10発:食い逃げは犯罪です

 魔王の居城は、“はじまり”にして“さいご”の街『ザイオン』からカーカスバード内海ないかいを挟んで目と鼻の先にある。

 このザイオンという街はかなり特殊で、七聖国ヘプターキによって共同統治されている。

 七聖国は、大陸で強大な力を保持している有力国家群の総称で、主にザイオンで呼ばれている。

 七聖国自体は魔王への共闘において『七聖母セヴンマザーズ』を自称し、魔王側では『七つの大罪ペッカータモルターリア』と揶揄やゆしている。

 七聖国は、共通の敵として魔王エイルキングと認定し、魔王自身は超帝ファビュラスマクシマ僭称せんしょうしている。

 七聖国での正式な魔王の呼称は、二世魔王であり、前魔王の後継者であり、始魔王や原初魔王と呼ばれる、いわゆる、無印むじるし魔王とは異なる、とのこと。


 現在、七聖国と魔王の勢力バランスは、七聖国側に軍配が上がる。

 先代魔王こと初代魔王時代には、大陸のほとんどが魔王の勢力下に置かれていたらしいが、現在は七聖国側が盛り返し、魔王はカーカスバード内海を挟んだカーカスクランチ半島のみをかろうじて支配下に置いている。

 魔王は今や風前の灯火ともしび、そんな状態らしい。


 俺がたどたどしくザイオンの住民から仕入れた情報は、ざっとこんな感じ。

 これを、ひまを持てあましては小石を蹴っ飛ばして通行人に当て、怒られそうになると距離を取り、追っかけられると逃げる、を繰り返していたイタズラっまるだしの幼女神ロリがみに伝える。


「えー↓なんか魔王の存在しょぼくないデスかァ?

 そんなしょっぱい魔王を討伐しても、あんま功徳くどく貯まりそーにないデスねぇ?」


「いや、そーゆーの、俺詳しくないから分からんけど、やっぱ魔王っていうくらいだから、それなりだと思うんだけどね?

 経験値、みたいなもんでしょ、功徳くどくって?レベル0のまんまじゃしょーがないから、やってみてもいいんじゃないか?」


「そーデスね~、めんどくせーデスけどしゃーなしデスかね~」


 ――

 神様のくせに、怠惰たいだなやっちゃな~。

 こいつに任せておくと功徳くどくっつーヤツ、あんま貯まりそーにねーから、俺が動くしかねーな、コリャ。


「――それにしても…」


「なに?」


「おなか、減ったデスねぇ…」


「えっ?ハートちゃん様、神様だろ?腹減るのかよ??

 いや、俺も腹減ってきたけど、あんた、神様だろ?」


「転生されちゃって実体持っちゃってるんだから、そりゃ~おなか減るデスよ。ペコペコぺこぺこデスよ!」


「…意外と面倒なのね、神様も」


「取り敢えず、ゴハン食べに行くデスよー」


「えっ!?いや、お金ないって。街の様子ちょっと見たけど、貨幣制度がない程、文明レベル低そうには思えないし。

 外食すんなら、この世界の、っつーか、この辺りで使われてるお金ないと無理でしょ?」


「にゅふふ~、颯汰そうたさん、あなたが持ってるの存在をお忘れではないデスかぁ~?」


「あっ、このスマホ?ゴッホか!」


「そうデス!そのゴッホには、God Payアプリが入れてあるのデスよ。いつでもどこでも簡単にカード決済ができるのデス!」


「おおっ、それは凄い!…と云うか、神様もカード持ってるのか」


「当たりめぇ~デス。異世界転生はしねーデスけど、世界の状況を知るために異世界旅行はするのデス。その時、カードがあると便利なのデス!」


「なるほどねぇ~、なんか得心したわ」


「という訳で、メシを喰いに行くのデス!」


「おおーッ!」


 二人は街の中心部に向け、大通りを進む。

 この世界の、というか、この地方の文字や会話は基本分からん。

 しかし、変身メイクアプリを使用した後、すぐにゴッホの翻訳アプリ機能も起動済み。

 おかげで文字も読めるし、まぁ、情報収集もできたわけだ。

 なかなかに、このゴッホとかいうスマホ、使い勝手がいい。


 大通りを歩み続けると、そこそこデカイ建物が目に入る。

 教会と小城を掛け合わせたような外観、一階にはホテルっぽい感じのものと酒場っぽい感じほか、複数の出入口があり、その規模とは裏腹に取っつきにくさは皆無、むしろ、入りやすさを感じる。

 その建物に出入りしている者達も多く、金持ち風からきったない風来坊ふうらいぼう風の者まで、十人十色。

 どの連中も、そこそこ物騒ぶっそうな装備品をまとっている。

 客を選ばない、そんなニュアンスが見てとれる。

 看板には『魔王討伐ギルド“魔王殺しキルエイルキング”』と刻印されている。


「おっ!ここ、良さそうじゃないか?」


「えー、ここデスかぁ~?もっとゴージャスなレストランっぽいところのほうが好みデス~」


「高級レストランとかは、この世界、というかこの街風の服とか購入し、異世界感なくなった服装で行くべきだと思うんだよ。

 今のこの姿じゃ周りから浮きすぎてるから、いっそ、客層がふわーっとしてるこーゆーところのほうが安心だと思うけどね」


「へぇ~、颯汰そうたさん、してる割に、けっこー、頭いいデスね~?」


「そんな格好、云うな!」


 酒場風の出入口から入り、テーブルにつく。

 店内はかなり賑わっており、冒険者風の連中が酒や食事に舌鼓したつづみをうっている。

 なにやらいい香りもただよってきて、食欲を刺激する。

 不満げだった幼女神ロリがみも、この匂いに触発されたのか、満面の笑み。

 オーダーを取りに来た店員に尋ねながら、どんどん料理を頼む。

 肉料理や煮込み料理、焼き物、魚料理、生野菜に焼き鳥、串カツまである。

 こりゃ~、素晴らしい店だ!


 調子に乗った幼女神ロリがみは、酒まで注文する。

 未成年が酒を飲むな!、とたしなめたのだが、どうやらこのロリ、合法ロリらしい。

 そりゃ、そーだ。

 神様なんだから、年関係ないわな。

 よっしゃ、俺も酒飲もう!

 歩き続けた上、情報収集までして草臥くたびれた。

 そんな時には、やっぱビールだよな!

 美味うまし!

 やっぱ、クタクタの時はビールに限る。

 惜しいのは、全然冷えてないところ。

 ビールを冷やして飲む、っつー慣習がないのかも知れない。

 ま、それでも十分美味いから、文句はない。


 どれくらい経ったのだろう。

 窓から西日が差し込んでくる。

 だいぶ酔いもまわってきたし、腹もできた。

 宿屋でも探して、そのまま寝るのが一番だ。

 そもそも、この建物にはホテルっぽいエントランスもあったし、もしかしたら宿も併設されているかも知れない。

 こりゃ、助かるぜ。


 幼女神ロリがみはまだ飲み足りないのか、「酒、酒」を連呼してるが、キリがないので無理やり立たせ、お勘定。

 テーブル会計らしく、店員が伝票的なものを持ってくる。

 会計「65,000エン」と書いてある。

 エン、なのか、ここの貨幣?

 まぁ、どうでもいい。

 ゴッホを取り出し、スライドさせる仕草しぐさを店員に見せる。

 何故なぜか店員はその場を動こうとせず、首をかしげる。


「あれ?カードで払いたいんだけど?」


 察しが悪い店員に軽く苛立いらだちを覚え、声をかける。


「ぁあ!少々お待ちを」


 カウンターに戻り、カードリーダーを持って戻ってくる店員。

 それを見て、俺はあきれる。


「いやいや、カードじゃなくて、いや、カードはカードなんだけど、スマホね、スマホ。このスライド型のリーダーじゃなくて、非接触型のリーダー持ってきてよ」


「非接触型?非接触というのは、触れない、という意味ですか?」


「はぁ~~~?そりゃそーだろ!カード式のリーダーじゃ、スマホ入らんだろ!見て分からんのか!!」


「ぁあ!マジックリーダーのことですね!少々、お待ちを」


 マジックリーダー?

 なんのこっちゃ?

 まぁ、こっちでは呼ぶのかな?

 ったく、使えねー店員だな!

 まぁ、俺がゴッホをスライドさせる仕草したんで勘違いしたのかもな。

 にしても、察せよ。

 鈍いヤツだ。


「お待たせしました。どうぞ」


「あいよー」


 店員が持ってきた、紋章のようなものが刻まれた石造りの小箱の上にゴッホをかざす。

 ブッブーッ!――

 うわっ!

 なんでビープ音なんだよ。

 ピッ、とかじゃねーのかよ、この世界のリーダーは。

 これじゃ、エラー出しちまってるみたいで、ビックリするわ。


「これ、もう読み込んだのかな?」


「いえ、読み込んでおりません。もう1度、やってみてください」


「ああ~、そうなの?それじゃあ――」


 二度、三度、かざしてみる。

 ブッブーッ!ブッブーッ!

 画面をスカートでぬぐって、もう一度試す。

 ブッブーッ!

 はぁ~、と画面に呼気をあびせ、更にスカートで拭って、再度かざす。

 ブッブーッ!

 ――えっ?えっ!?

 なにコレ?

 全然、読み込まないんですけど!


 隣でまどろみ、眠っちまいそうな幼女神ロリがみの両肩をつかみ、揺すりながら話す。


「おい、ハートちゃん様!起きろ、ちゃん様ッ!」


「……ふにゅ~、なーにィー…」


「カードが、っつーか、ゴッホが反応しないんだよ!」


「えっ!?そんなはず、ねぇーデス!

 あっ!そかそか、所有者であるあたし本人がやらないとダメなのかもデス」


 俺からゴッホを取り上げ、幼女神ロリがみ自らリーダーにかざす。

 ブッブーッ!

 気を取り直してもう1度かざす。

 ブッブーッ!

 服のすそで画面を拭ってもう1度。

 ブッブーッ!

 画面に息を吹き掛け、裾で拭って更にもう1度。

 ブッブーッ!


 おいッ!

 全然、ダメじゃねーか!!!

 首をかしげる幼女神ロリがみ

 おいおい、オマエが首をかしげるな!

 どーなってんだよ。


「…うーん、もしかしたらデスけど~、ゴッホがカード所有者用のセキュリティ機能発揮しちゃって、決済をブロックしちゃってるかも?

 あたしがやってもムリってことは、転生して実体化しちゃってるのがイケないのかも?」


「えーッ!?ど、どーすんだよ、支払い!」


「払えないデスねぇ~……

 うーーん………ゴメンちゃい♡てへぺろっ♪」


「ぅおぉーーーい!ガッデムッ!」


 そのさまを黙ってみていた店員が重々しく口を開く。


「お客さぁ~~~ン!無銭飲食は、ゆるされませんよォォォ~~~?」


「ち、ちっ、ちなうんです!ちなうんです!」

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