異世界著作権 だいなし物語

にぽっくめいきんぐ

異世界音楽著作権団体「SCRAP」編

積上げパート

1-1. 音楽著作権管理団体 SCRAP

(著者注:この物語はです! 異世界での出来事です!)



 明るい教室には、たどたどしい音楽と、黒のグランドピアノがあった。


 女児が座っている。

 椅子の高さ調節は、「座面をすこぶる高くアシガツカナッシモ」。


 女児の後ろには1人の女性がいて、何も言わず微笑んでいた。

 下がった目尻が柔和そうだった。

 灰色の髪が顔の左右を覆い、さらに後ろへと編み込まれ、先端を下ろしている。


 白のレース地のインナーの上部には、三角の影がある。

 ふくよかな二つの山がなければ決して発生しない谷間だった。

 その上には、白い首と、細い、糸のようなネックレス。

 彼氏からの貰い物だろうか?


 インナーの上には、濃紺のジャケットが、新卒社会人のような「若干の背伸び感」を醸し出していた。お腹あたりの金色ボタンは止められていて、その下から白インナーがちらりと覗く。


 白系のフレアスカート。マシュマロのように柔らかそうな太ももの内側には、きゅっとしたくびれがあり、素足を白のヒールが受け止めていた。


 そんな女性に対し……。


「りこせんせー」

 ピアノの前に座った女児が、邪気のない声をあげた。

「どう? どう?」

 と、後ろを見上げて聞いてくる。


 灰色髪の「りこ」先生は、女児の頭を、優美な手つきで優しくなでて、「とてもじょうずよ?」と言う。「えへへ」と女児が破顔する。



 ここは、ピアノ教室。

 新卒の里琴りこ先生が、子供に音楽を教えている。



「りこせんせー。あの曲、練習したいー! PGKG」

 パンチガード・キックガード、という、この世界で突如流行りだした、3Dポリゴン格闘ゲームのテーマ曲だった。動画投稿サイトでも拡散しているやつだ。


 里琴りこ先生は、申し訳なさそうにその場にしゃがみ込み、女児に向かって言った。

「えっちゃん、ごめんね? その曲はね……練習できないの」


「えっ、どうして? この曲、おもしろいのにー! もしかして、弾けないの? りこ先生?」

「……そうなの。へたな先生でごめんね、えっちゃん」

 先生は、つらそうに顔を歪めながら、それでも口角はくっとあげて言い、ぺこりと頭を下げた。

「むー、つまんないー」


 ◆


 レッスンが終わり、里琴りこ先生は、廊下でため息を1つ。そのまま進んで、従業員ブースの扉を開けた。ブースの中は暗がりで、中央デスクのライトだけが、煌々と光を放っていた。

御音みおん先輩、お疲れ様です」

 里琴のその挨拶には、覇気が無かった。


 ブースの中には別の女性が居て、デスクの前に立ち、書類を読んでいた。

 御音みおん先輩と呼ばれたその女性は、くすんだ金色の髪が、つやつやとしていた。首筋はしゅっと細長く、鼻も口も小さめ。目は切れ長で、緑色。目尻付近のまつげは、黒が力強さを象徴していた。


 首のうしろに、すこしだけ後れ毛が見える。

 髪は、頭の後ろの、上の方で、大きなおだんごにまとめてはある。しかしまとめきれないかのように、毛束の一部を、ほの赤い頬の左側に、ファサッと下ろしている。その毛束はゆるやかにS字を描きながら、胸元まで到達していた。


「どうしたの? 浮かない顔して」

 書類から視線を転じた御音みおんは、テーブルに置いていた手を、腰の後ろに回した。


 やや背が高い、グラマラスな体形。白に細い灰色の縦ストライプのシャツ。その襟は大きく、体のラインを強調するような、小さめの黒スーツの上に乗っていた。足の長さを強調するような、黒のタイトなスカート。黒のヒール。


「えっちゃんが、PGKGをピアノで練習したいって……」

 里琴りこは、小さな声で、つらそうに言った。


「ダメだよ、里琴りこ。その曲は、SCRAPスクラップの管理楽曲だから。もし演奏したら、包括契約を迫られる」


 SCRAPは、この異世界の、たった1つ現世には1以上の音楽著作権管理団体だった。


「でも……御音みおん先輩……」

里琴りこ? 気持ちは分かる。分かるけれど、うちの教室の目標は、世界に通用する音楽家を輩出すること。そんな流行曲で遊んでるより先に、練習すべき曲があるの。クラシックを」

 そう言う御音みおん先輩は、この教室の経営者だった。一方の里琴りこは、大学時代の、サークルの後輩。


「でも先輩? 音楽って、『音を楽しむ』って書くのに。楽しんじゃいけないんですか?」


「楽しみ『方』だって、大事なんだよ。上を目指すならね。レベルが上がれば、より音を楽しむことができる。古典の偉大な音楽家達と、音を通じて会話できるようになるんだ。里琴りこも知っているでしょ? あたしのこの教室は、結果を出さなきゃいけない。あたしの父さん母さん達に、バカにされないように」


(それは、御音みおん先輩の単なる「意地」なのでは?)

 とでも言いたげな表情で、里琴りこは、ただ黙っていた。


 確かに御音みおん先輩のご両親は、偉大な音楽家だ。親戚もみな、様々な方面で結果を出している。幼少の頃から厳しく指導する、という教育方針も分かる。


(でも、お仕着せの課題を詰め込んで、子供が音楽を嫌いにでもなったら、一体どうするんだろう?)


 里琴りこは口に出してはそう主張しなかった。ただ、口を少し尖らせた。

 後輩のその表情から、先輩である御音みおんは察した。


「……潰れるようなら、それはその子に、才能が無かったってだけだよ。……かつてのあたしのように」

 自嘲の乾いた笑いが、ブースに響いた。




(TIPS)

【音楽著作権管理団体】

 著作権者に代わって、音楽著作権を管理してくれる(有り体に言えば、料金を徴収してくれる)団体。


 現世では、「悪の権化」のように忌み嫌われている印象も、正直なところ、あります。


 しかし、音楽でご飯を食べていく人にとっては、必要不可欠な団体。

 なぜか?

 それは、著作物の利用の対価を、自分自身で徴収するのは、とても大変な事だからです。(この点が忌み嫌われているわけでは、ないのだろうけれど)

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