第6夜 希望
「つまらない、つまらないと思いながらやる仕事が天職なら、面白いと思える仕事は天職じゃないのか?」
鳥壱は苛ついた声で反論した。
それに対して、彼女は片方の眉を釣り上げ、おどけたように言う。
「あら、冗談ならもっと気の利いたことを言うわよ。例えば、私と一緒に組んでお笑い芸人でも目指しましょう、てね」
「……は?」
何を言っているのか理解できず、鳥壱は思わず素っ頓狂な声を上げた。
停止した思考がそれを冗談だったと判断するのに、それなりの時間を要した。
そして、思わず苦笑してしまった。
彼女と一緒に、という部分は鳥壱にとって有り難かったが、絶対になりたくない職業の一つにお笑い芸人があった。
生真面目な性格の所為か、人を笑わせるのは得意ではないからだ。
奇妙な沈黙が、この場に訪れた。
「……こほん」
場を取り繕うように、彼女はなんともわざとらしい咳をした。
「じゃあ聞くけれど、何故貴方はその職業を選んだのかしら?」
「何故って……」
――たまたま、そこが受かったから。
それ以外、理由は無い。
別に好きで選んだ訳でもないし、特別な事情があってそれを選んだ訳でもない。
鳥壱はそう言おうとしたが、何故か言葉に詰まった。
言葉にしたくなかった。
言葉にしたら最後、鳥壱の中にある何かが、粉々に砕け散ってしまいそうだったから。
――たまたま受かったから、実家を出たのだろうか?
――たまたま受かったから、辛い電車通勤を我慢しているのだろうか?
――たまたま受かったから、この一年間頑張ってきたのだろうか?
――生活のために? 社会のために? 世間体のために?
確かにそれもあるのかも知れない。
しかし、どれもこれも違うような気がした。
「誰かに強制されたのかしら?」
「……いや」
「敷かれた線路の上を辿っていたら、そうなったのかしら?」
「……いや」
彼女は目を細め、男に見せた笑顔の中では一番意地悪そうな笑みを浮かべながら質問する。
「それとも、自分自身でその職業を望んだのかしら、鳥壱さん?」
鳥壱は口を開き、その答えを言おうとするが、戸惑い、口を紡ぐんだ。
眼前で両手を組み、悩む。
言葉にしたら最後、それが鳥壱を縛り付けるだろう。
――でも、そうなることは嫌いじゃない。
しばらくすると、鳥壱は何かを決断したような清々しい顔つきで、その答えを語り始めた。
「……そうだ。それは、僕が望んだ事だ。確かに夢は叶えられなかった。無職は避けたかったから、やむを得ずその仕事に就いたというのは否めない。友達に馬鹿にされたくなかったから」
鳥壱は自分をあざ笑うように言った。
「そりゃ、最初の頃は嫌々ながらも仕事をやっていたよ。今も、好きとは言えないけど、嫌いじゃなくなった。たまにサボったりもするけど、それなりに誇りを持って仕事に取り組んでいるんだ。頑張っていると、同僚は僕を認めてくれた。頑張ってるなって、励ましの声をくれたんだ。それは、本当に嬉しかったんだ……。上司も、僕の頑張りを認めてくれたのか、今度給料を上げてやるって言ってくれたんだ。安月給だからね。それが、一番嬉しかったかなぁ……」
振り返ってみると、あれだけ嫌だと思っていたのも、いくらかマシな気持ちになった。
今の仕事が嫌だという気持ちはまだある。
けれど、まだ頑張れる気がした。
彼女は鳥壱の答えを聞き、くすくすと笑いながら言う。
「あら、それは良い事ね。今度、何か奢って貰おうかしらね?」
「ご飯ぐらいだったら奢れるよ。フランス料理とかは無理だけど、美味しいラーメン屋さんとか知っているから、それで我慢してよ」
「ラーメンねえ……。私、結構味にはうるさいわよ?」
「だろうね、そんな感じがするよ」
彼女は少しだけ眉をひそめる。
「……それって、褒め言葉かしら?」
鳥壱はその問いを聞き、両肩をすくめ、さぁ? と微かに首を傾げながら言った。
その行動に、彼女は思わず苦笑する。
「……他の人にやられると、結構嫌になるわね。それ……」
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