Anchusa

@mimoriotone

13th February

 「苺を買って来て?」と母親に言われた。その労力の対価にモンブランを1つ追加する事に成功した。

 バレンタイン前日、近所のマーケットには真っ赤なハートのハリボテと茶色いカカオの甘ったるい香りが溢れていた。

 お菓子やデザートなどの甘いものは嫌いじゃない。でもチョコは悲しきかなあまり興味は持てない。何故?と尋ねられても、その理由は答えたくても思い浮かんでこない。ただ幼少の頃からバレンタインやクリスマスに代表されるリボンで結んでふわふわした乙女心を飾り付けた様なお祭り騒ぎには一度も参加しなかったというか、全く性に合わなかった。騒ぎ立てる特別な理由も探すのだが、ただただ日常を蝕む疲労となって私の両肩に重くのしかかるのである。

 「冷めてる?」リボン共和国の住民達は私の事をそう思うかもしれないが。ただ私は単にそう言う事が好きでも嫌いでもなく、何の感情も気分もそこには無いと言うだけの事だ。

 「その物事に対して、嫌いとか怒りとかをぶつける行為よりもっと残酷な事は、全く興味を持たない事である。」

 前に何かの本で読んだ記憶がある。

 私の脳裏をふっとすれ違う段ボールとバスタオルの中でにぅにぅとないている捨て猫のように、その事が過った。

 そして現実に1人の小さな仔猫がにぅにぅとその小さな段ボールの中で啼いていた。

 誰も通れないマーケットとケーキ屋の隙間路地。かろうじて雨を凌げるかどうか分からないその場所に彼は縮こまって寒さに耐えていた。

 生まれて数週間。毛並みがやっとはえ揃った頃合いであろうか、白い猫かと思いきや、頭部と顔、そして小さなしっぽの先に三毛の模様があった。それ以外は平凡な白猫という出立ちであった。まだ掌に乗るくらいの大きさだろうか?子猫特有の高くか細い声を張り上げて啼いている。普段であればちょっと目を向けただけでそのまま通り過ぎるのであるが。小さく細い身体を小刻みに震わせて窶れた様を見た途端、私は条件反射という運命のスイングで、その箱を抱えていた。

 右手には小さなケーキの白箱。左手には苺のパックが入った袋と段ボール。端から見るとなんてバランスの悪い様であろう。

 私の中学校の制服を着た数名の女子がゴム毬のようにすれ違って行った。


 母は反対した。小学生の弟は賛成した。家族内多数決と言う事で父の意見に万丈の注目が集中した。私は父の帰宅を待った。

 当の本人はヒーターの前で小刻みに身体をシェイクしている。私は冷蔵庫からミルクを取り出し私物のココットに注いで彼の前へ置いた。お腹を空かしていたなんて当然のことであろう。夢中でそれを頬張っていた。弟が近くでその様をずっと眺めている。母は熟れた苺を選んでドレッシングのガラスボールに移している。

 「あ。。」と母の声。熟れた小振りの苺が母の手から零れた。床に落ちた赤い果実は3回転程してゴロリとねころんだ。母が拾い上げようと屈んだとき。我が家の獣がのこのこと歩み寄り、その真っ赤な実を捕食し始めた。今までうんともすんとも言わなかった母がクスリと吹いた。

 多数決は賛成2票と不投票1票となり。彼は無事この家の次男となった。

 補足ではあるが、夜帰宅したほろ酔いの父が三毛猫案件に関して家族の中で一番賛成の意を表していたことを事後の報告として書き留めておく。

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