02:うらはら
嘘をついて良い日、というものがあった。
外界から隔離され、外界を捨ててきた人間達の暮らす村だというのに、そういう行事だけは律儀に持ち込まれていたものだ。
だから、シズナとアルダも、うららかな春のその日には、柔らかい太陽光の降り注ぐ草原に寝転がって、お互いの顔を見つめ合いながら、意地悪な言葉を爪弾くのである。
「大嫌い」
碧の瞳を細め、今にも吹き出しそうなほどに唇を歪めて、シズナは告げる。
「貴方の優しいところ、かっこいいところ、全部、大嫌い」
「俺もだよ」
紫の瞳に悪戯っぽい光が宿り、少女のそれより一回り大きい手が、頬に添えられて、静かに撫ぜる。
「君の可愛い顔、無邪気なところ、全部全部、嫌いだ」
しばし、沈黙が落ちた後。
ぷっ、と。お互いが耐えきれずに吹き出して、「あっはははは!」と笑いを爆発させた後、額を付き合わせた。
「嫌いよ」
「嫌いだ」
「ずっと一緒にいたくない」
「死ぬまで傍にいて欲しくない」
到底愛の囁きとは思えない応酬の後に、
「あっち行って」とシズナが小さく望めば、
「やだよ」という嘘と共に、少年の両腕が、少女をそっと抱きすくめた。
「嬉しくないわよ」
「俺だって嫌だよ」
くすくす、くすくす。合間に笑いを洩らしつつ、若い恋人達は、嘘の中に本音を包み込んだ言葉の菓子を、空気に浮かばせる。
ごく自然に、顔が近づいて、どちらからともなく目を閉じ。
風渡る草の褥の上で、二人は、嘘偽り無い想いを、口づけという形で交わした。
そんな事もあった。
春祭りの準備をするアナスタシア王都の様子を、王城の一室の窓から眺め、シズナは一人、溜息をつく。
故郷は滅び、彼は自分のもとを去った。取り巻く環境は激変を見せ、あれだけ見たいと望んだ外の世界に、彼女は今、一人で立っている。
一人で故郷を出ても、浮き立つ心など無かった。ずっとアルダと一緒だと思ったから、外での人生を望んだのに、今、彼女に課せられた運命は、『勇者』として『魔王』となった彼を斃す事だ。
空を仰げば、あの頃よりも太陽はまぶしく見えて、反射的に、目尻に光るものが浮かぶ。
「嫌いよ」
今日は嘘をついて良い日。だから、シズナは呟く。
「早くここに来ないで」
口から放てば放つほど、気持ちは鉛を抱えて胸底に沈んでゆく。
「会いたくない。絶対、会いたくない」
それは嘘だ。何よりも大きな嘘だ。
今すぐ目の前に現れて欲しい。紫の瞳に愛情をたたえて笑みかけて欲しい。意外に逞しい両腕で、この身を抱き締めて欲しい。
願っても、彼のもとにはきっと、いや、決して届かない。届く術も無いのだから。
「大嫌い、嘘つきな貴方なんて」
宙に左手を伸ばして空気をつかみ、その拳を胸に引き寄せる。薬指に銀製の指輪がはめられたその手を、反対の手でしっかりと包み込めば、まなじりから、ひとしずくが零れ落ちた。
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