3-6. VMCAはすばらしい
(橋本P……どうして
あたしが家中の物を引っつかんで引き倒したせいで、雑然とした部屋は、より手の付けられない状態になった。
アースホース内で仮想権利能力を維持する為の条件には、当然、「動画の再生数」や「チャンネル登録数」なんかも含まれてる。
あたしの動画が削除されたままでは、収益が得られない。
そんなことよりも。
あたしの生命が、アースホースの空間から消えて無くなる。
しばらくして、ORゴーグルが映す視界に、7色の発光が来た。
「やっと来てくれた!」
現実にはあり得ない、7色が分離した虹。
虹色の
グレーな棒状のアバターとなって現われたのは。
バーチャル世界『アースホース』の先達であり、かつての私だったものに契約を促した、橋本P。
「動画が消えたんだって? 亀井さ……いや、カリノタイさん」
「そうなの! あたしもう、どうしていいのかさっぱり分からない!」
「まぁ、落ち着いて? 状況を確認するから」
橋本Pはそう言って、動かなくなった。アバターの操縦をオフにしたんだと思う。
そしてしばらくして、彼はこう告げた。
「どうやら、
「なんなのそれ? わからないよ!」
「"Virtual Millennium Copyright Act"、略称VMCA。アースホースみたいなプラットフォーム向けの免責ルールが組み込まれた、仮想世界における著作権法だよ」
「だから、さっぱりわからないってば! あたし、著作権を侵害する動画なんて、アップした記憶ないのに!」
あたし、動画に使う材料は、ちゃんと権利をクリアしたものを使っていた。
絵だって音楽だって。
一部のゲーム実況だって、ゲーム会社のお墨付きアリの物を実況していた。
その他、動画で紹介しているグッズだって、正当引用のはず。
「しょうがないなぁ……」
と笑った、白でも黒でもないグレーの
棒の上の方についた顔から、ふっと笑みを消し、かんなでけずられた鰹節のように、シャッシャッと言葉を区切って、あたしにこう言った。
「動画削除、おそらく、正当権利者からの、申し立てじゃ、ないね」
「……どういうこと?」
権利者じゃなければ、誰が申し立てるっていうの?
「……仮想空間で、目立ちたいヤツが、居るんだよ。キミの他にも」
――その後の、橋本Pの話は小難しかった。
いつもなら、小難しい話は、右から左へスルーする。
でも今回は、あたしの生命がかかっている。
がんばって整理すると。
(1)VMCAに基づいて、例えばAさんから、正式な削除申請を受理をすると、アースホースは動画を削除する。今回のあたしの件みたいに。そしてこの削除で、アースホースは免責される。「著作権についての対応はしましたよ」ということになる。
(2)あたしのような動画投稿者は、当然、異議申し立ての機会を持っている。ただし争う相手は、免責済みのアースホースではない。削除申請者であるAさんと、直接戦うことになる。
(3)あたし異議申立てをすると、
「ふざけないで! 著作権者じゃない人が、嘘っぱちの削除申請を出したら、あたしが被害を被るってことなの!?」
あたしは橋本Pに詰め寄ろうとする。棒の、首のあたりを掴もうとする。
でも彼は、ORゴーグルが映しだす仮想のアバター。この部屋に実体があるわけでもなく、あたしの両手は空をきる。
橋本Pは、渋面になって言った。
「プラットフォームは、深入りしないんだよ。プラットフォームは、裁判所では無いから」
「そんな……」
「争いが起こったら、ユーザー同士の、個人情報を渡して、あとはユーザー同士でやれ、というスタンスなんだ。法のオーバーライドは、あり得るけど、司法では、無いから」
「謎のAさんは……どうしてあたしの動画を狙ったりしたの……?」
「謎のAさん次第、じゃないかなー。ホントに侵害だと、勘違いしてる、イキリオタクとか。いたずらで、削除申請したとか。キミと連絡を取りたい、ヤツだとか。動画から来る利益の、横取りを、狙っているとか」
あたしは絶句した。
……。
……。
「どうする? 異議申立て、するかい?」
……。
……。
「それはイヤ」
あたしはきっぱりと言った。
「どうしてだい?」
バトルが起こらないと分かった途端、橋本Pの口調は、普通のものに戻った。
「あたしの現実の姿は、絶対に、誰かに見られたくないから」
だって。
本物のあたしは、もう、
『カリノタイ』という、可愛くて元気な女の子へと、あたしは脱皮したんだ。
いまさら、抜け殻を人様の前にさらせと言うのか。
女子高時代の【踊ってみた】動画で、レッサーパンダのお面を外した時のように。
あんな思いを、しなければいけないのか。
それは、絶対にイヤだ。
でも――。
「いいのかい? このままだと、アースホースにおける仮想権利能力を、キミは喪失することにな……」
「イヤ! それも! 絶対にイヤ!」
橋本Pの言葉にかぶせるように、あたしは目いっぱいの力で、拒否を示した。
「ねぇ橋本P。どうしたらいいの? あたしはもう、
そうしたら。
「方法は、1つだけあるよ」
橋本Pは、静かに言った。
「えっ! ほんと!?」
あたしの抜け殻に、熱がともる。
「契約の、アップグレードだよ」
「……アップグレード?」
「そう。今までのキミは、アースホースの1ユーザーに過ぎなかった。その権限を引き上げて――僕のように」
橋本Pのアバターである、灰色の棒は。
この時初めて、人の形になった。
その容姿を表現し難い、いたって普通の……特徴の全く無い外見だった。
その、普通を超越したような姿の男が、真面目そうな目をして、あたしにこう言った。
「キミも、アースホースそのものになるんだ」
(TIPS)
【嘘松によるDMCA削除申請問題】
「7. おまけ」にて。
【引用32条(現世の日本)】
複雑怪奇。とてもこの尺で書ける内容じゃないです。
なので、「7. おまけ」にて。
・引用の目的の正当性(批評目的とか)
・主従関係(引用がメインを張っちゃダメ)
・本文と引用箇所とが明瞭に区別できること(引用箇所を『』でくくるとか)
あたりが実際のポイントかな? とだけ、ここではお伝えしておきます。
【DMCA(現世のUS)】
デジタルミレニアム著作権法。Youtubeなんかがこれベースですね。
本編の「VMCA(造語)」とかは、異世界フィクションに仕立ててあるので、そこは混同しないで欲しいです。
調べてみたら、DMCAは、相当奥が深いです。
【ノーティスアンドテイクダウン(現世の日本、US等)】
この言葉だけでも覚えて帰っていただければ、これ幸い。
ネット上の辞典なんかにも解説があるので、そちらに譲ります。
日本のプロバイダ責任制限法と、USのDMCAでは、削除と通告の順序が逆だったりするみたいです。
さてさて。
では、次の話で、きっちりと台無しにしていきたいと思います!
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