第8章:魔剣を継ぐ者(2)
ダヌ族の海底洞窟への入口は、海の只中にあった。恐らく、普通に航行していたら、ただの岩礁として迂回するだけであっただろう。だが、よく見れば、波に洗われて浸食された岩場の陰に、人一人が通れそうな穴がぽっかりと口を開けている。干潮の時間に間に合ったようだ。
ここからは『駆動律』頼りには出来ない。カッシェが上手く舵を取り、船を岩場の降りやすい位置に横付けして、縄梯子を下ろし、キラ、システ、リビエラ、メイヴィス、ロジカの順に伝い降りる。
「エクリュ」
メイヴィスが振り返り、まだ甲板に残っているエクリュを呼ぶ。名前を口にしてくれた。それだけで、先程の恋の話を思い出し、リビエラに切り揃えてもらった彼の短髪もよく似合って見えて、また心臓がばくばく言う。それを誤魔化す為に、少女は船の縁に足をかけると、乗り越えて宙に飛び出し一回転、無難な着地を決めた。
「……飛ばし過ぎ」
メイヴィスが呻くように言いながらこめかみに手を当てる。リビエラがにやにやしながらこちらを見ていたが、ロジカが不思議そうに彼女を見つめている事に気づくと、わざとらしく咳払いをしながら顔をそむける。
「よし、行くぜ」
革製の胸当て、肩当て、篭手脚絆一式を身につけ、身の丈の半分以上はある大剣を背に負ったキラが、皆を促す。彼に続いて、エクリュ達は洞窟の中へと足を踏み入れた。
『燈火律』が必要と思われた洞窟内はしかし、自然の壁一面が薄青く光る岩で出来ていて、きらきらと輝きを放って道を照らしている。かと言って目に痛過ぎる訳でもなく、灯り無しでも先を見られた。普段は海中に沈んでいる洞窟らしく、地面は湿っていて、潮のにおいが充満している。
「魔剣がどこにあるか、わかっておいでですの?」
隊列を作って歩く中、リビエラが先頭を行くキラに問いかけると、彼は振り返り、にやっと笑ってみせる。
「貴重なお宝は一番奥に仕舞っておく! これ、基本だろ」
「……馬鹿に訊いたわたくしが馬鹿でしたわ」
リビエラは額に手を当てて唸ったが、「いえ」とシステが口を開く。
「魔王城でも、『オディウム』は、デウス・エクス・マキナの心臓たる『複製律』がある『初源の間』より更に奥、『深淵の間』に安置されていました。キラの推測は、全くの見当違いではないと考えられます」
システに肯定してもらえた事に、キラは嬉しそうに口の両端を持ち上げて鼻の穴をぴくぴくさせ、ロジカも「システに同意する」と首肯した。
「でも、そうすると」
殿を務めていたメイヴィスが、不意に歩を止め、
「宝の守り手もいる可能性がある、って事だよね」
そう言いながら、少年は腰の短剣を抜き放つ。彼の『化身律』がいち早く敵の存在を察知したのだろう。後れる事数瞬、エクリュも、きんと刺すような敵意を感じて、長剣を鞘から解き放ち、他の仲間達もそれぞれの武器を構えた。
耳を塞ぎたくなるような不快な奇声と共に、そこかしこの陰から飛び出してくる影が複数。日に焼けた髪と肌はオルハ族に似ているが、遙かに小柄で、
ダヌ族が氷色の魔律晶を取り出すと、金物を叩くような耳障りな音が響き、『氷槍律』が複数生み出されて、エクリュ達に襲いかかってくる。エクリュとメイヴィスは左右に飛び退ってそれを避け、システが『障壁律』を展開し、ロジカとリビエラをも守る。キラは大剣を構えて堂々と真正面から氷の槍を睨みつけると、
「どっせい!」
気合一発、大剣を振り抜いて、氷槍を真っ二つに叩き折った。
初手を簡単にいなされたダヌ族は、きいきいと耳障りな声をあげて、エクリュ達にはわからない言語を飛ばし合ったかと思うと、今度は腰に帯びていた手斧を取り出し、飛びかかってきた。
ぱあん、と。木板を割るような音がすると同時、エクリュは、自分の身に力が満ちてくるのを感じた。リビエラが『勇猛律』を使って、身体能力を上げてくれたのだろう。しっかりと地面に足を踏み締めてダヌ族を待ち受け、振り下ろされた手斧を剣で簡単に跳ね飛ばし、手の中から得物がすっぽ抜けて唖然とする敵を袈裟懸けに。魔物のようなダヌ族は、信じられない、といった驚愕に顔を歪めて、跳躍してきた勢いのまま地面と口づけし、動かなくなった。
メイヴィスとキラも次々と敵を斬り伏せ、ロジカとシステも魔法を使って攻撃を加えるが、一体どこに潜んでいたのか、ダヌ族は続々姿を現し、きりが無い。
「これじゃあ、先に進めないよ!」
何体にも斬りつけて血に染まった短剣で敵の喉笛を斬り裂きながら、メイヴィスが声をあげれば、「うーん」とキラが唸りながら、目の前に迫った一体を頭から真っ二つにする。
「逃げるが勝ち、か?」
「でも、どうやってこれを突破するってんですのよ」
背後に回っていた敵を杖で手加減無く殴りつけたリビエラがぼやくと。
「逃げられれば、良いか」
ロジカが首にかけていた『混合律』の石に右手をやり、
「目を瞑っている事を要求する」
と言いながら左手をかざした。
言われた通り、エクリュ達が目を閉じた直後、大きな火花が弾けるような音が洞窟内に反響し、閉じたまぶた越しにも、まばゆい光が差し込んでくる。『閃光律』の強烈な光だ。そうわかったと同時、「走れ!」キラの声が耳に刺さる。
『閃光律』にまともに目をやられたダヌ族がきいきい喚く中を、エクリュ達はキラの足音を頼りに、その場から逃げ出した。
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