第4章:誰も世界を救えない(2)
『お土産、楽しみにしてるからねー』
とユージンに見送られて辿り着いたシャンテルクは、ひとつの要塞だった。
元々、唯一王国アナスタシアが興る以前、様々な小国が乱立して戦争を繰り返していた時代に、今は亡きとある勢力が築いた、煉瓦製の大きな砦だったという。五層建ての砦の中は、商業地区と居住地区に分かれ、一行が赴いた商業地区には、食品、日用雑貨、服、薬草といった、主に居住地区の人間に必要な物から、武具、書籍、魔律晶、土産品といった、旅人向けの物まで、何でも取り揃えられている。
そこを行き交う人々を、ぽかんと口を開けて眺めているエクリュの髪は今、秋の小麦畑のような黄金色に輝いている。
『紫の髪のままで人前に出たら、どこにいるかわからない、デウス・エクス・マキナの下僕に狙われる可能性がある』
というミサクの言で、リビエラが『彩色律』を使って、毛の色を一時的に変色させたのだ。
「エクリュ」そのリビエラに名前を呼ばれて、エクリュははっと我に返る。「ぼさーっとしてないで、まいりますわよ。まずは貴女達の服を選ばないと」
そうだ、服を買ってくれるのだった。「行く!」と応えて、先を行っていた彼女達の後を小走りに追う。
服飾店は、商業地区二層の、階段を上がってすぐ、非常にわかりやすい場所にあった。質素なシャツに始まり、柄物のスカート、細身のスラックス、色とりどりの魔律晶をモチーフとしてちりばめたトレーナー、長旅にも耐えられる革靴など、色柄種類も豊富だ。
「リビエラはエクリュの服を選んでやってくれ。メイヴィスはロジカを」
ミサクの言に従って、少年少女が、ずらりと並んだ服を吟味し始める。
「エクリュは案外、明るい色が似合うかもしれませんわね」
リビエラは、次から次へととっかえひっかえ服を持ってきては、エクリュの身にあてて、これは物足りない、あれはイメージじゃない、とああでもないこうでもないとひとりごちる。
「ロジカはどういうのがいいの?」
「動作の妨げにならなければ、どのような格好でも構わないと希望する」
「やっぱり」
メイヴィスはロジカに大方の予想通りの反応を示されて、嘆息しながらも、「じゃあシンプルにいこうか」と、手早く選び始める。
男女それぞれの性格が現れた服選びは、三十分ほどで終わり、エクリュは大きな襟を持つ薄桃色のシャツに、赤を基調にしたチェックのスカート、ロジカは白いシャツと黒のハーフパンツというツートンカラーの上に、水色のパーカーを羽織った姿になった。
「良いですわね」リビエラが得意気に小鼻を膨らませ。
「まあ、こんな所かな」メイヴィスが顎に手をやって、ぽつりと洩らす。
エクリュは膝上丈のスカートを見下ろし、裾を払ったり、ぎゅうぎゅう引っ張ったりしてみせた。スカートなど生まれてこの方はいた事が無いので、脚がすうすうして、どうにも落ち着かない。
「エクリュ」
それを見たリビエラが、じとりと目を細めて睨んでくる。
「仮にも女の子なら慣れなさい。お洒落になりなさいな」
そう言われ、助け舟を求めてミサクを振り返る。そしてエクリュは、小首を傾げる羽目になった。
叔父は何だかひどく驚いた様子でエクリュを凝視している。「シズナ……」と呟く声も耳に入った。
「ミサク様」
リビエラが声をかけると、ミサクは夢から覚めたかのようにはっと我に返って、「あ、ああ」とのろのろそちらを向く。
「わたくしは、ロジカと一緒に魔律晶を見てまいりますわ」
ロジカは『信仰律』を失うと同時に、魔法が使えなくなった。『信仰律』が『混合律』の役目も担っていたのだろうというのは、ユージンの見解だ。
この数日間、エクリュ以外の誰もが油断無く様子をうかがっていたが、ロジカがエクリュを慕う様は演技とは思えず、誰かに害をなそうとする気配も見られなかった。
『ここにいる人間に危害を加える意味と利点は皆無であると思考している』
というロジカ自身の弁もあって、これからこちら側の戦力として扱う為に、魔律晶を与えても良いだろう、というのが、ミサクの判断だった。
「じゃあオレは、食料を見繕ってくるね。何か欲しいものある?」
二人が立ち去ると、メイヴィスが、律儀に用意していた買い物用の大きな肩掛け袋を荷物から取り出しながら訊ねる。前者はミサクに、後者はエクリュに向けた言葉だ。
「肉!!」
エクリュが嬉々として叫ぶと、メイヴィスは「言うと思った」と苦笑し、「
残されたのは、エクリュとミサクの二人だ。この後どうするのだろう、と見上げれば、視線に気づいたミサクはこちらを見下ろし、
「武器屋へ行こう」
と提案してきた。
「君が得意にしている武器は長剣だったな。
そう、またいつ何時敵襲があるかも知れないのだ。今の短剣では心もとない。用意はしすぎて過度という事にはなるまい。ミサクの後につくまま四層へ上がり、奥の方へと歩を進めれば、鉄のにおいが鼻を突いた。コロシアムでさんざんかいだ、血のにおいが混ざってきそうで、思わず目を閉じ眉間に皺を寄せる。ぎらぎらした太陽の光が目の裏を刺す。『名無し』の連呼が聴こえてくる。
「エクリュ?」
その時、耳に届いた自分の名前で、幻は消えた。目を開けば、ミサクが心配顔でこちらを見つめている。
「気分が悪いか。少し休むか?」
「大丈夫」
ふるふると首を横に振ると、ミサクは「そうか」とうなずき再び歩き出し、エクリュもその後ろを追った。だが、たった十日ほどで、自分のいた環境がどれほどまでに異常だったかを思い知った今、あの場所へは戻りたくない、と切に願う自分がいる。その事実に、戸惑いは尽きないのであった。
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