまった。夢みたいな話だとわかっていても、幼女は超人彼らの存在を信じたかったのだ。


 所詮はフィクション、空想世界の住人か。


 夢のない世界に絶望し、青く澄んだ瞳から小さな雫がこぼれ落ちる。


「超人はいない。ネッシーもミステリーサークルもみんな嘘、ファンタジーなんて、世界のどこにも存在しないんだ……」

 異類異形が跋扈ばっこする森のなか、竜の卵から生まれたファンタジーの塊は、そんなことを呟いた。




 

『転生者確認プログラム発動……』


「うっさい! クロ〇ボ!」

 耳障りな機械音声を、幼女は唐突な差別用語でさえぎった。


 腰を落とし、前傾姿勢をとる全裸の幼女、戦闘態勢に移行した彼女の全身からみなぎるのは、自身を欺いた存在――幼女主観――に対する明確な殺意。


「貴様に、超人レスリングの真髄を見せてやる」

 棒立ちのウォーズマン(偽)からは、いまだ敵意を感じない。しかし、そんなことは問題ではなかった。自らの心をもてあそんだ。その事実を幼女は許すことが出来なかった。


 お前は殺す。


 すべてのチャンバーに殺意を込めて、怒りをもって撃鉄を起こす。トリガーを引く指に宿るのは揺るぎない決意。必ず奴を殺すという必殺の意思。イメージするのはリボルバー、黒くて硬いリボルバー、銃口から放たれるのは、幼女の形をした白い弾丸。

 

はやきこと、風の如く!」

 そして現実は想像イメージを超える。突貫する白い全裸ボディは、340m/sを突破して、一瞬で標的の眼前へと迫った。加速のエネルギーを乗せた踏み込みは大地を揺らし、小さなあんよが地面にめり込む。


「逆水平チョップ! 逆水平チョップ! 逆水平チョップ! そして毒霧!」

 踏み込みと同時に繰り出された手刀の三連打が、ウォーズマン(偽)の黒い胸板を痛烈に打ちつける。お口から吐き出した紫の毒霧は、パフォーマンス的には派手だが、あまり効果はないようだ。

 

「まだだ……しずかなること、林の如し!」

 縦回転のローリングソバットが、ふらついたウォーズマン(偽)の喉元を、すくうように蹴り上げる。

 空を覆った大樹の枝張りを突き抜けて、黒いボディは大空高くに舞い上がった。

 

「とぉっ! 侵掠しんりゃくすること火の如く!」

 遥か上空に見える黒い人型、その目標ターゲットめがけて、地対空幼女ミサイルは飛び立った。

 怒りと悲しみを燃料にして、ホーミング幼女は許されざる者を地の果てまでも追尾する。


「ニセモン、ゲットだぜ!」

 樹海の上空およそ千メートルで交差する、白い幼女と黒いボディ。

 空中で獲物をとららえた異世界式中距離地対空誘導幼女ミサイルは、ウォーズマン(偽)の股ぐらに頭を突っ込み、推進力に任せて黒いボディを下向きに反転させる。


咎人とがびとよ、審判の時だ!」

 そして始まる幼女裁判。

 罪状は経歴詐称、幼女検察による求刑は死刑。被告人は「コーホー」以外何も語らず、幼女弁護士は面倒くさいとお昼寝中だ。


「うーん……死刑! 今すぐ執行!」

 己の感情のみを根拠に幼女裁判長は判決を下した。

 両のおててで被告人の足を掴み、可愛いあんよで両腕を踏みつける。刑の執行は裁判長自らの手で、それが幼女裁判のやり方だ。


「ゆくぞ! 疾風迅雷落とし、またの名を……キン肉ドライバー!」

 竜の剛力で体を完全にロックされたウォーズマン(偽)は身動きすることすらかなわない。重力に引かれ超高空から落下する白と黒の闘士クリーガー。二人の身体は混じり合い、灰色の塊となって、激しく地面に激突した。


「生きてるかね?」

 ウォーズマン(偽)の頭部は地面に突き刺さり、身体は歪に変形している。幼女はわずかに動いているそれを、地面から強引に引っこ抜いた。


『転生者……確認…………テスト実行……』


「頑丈だな、お前」

 幼女が笑う。


「じゃあ、これでフィニッシュといこうか。動かざること山の如し――」

 しまいは、ウォーズマンのフェイバリットホールド。


「冥土の土産だ持っていけ。パロ・スペシャル……ジ・エンド!」

 黒いボディがギチギチと悲鳴をあげ、鉄の仮面にヒビが入る。


「48の殺人技No.3、風林火山。構成は、ほとんどオリジナルだがな」

 幼女は、黒鉄兵ゴーレムの両腕を破壊した。



黒鉄兵ゴーレム

 樹海でのみ棲息が確認されている珍しい魔物。性格は温厚で防御力が非常に高い。基本的には無害だが、特定の条件下において狂暴化する性質を持っている。なお、狂化の際は黒い身体ボディが赤色に変化すると言われている。


 


「スッキリした。さて、新しい服でも探しに行こうかな」


『テ……ト開……始…』

 気分良く立ち去ろうとした幼女の背後から、不快な起動音と機械音声マシーンヴォイスが響く。


「さすがにウンザリするな」

 幼女は振り返り、ゴーレムにトドメを刺すため歩きだした。


『ちびまる子……』

 ゴーレムの口から零れた聞き覚えのある単語に、幼女の足がピタリと止まる。


「貴様、今なんと言った。さくらももこ……いや、ちびまる子と言ったのか?」


『反応……アリ、……再……テス…実行』

 幼女の質問を無視して、ゴーレムは無機質な声で喋りつづける。


『どぉこでもドア~』


「……あ?」


『反応強、転生者の可能性大、処理モードへ移行します』


「黙れ……」

 ファイティングコンピューターもどきが、猫型ロボットのモノマネをする。


 しかも似ていない。


 幼女は激怒した。


 必ず、かの邪智暴虐のファイティングコンピューターを除かねばならぬと決意した!


「レッグラリアート!」

 ゴーレムの頭を、怒れる幼女の短いあんよが蹴り砕く。  


「モノマネは練習してから披露しろ。それがマナーだ」


 地面に横たわるゴーレムの残骸は、赤色(C:0、M:100、Y:100、K:0)に変わっていた。

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