幼女オブトゥモロー

オーロラソース

第1話 プロローグ 《幼女誕生》

 私は竜である。


 偉大なるファルティナの白竜、その卵からかえったのだ。間違いなくこの身は竜である。

 牙もなく、角もなく、身体に一枚の鱗もないが、私は確かに竜なのだ。


 短い手足、柔らかいほっぺ、まるで人間ひとの子のようにも見えるが、それは大した問題ではない。

 竜とは力である、竜とはすなわち最強の力である。母竜亡き今、私は並ぶ者なき強者となった。


 ならば私は竜である、名前はまだない。



 亡骸なきがらさらすことを嫌ったのだろう。自らの寿命を悟った母は、その身をファルティナ山の火口に沈めた。


「娘よ、強くあれ」

 ただ一言だけを残して、他にはなにも残さずに、服も、食料も、名前すらも、である。

 結果私は腹ぺこで、名前もなく、お尻丸出しの全裸であった。


「……ファック!」

 初めて口にした言葉は、少々汚い響きをしていた。


 母竜の投身自殺に伴うネグレクトの結果、私はどうしようもなく空腹で、ほんの少しだけ孤独だった。

 幼児特有のポンポコリンしたお腹からは、鳥の鳴き声のような愛らしい音が鳴り響いている。


 こんな感じでキュルキュルと。


 しかしそんな安らぎサウンドを奏でる私は、小鳥ではなく竜である。

 竜と言ってもその外見は、爬虫類より哺乳類、ヘビというよりベビィに近い。

 もしここが、長閑のどかな村落、あるいはお洒落な街ならば、女子供おんなこどもや年寄りどもが「SHE'S SO CUTE!」と騒いだだろう。

 しかしここは黒の樹海――女神の名を持つ御山の麓、百鬼蠢く魔境である。


 こんなところで私を見つけて騒ぐのは、魔人か魔獣か、豚面ぶたづらか、ウラジミールなナボコフだけだ。


「まるで地獄……」

 思わずこぼれたその声は、自分のものとは思えないほど愛らしい。


「しかし、ここはあの世ではない」


 私が、私について知ることは少ない。


 私は竜である。

 名前はない――が余計な記憶モノは持っている。

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