番外編1――失われてゆく日々の中で――

01:厄災の始まりの日に

 血祭。

 魔法を使う媒体・魔律晶まりつしょうの一種である『記録律』に残された映像を魔法士が再現するのを見たミサクは、その凄惨さに目をすがめた。

 黒髪の魔女が、手の一振りで兵士の首をはね、心臓を破裂させて、赤いものが『記録律』にもべったりとへばりつく。

 魔女は、『記録律』以外誰も見る相手のいなくなった場所で、女である事を殊更強調するように腰を振りながら奥の祭壇へと向かうと、安置されていた剣に手を伸ばした。

 かつて勇者が魔王を倒した証として、唯一王国アナスタシアの国王のもとへと持ち帰った魔剣『オディウム』。魔女は迷わずそれを手にすると、やはり悠然と腰を振り振り『記録律』の方へ近づいてきて、こちらをじいっと覗き込み。

 金の瞳を猫のように細め、心の底から嘲るように舌を出して、直後、『転移律』を用いたのか、その場から消えた。

 魔剣を守っていた兵士九人は、決して脆弱な者達ではなかった。むしろ、この堕落した王国の中でも気高い意志を保ち、鍛錬を欠かさなかった、防衛にうってつけの猛者達であった。そんな彼らを、一撃で容易く死に至らしめたのだから、あの魔女の底が知れない。ぞっとしたものが背中を這い上がる。

 だが、真に恐ろしいのはこれからだ。魔王の所持していた武器を魔族が奪ったという事は、迫っているに違いない。

 魔王の復活が。

 そして、最初に狙われるのは、きっと。

「魔王は勇者の住む村を狙うだろう」

 魔法士がそう言いながら『記録律』から手を放すと、映像の再生は消え、ただの透明な球体に戻る。

「陛下のご命令だ。早急に件の村に向かい、勇者の娘だけでも救い出せ、とな」

 その言葉に、心臓が大きくひとつ脈打つのを感じて、ミサクは青の瞳を細める。

『この娘が、お前の  だ』

 唯一王都に来て、騎士として生きる道を定められた後、年が一巡りする度に、遠くの風景を見通す『透過律』で見せられた、一人の少女。秋の麦畑のような黄金の髪に、春の海のごとき碧眼を持つ彼女は、外の世界の陰惨さも、自分に課せられた運命も知らずに、純朴な村娘として、美しく凛と成長していった。

 彼女を、引きずり出すのか。あの何も無いが平和な場所から、陰謀と嫉妬と下卑た野望と、どろどろの黒い思惑が飛び交う、この表舞台へ。

 だが、それが自分の使命だ。逆らえばどうなるかなど、容易く想像がつく。彼女は赤に塗れて息絶え、自分は嘲笑を浴びながら戦場へ出る羽目になるだろう。

 ミサクは目を閉じ、銀髪を揺らして頭を横に振る。自分はどんな苦難を被っても構わない。だが、彼女は。彼女だけは、守り続けねばならない。

 たとえ自分の命を失う結果になろうとも、誰よりも愛おしく想い続けた存在が、この両手の指の隙間から零れ落ちてゆかないように。ぐっと、両の拳を握り締める。

「……わかった」

 平静を装って発したつもりの声は、心なしかかすれていた。

「彼女を、迎えにいく」

 そうしてミサクは、騎士服の裾を翻し、踵を返して、歩き出す。

 それが、この世界を決定的な狂乱の祭に叩き落とす始まりだとは、彼自身もまだ、知らないままに。

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