12発:ゼロから始める異世界借金生活

「それでは早速、登録いたしましょう。こちらの認証石に手を乗せてください」


 ――はい。

 簡素だが図形を伴った複数の文字のような刻印の施された小さな大理石の台座。

 それにてのひらを乗せると、まばゆい光の幕が立ち上がり、手全体をスキャンするかのように前後する。

 間もなく、受付の彼女は脇に置かれた筐体きょうたいのスリットから出てきたカードを取り、カウンターに置く。


「これは?」


「冒険者認証カード、通称ACカードです。これであなたの個人情報はギルドネットワークに登録されました。

 これでどこに行ってもあなたの身分は保障されますよ。さぁ、そちらのお嬢さんもどうぞ」


 幼女神ロリがみも台座に手を乗せ、認証完了。

 二人揃って白っぽいカードを渡される。

 それにしても、メリットこそあれ、デメリットがないぞ。

 この店員、どういうつもりで冒険者登録なんてさせたんだ?


「身分保障してもらって恐縮なんだけど、その~無銭飲食代の罪というか罰というか、拘束されたり、強制労働とか、そーゆーマイナス要素って、どーなってるんでしょ?

 いや、勿論、なければないで、それに越したことはないんですけどね」


「ACカードは冒険者のステータスを“見える化”すると共にギルドでの立ち位置や社会的身分、履歴、賞罰ほか、様々なデータを包括的にデータとして視角化、およびバックアップしておくことができます。

 その中に“資産”も含まれております。

 冒険者として依頼や任務などを引き受け、その報酬ギャラはギルド口座に振り込まれます。

 従って、請求などはそのギルド口座から引き落とされます」


「あぁ~、天引き、ってわけね…」


「ステータス各種の閲覧やギルドとの遣り取り、現金の出納すいとうなどは公衆冒険者情報端末、通称ATMを利用すれば、いつでもどこでも利用できます。

 情報端末は設置箇所にもよりますが、ご利用の時間帯によっては現金引き出し際、お手数料がかかります。また、お振込などにもお手数料がかかります。

 混雑時、ステータス閲覧やギルドとの連絡にATMを使用しますと占有時間が長くなり、他のお客様にご迷惑がかかりますので、こちらの場合、魔力路網マジカルネットワークでアクセス可能です。

 魔力路網MNへのアクセス際、そちらのACカードが触媒となりますから魔力消費は0、アクセスコマンド、即ち、魔法の合言葉あいことば『テクマクマハリタ、マハリクテクニカ、モリトマハリトマゾピック、パンプルピピルマベララルラ、ピピルピルピルピピルピー!異界の賢者、八つの鍵を持て、開けギルドの門<八鍵守護神ローグ・イーン>』と唱えれば、いつでもアクセスできます。

 魔法の合言葉は、後でオリジナルのものに変更することができます。

 勿論、アクセス際に必要な現在のログイン名と8桁のパスワードはデフォルトですが、こちらも後で変更できます。

 なお、仕事のギャラの取り分は、ギルドが30%のお手数料を控除した7割が振り込まれますのでお間違いないよう」


 合言葉、なげぇー!

 ついでに、だせぇー!

 つーか、最後にサラッと重要なこと云ったよな?

 ギャラって全部もらえるわけじゃねーのかよ。


 横からヌッと店員が顔を出し、語気強めに話す。


「無銭飲食分のお代は65,000エン。ウチではワケ分からんヤツには鴉金からすきんで天引きするんで、今、おたくらの資産は『-71,500エン』、つまり、各々『-35,750エン』になってるはずだ。

 いつでも返済は可能。ついでにトバれると困るんで利子のみ返済、いわゆる、スキップも可能。

 精々、頑張って返せよ」


 うーむ…

 なんだかよく分からんが、要は現時点で俺は35,750エン分の借金を抱えとる訳か。

 この世界の、つーか、ザイオン周辺の貨幣価値や物価っつーもんが分からんので何とも云えんが、仮に日本円で換算したとすると、ま~、1週間働けば返せるわな、なんも他で使わなかったら。


 ま~、それはともかく。

 現在の状況を確認しとかなきゃならん。

 図らずも、こうして冒険者認証カード…ACカードだっけか?…を手に入れたんだ、まずはその確認とどんなものかってのを、もう少し詳しく聞いておくか。


「すみません、今って俺の冒険者としてのステータスってどれくらいなんですかねぇ?」


「あー、はい。もしよろしければ、私の方で確認してみますけど、宜しいですか?」


「あ、はい。頼んます」


 ガラス窓下に空いた戸口から受付嬢にカードを渡す。

 カードを先程の認証石とは微妙に違う台座の上に置き、その台座から伸びたコードで繋がったキーボードを取り出す。

 キーボードというよりはレトロなタイプライターのような、やたらごっつい代物なのだが、こーゆーもんがあるくらいだから、それなりにこの世界の文明レベルは高いのだろうか。

 今ひとつ、よく分からんが、ファンタジーとスチームパンクの間くらいなのだろうか。

 ま、どうせ後で分かるだろうから、放っておこう、そうしよう。


「あらっ?なんか、おかしーですね?」


 タイプライターのような装置から、その上空に光学的に映し出されたデータのようなものを見ながら、受付嬢がつぶやく。


「どうかしましたか?」


「…えーと、その~、大変申し上げづらいのですが――」


「なんでしょ?」


「お客様、護居颯汰ごいそうた様の冒険者レベルは…」


「レベルは?」


ゼロにございます」


「またかよッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る