第9話 戦いの後
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「うらぁぁぁ!」
デススコーピオンの側面から生える移動用足4本を切り飛ばす。
熱したナイフでチーズを切るように、滑らかに刃が入る。
「ギョョォオオォォォォーーーーー」
悲鳴を上げ切り口からジュウゥゥと音を出す。
尾をマハムードの脳天から突き刺そうと垂直に降り下ろす。
転げるように避けるマハムード。
そのまま後ろから反対側へ周り、残りの足も全て切り落とす。
支えるものが無くなり、地面に突っ伏すデススコーピオン。
動くことができず、がむしゃらに尾振り回すがマハムードには当たらない。
マハムードは正面へと走り回ると、
「はあぁぁぁぁぁぁーーー」
大きく飛び上がり、デススコーピオンの頭へと剣突き刺した。突き刺さったまま飛び降りると、手から離れた剣は維持することができず霧散した。
デススコーピオンはもう声を上げることもなく、力尽き崩れ落ちた。たかだか一体にして、与えた損害は大きかった。
辺りは慌てて避難した市民の落とした物が散乱している。
靴や荷物、子供のであろうヌイグミ等々。
至る所で地面に血が付着し、その悲惨さを物語っている。
道路のアスファルトは傷つき、尾の刺さった所々が陥没している。
しかし、悲惨であるにも関わらず、市民からは歓声があがる。
先遣隊、特にトドメをさしたマハムードへの称賛の雨あられ。
マハムード自身、これ以上の被害拡大へ歯止めをかけたことに安堵した。━━━と、その瞬間、金色の風が吹きマハムードについた小さな傷を全て癒した。
「な、なんだ?おい、これはなんだ?」
マハムードはこの有り得ない現象に戸惑いつつ、サルマとダニヤに問いかけた。
「それがわからないのよ。向こうの方でなんか大きな顔のようなのがあったように見えて、そしたら今のがね……そうよね?」
サルマに話しかけられたダニヤは首を縦に振り返事をした。
二人ともデススコーピオンの戦いに集中していたため、その異変について正確には分からなかった。
すると、遠くの人垣から金色の光が
しかし、人の層が厚くなかなか近づくことができない。
「ちょっと、ちょっと通してくれ! 道を空けてくれ!」
「マハムード、光が消えたわ!急いで!」
無言で最後尾から追随するダニヤ。
「ちょっとごめんよ。 なんだよおい……何がどうなってんだ?これはどういうことだ?」
おびただしい血の海の真ん中に、瀕死の重症だったはずの女性が
マハムードの問いに対して誰も答えなかった。答えれなかった。理解するには時間が短かった。
横たわる女性の側には先遣隊の医者が尻餅をついていた。
放心状態で目の焦点はどこを向いているのか分からなかった。
「おい。どうしたんだよ。説明してくれ」
と、自分に気づいていない医者へマハムードは話し掛けた。
台の上で戦闘寸前までマハムードの隣で話をしていたショーットカットの女性である。
「あ、マ、マハムードさん」
「どうした?」
「あ、あの、よ、よくわからないんです」
「ノーラ、ゆっくりでいいから説明してくれ」
マハムードはノーラと呼ばれた医者へ落ち着くようにゆっくりと優しく言った。
「はい……、…あの、私にはどうしようもなくて、む、胸に穴が空いてて、それで出血もひどくて……もう助からないと思いました。それで、せめて縫合して穴だけでも塞ごうとして……そ、そしたら、光と風がどこからかきて、一瞬にして彼女の傷がとじ、服も綺麗になったんです」
「どこからって、どっちからだ?」
「す、すいません……。治療に専念していて全く見ていませんでした……」
「いや、いいんだ。話を折ってごめん。それで?」
「それから、し、白装束の……声からして多分男性かと思うんですが、その人がここに来て手をかざして……あ、何というか天使?のようなのも見えて、それでその人の周りが光だして…光が終わるとすぐに走り去りました」
「うーむ。そいつは白装束以外は男性くらいしかわからんのか?」
「は、はい、あ、ちらっとヴリュードが見えたように思えます」
ノーラは思い出すように目を上に向けながら話す。
「ならランキングは見たか?ジョブ数は?」
「あっ、す、す、すいません」
ノーラは慌てて目をキョロキョロと泳がす。
「そうか……。結局何もわからなんな…。で、そこの彼女は大丈夫なのか?どうなんだ?」
「は、はい。ハンドスキャンしましたら内蔵も完璧に再生していました。呼吸も落ち着いて…バイタル正常です。何というか、こんな回復見たことないし、聞いたことないし、回復と言っていいのかどうかも……」
ノーラは倒れている女性の胸が上下しているのを確認しながら答えた。
マハムードは顎を擦りながら周りを確認している。
「良かった……。しかし、こんなこと聞いたことないし、というか、本来有り得ないんだよな」
wof においては回復する魔法やアイテムというのは存在しないのである。そして、回復職として存在するのは薬師と医者のみである。
では、この現象は、この力は何なのか。wof プレーヤーにとって未知であり、ゲームコンセプトに反している。死に最も近いファンタジーとしての世界観をだしているwof では、ケガと病気が一番の敵であると言える。
これは新たな職業なのか、それとも他の未知なる何かなのか。それはマハムードに知り得ない。だからこそ、マハムードはその白装束を探したいと思った。できることなら、仲間に迎えたいと考えていた。
「ノーラ、そしてみんなお疲れ様。見える限りでは死傷者はないようだ。とりあえず、今日のピラミッド探索は中止とする。一先ずこの広場を元に戻さなくてはならない。疲れてるとは思うが、皆、もう少しだけ力を貸してくれ」
先遣隊を含め、ここにいる市民達全員が足を動かし始めた。疲れているが足取りは重くなかった。
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「はぁはぁはぁ。ふぅ~、何とかなった。かな?」
煌は周りに悟られないようにバレないように細心の注意を払って回復をし、急いで広場から離れた。
そして、帰路へ着く。
「ハキムさん、ただいまぁ!」
しかし、返事はなく部屋は静まりかえっている。
部屋は整理整頓されており、空気も冷えきったように人の温もりを感じない。しばらく人がいなかったようである。
「あれ?ハキムさーん」
煌は声をだしながら部屋を歩き回る。
瓶のある裏手にも回るがどこにもハキムはいない。
ふと、テーブルに1枚の紙があることに気づく。風で飛ばないように石で重しをしている。
煌は手紙であることに気付き目を通す。
━━ヴリュード、本当にありがとな。ちょっとピラミッドへと出掛けてくる。家は好きに使ってていでな。もし、わしが今日中に戻らんくても、心配せず、煌は煌のやりたいことをやるんじゃ━━
「なんだよ。ピラミッドって…大丈夫かよ。ハキムさん、最初に会ったのもピラミッドだから大丈夫かな。とりあえず、疲れたからまた寝るかな━━」
煌はベットへと潜り目を閉じた。
広場でのできごとは、とても疲労を感じ長い時間を経過したように感じるが日はまだ上り始めてからそんなに時間は経っていない。
煌の一日は始まったばかりである。
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