ティーチャー・オブ・メタルアーミー

甘味亭太丸

第1話 エネルギープラント奪還作戦

 アメリカ合衆国、ユタ州。赤茶けた荒野が広がる大地はかつてはアリゾナ州を含めてモニュメント・バレーと呼ばれる観光地であり、過去には映画のロケも行われており、2118年現在でも多くの国民に愛された壮大な土地である。

 からりと晴れた蒼天、どこまでも続くのではないかと錯覚する赤い大地の上を、六機編成の大型輸送ヘリ『ドールハウス』が飛ぶ。愛らし気な名称とは打って変わり、まさしく無骨の一言にふさわしい灰色と黒の塗装を持つこの大型輸送ヘリはその下腹部に巨大な人形を抱えていた。

 人型戦闘兵器『アーミーズ』。しかもつい半年前にロールアウトされた新型『ガーディアン』。それが人形の名であった。全長八メートルの巨人はうつ伏せの状態で運ばれていた。


『ポイントに接近。各機、投下準備』


 先頭を飛ぶリーダーヘリから各機へと指示が送り込まれる。ヘリの下部アームによって両肩と腰、両足首を固定された六機のアーミーズがアイドリングから目覚めるように、頭部センサーを光らせる。三つの横スリット内部を無数の高性能カメラが蠢き、光の筋を作り出す。


『ジャミングは正常に稼働しているが、こちらの音は察知されている可能性もある。気を付けてくれ。グッドラック』


 リーダーの合図に合わせて巨人たちが降下する。

 アーミーズには単独飛行能力はないが、各部スラスターを使用することである程度の滑空を可能としていた。投下された六機は背部ウェポンラックに装備されたライフルを装備。スラスターを調整しながら、三機一組のチームを形成する。


「六か。七機いりゃ荒野の七人だったんだがな」


 ゼオール・バンディ大尉は大胆にもオープン通信で部下たちへジョークを飛ばした。その内、四機からは微かな笑い声が聞こえてくる。彼らは皆、長い付き合いの部下たちだった。歴戦の勇士と言っても良い。

 しかしゼオール分隊に所属する残りの一機からは返答がなかった。コールサインは『ダッグ6』、つい最近配属された新人曹長のケリー・ミルゼだ。


「ケリー曹長」


 ゼオールはこの若い兵士が緊張している事を見抜いていた。


「は、はっ!」


 映像通信でなくとも、今頃はピシっと背筋を伸ばしている姿が容易に思い浮かぶ声だった。

 ゼオールは自身の若い頃を思い出す。


「ケリー、いいか? 戦場で油断は命とりだが、余裕がないのもまた命とりだ」

「はっ!」

「それだ、ケリー。硬くなるな。深呼吸しろ、リラックスだ。ガチガチじゃ本番でも動きが鈍る。柔軟体操をしておけといったはずがだ、やったか?」


 それはゼオールなりの作法だった。事実、硬直した体は使い物にならない。それはこのアーミーズの操縦だけではない。


「はい、出撃前に、入念に」

「オッケーだ、ケリー」


 ゼオールは新米曹長を鼓舞するように、力強く声をかけた。


「なぁに心配することはない。俺たちが乗っているアーミーズは新型だ。それに比べて敵は十年も前の旧式、しかもろくな装備じゃない。お前は俺たちのおこぼれを狙っていればそれでいい。それで、死にはしない」

「はっ! し、しかし私のようなものがこの新型を任せられるとは、光栄です!」


 ケリー曹長は実機訓練を終えたばかりに新米であった。訓練成績ではトップ、しかも父と兄は共に軍の高官であり、彼自身、絵に描いたような優等生であった。

 本来、そのような『ボンボン』を迎え入れる事に好意的な部隊は多くない。傷の一つでも負わせればどんないちゃもんを付けられるかたまったものではないからだ。

 だが、ゼオールの所属する部隊『ハウリング』の指揮官、ルーファス・フィッツナルド大佐は彼を快く迎え入れた。敬愛する指揮官どのの選択であれば、ゼオール以下、部隊のメンバーは首を縦に振るし、ケリーを歓迎した。


「ケリー、これだけは言っておくぞ。俺たちは実力のないものは、例えボンボンでも見捨てる。だがな、お前が今、そこに座っているという事は、つまりそうではないという事だ。ケリー、我が指揮官は決して家柄や君の父上、兄上が怖いから新型を与えたのではないことを理解してくれ。君の成績を見て、才能を評価したうえで、搭乗させたのだ」

「はい!」

「いい返事だ。しかし、まだ硬いな。我が部隊は、まぁ、この通りの空気だ。お前も、それに慣れるように頑張れよ」

「はい大尉殿!」


 ケリーの喜びに満ちた表情がゼオールには見て取れた。

 青い。若い兵士というのは往々にしてそういうものだ。


「大尉、素敵なおしゃべり中申し訳ないですが、熱源多数、数十五です」


 割り込みをかけてきたのはビヨンド中尉であった。下方に位置する第二分隊の指揮を執る男である。彼らのアーミーズは後方支援及び電子戦装備だった。ライフルも中距離用のものではなく、狙撃タイプであり、右肩にはグレネードを装備、頭部には皿型のレーダードームを搭載していた。


「なるほど、数は揃えているという事か」


 ゼオールは剃り残しのある顎を撫でた。彼らの機体は前方五十キロの距離にある施設を捉えていた。ドーム状の施設が三つ点在し、それらを取り囲むように敷地が広がっている。モニュメント・バレー・エネルギープラントだ。

 本来であれば、この付近一帯にアメリカ合衆国がそのような施設を建設する権利はない。だが、何十年も前に『国際的な認可』の下、『迅速』に建設されたエネルギープラントは今ではアメリカ軍が所有する施設でもとりわけ貴重な存在であった。

 この施設が何らかの理由で稼働を停止すれば、ユタ州及びアリゾナ州へ供給される電力の二割が激減する。当然、一施設が停止してもその他の施設からの供給でバランスを取るものだが、だとしても損害は大きい。一時的な停止であっても、予想される被害金額はゼオールたちに支給される給料よりは高いのだ。


「よし、着陸と同時に全速。手順は覚えているな?」


 ゼオールは各機へと確認を取る。『イエス』と五人の声が重なる。

 ゼオールは大きく頷くと、ガーディアンの姿勢を調整、荒野へと降り立つ。ゼオールの後に続いて、僚機が次々と降下する。一番遅いのはやはりケリーだった。

 人型マシーンというものはデリケートであり、いくら新型のガーディアンとはいえ、上空からの着陸は注意が必要だった。多くの新米パイロットはこの上空からの着陸を恐れて、余計に失敗をする。


「慌てるな、ケリー曹長。計器をよく見ろ、出力調整はオートでも構わん」

「了解!」


 生真面目な返事が返ってくるが、ケリー機には若干のふらつきが見られる。

 ややして、大きく跪くように、ケリー機は着地した。


「よし、いいぞ、ケリー。上出来だ。しかし姿勢を崩さなければ万点だったな」

「申し訳ありません」

「構わん。それより、もう戦闘区域だ。いつミサイルが飛んできてもおかしくはない。全機、移動だ。これからは足を止めるな」


 ゼオールの指揮の下、六機のガーディアンたちは前進する。ガーディアンを含めたアーミーズの移動方法は基本的には徒歩であるが、長距離侵攻においては脚部に装備されたホバー装置による高速機動も可能である。

 しかし推進剤を多用する為か、その多くは片道までである。


「これよりモニュメント・バレープラントを奪還する!」


 ゼオールの号令と共にガーディアンたちは荒野を疾走した。


***


 疾駆するガーディアンのコクピットは意外と揺れが少ない。それは最新型の衝撃吸収装置のおかげだ。これがなければケリーは最初の着地の時点で全身の骨を砕かれている。

 同時にコクピットのパイロット保護機能はどれも素晴らしい。機体外を表示するグラフィックセンサーは自動調整機能付きで、激しいフラッシュから目を守ってくれるし、音響装置もある程度の音量を調整して、鼓膜が破れるのを防いでくれる。

 なにからなにまで至れり尽くせりだった。


(テロリストどもめ)


 進行する中、ケリーは作戦概要を思い出していた。

 スクランブルがかかったのは今から三時間前。モニュメント・バレーに建設されたエネルギープラントが所属不明のテロリストに占拠されたとの情報が入り込んだ。これに対応する為、ハウリング隊は出撃を命じられた。その際に与えられたのがこの新型のガーディアンであった。


(国民を脅かすものは、撃滅する。それが、僕たちの仕事だ)


 ケリーは緊張と同時の至福であった。ハウリングはいくつもの戦場で名をはせてきたアーミーズ専門のエリート部隊だった。これを率いるフィッツナルド大佐は三十六歳という若さで、この部隊を結成した。

 ケリーは今年で二十四歳となる。フィッツナルド大佐は自分と同じ年齢で既にエースパイロットの名をほしいままにしていた人だ。憧れだった。そんな憧れの人が指揮する部隊に配属された時は年甲斐もなく眠れなく、興奮していた。


(大丈夫、落ち着けケリー。ゼオール大尉殿もいる。他の人たちもみな、歴戦の勇士だ。僕が足を引っ張らないように注意するんだ)


 唇が渇く。意識すればするほど緊張は高まる。ゼオールにリラックスしろと言われたが、初の実戦は嫌でもケリーを硬直させた。

 それでも機体は進む。暫くすると、モニュメント・バレープラントがはっきりと見えてくる。ここまで、敵の攻撃はなかった。


(ジャミングがここまで強力なのか?)


 ガーディアンにはジャミング性能がある。とはいえ、長距離レーダーへの映りを悪くする程度のものだ。本格的なステルスとは違う。だというのにプラントを占拠しているはずのテロリストからの反撃はなかった。


(罠? いや、それならゼオール隊長が気が付かないわけがない)


 嫌に静かだった。そうこうするうちに、六機のガーディアンはまんまとプラント 内へと侵入した。


「隊長、おかしいですよ」


 思わずゼオールへと通信を送る。

 プラント内部は静まり返っていた。占拠していたはずの戦車も戦闘ヘリも、後方分隊が確認したはずの十五機のアーミーズもいなかった。もぬけの殻だ。


「隊長?」


 返事がない。外の様子を確認すると、自分以外のガーディアンは何事もないように、停止していた。警戒しているそぶりもない。

 何かがおかしい。新兵であっても、これぐらいはわかる。

 その瞬間、ケリー機のコクピットがけたたましいアラートを響かせ、機体コントロールがロックされる。


「なんだ!」


 何をどう操作してもガーディアンは動かない。外の様子を映し出すディスプレイはシャットアウトされ、真っ黒な画面だけが広がる。

 がこん。それは、緊急脱出ポッドが作動する音だった。おかしい、そんな操作はしてない! ケリーはパニックになった。機体制御コンピューターのバグかもしれない! 止まらない。

 二秒後、ケリーはコクピットを収めた脱出ポッドと共にガーディアンの背部から排出される。空中へと吐き出されたケリーはそこでやっと外の様子を見る事が出来た。


「隊長――」


 刹那、ケリーの意識は爆発の中に消えた。

 何が起こったのか、それすらもわからず。


***


 数十分後。

 モニュメント・バレープラントは巨大な爆発の中へと消えた。施設は跡形もなく消滅が確認された。

 追いつめられたテロリストがプラントを暴走させ、自決を図ったのだと報告された。突入したハウリング隊の反応は消失、帰還した者はゼロ。全員の戦死が伝えれた。

 

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