1章:このクソみたいな世界に祝福を!

5発:このクソみたいな世界に祝福を!

―――――――  1  ―――――――



 ――くっさいくっさいヘドロを抜けるとであった。



 ――朝。

 清々すがすがしい青空の下、緑が生い茂り、すこぶる透明度の高い清流が流れ、点在する中宙なかぞらにたゆたう島嶼とうしょから細い滝が流れ落ちる。

 色彩豊かな鳥たちは大空を舞いうたい、木々の葉は互いに触れ合い自然のメロディをつむぎ歌う。

 わずかに見られる可愛らしい家々からは、決して嫌ではない未知の生活環境音が響き、小さく、リズミカルに大地にこだましうたう。


 カコン、カラン――

 ――トコン、コロン…

 炊事、洗濯、掃除ほか、鍛冶や野良のら仕事、水み、荷運び、薪割りなどなど、決して村とはいえないまばらな集落から、たくましく生きる嬉々とした人々のうたが聞こえる。

 ガコン、ゴトン――

 乾いたは遠く響き、どんな芸術家でさえ、決して奏でることのできない美しいハーモニーを聴かせる。


 ――ボゴッ、ボグゥ!

 ふいに混じる、不協和音。

 精肉工場に吊された解体済みの牛でもなぐるかのような、何ともいえない鈍い音。

 さわやかな朝の気分を台無だいなしにする、そんなもり湿しめった異音。

 ぎゃっ、ぐわっ――

 そのよどみに、更に混じる不快な雑音。

 下品な音色ねいろ

 悲鳴にも似た雑味ざつみ


 招かれざる“”の正体――


 ――ボグン!ボグッ、ボグムッ!


 遠目とおめ汚泥おでいに薄汚れた着丈きたけの短いピンクのセーラー服を着た女装のおっさんと、これまたピンク色の髪をドロまみれでカッピカピにした幼女が仲睦なかむつまじくたわむれている、ように見える。


 ――無論、

 気のせい――


 そのじつ、この世のありとあらゆる呪われた文言、すなわち、罵詈雑言ばりぞうごんの限りを尽くし、幼女はおっさんのうっすらたるんだ腹を殴っている。

 付睫毛つけまは取れかかり、アイメイクはにじみ伸び、涙と鼻水とよだれの混合物でしっとり保湿の顔パック。

 化物さながらの面丸出つらまるだしで苦痛に表情をゆがもだえる、露出狂の女装のおっさん。

 ピンク髪を振り乱し、怒りの表情を浮かべ、腰の入ったボディーブローをおっさんの腹にたらふく叩き込む幼女。

 この素晴らしい世界に、似付かわしくない粗暴、粗野な二人の異物、地獄絵図。


「おい、オヤジー!おめぇ~、このありさま、どーしてくれるんデスかー!!!」


「うぼぉぉおおおっ、もう堪忍かんにんしてつかーさい!」


「ゅゅゅゆるさねぇーデスぅ~!この神様であるをっ、こっんな、わけ分からんトコまで引きずりこみやがって、絶許ぜつゆるデス!」


 高速回転のショートボデォーを、レバーと鳩尾みぞおち、交互に打ち抜く。


「やめて!とめて!」


「どォーーしてくれルルるんデスかァ~~?一度、転生しちまったらぁっ、簡単には戻れねェーんデスよォォォッ!!!

 おめぇーがッ、泣くまでっ、殴るのをやめないッ、デスぅーッ!」


「いやっ、もう泣いてるからッ!けっこー前から泣いてるカラっ!

 やめて、とめて、やめてとめて、やめてとめて、やめてとめてやめてとめて…

 それ以上、腹殴られたらっ、出ちゃうからッ!!やめて!とめて!」


 ぷりっ――


「あ゛っ!?」


 ――む゛りっ、むりむりむりむりむりむ゛りッ。。。

 むむっ!

 ケツに異物感。

 ふぅー。

 ヤッちまった。


 だが、しかし!


 爽快感――

 じつに。

 じつに、清々しい朝だぜ。

 ケツまわりはキモいが、達成感、いや、充実感さえ感じる。

 ため込んでいた鬱憤うっぷんが、まぁ、ため込んでいたのはプンプン臭うウンコなんだが、を解放したことで胸のつっかえ、いや、ケツのつっかえが取れた、そんな感じだ。


 まったく…

 やってくれるゼ。

 なぁ、相棒?

 いや、相棒なんぞ、おらん!


 ――…

 くっそ!

 いい年したおっさんが、朝っぱらからクソらしちまった!

 おい!

 俺の異世界生活は、クソもらしから始まんのかよっ!

 やり直しを要求する。

 リセマラだ!

 リセマラを所望する!


 ボグン!――

 ぐゥっは!

 ――プリュッ!

 殴るな、っつーの!

 殴られる度、クソもれるわっ!!


「…ちょっと、マジたんま!」


「!?な、なにっ?どーしたのデスかぁ?」


「…、出た」


「!!?き、きっ、きったねぇー野郎デスぅ~~~!

 早くっ、早くどっか行って、ケツ拭いてくるのデス!」


「い、いやぁ~、そのぉ~…

 比較的でしてぇ~……死ぬ前、つーか、女装する前、多少、お酒をいただいておりまして…お酒の力でも借りないと、その~、こんな格好できんといいますか、まぁ、そー云う事情がありましてぇ~……

 シャバシャバ、というか、ウィ!シャバダバって感じで、あンま、動けないと云うか何と云うか…」


「――くっ!」


「く?」


「くっさぁぁぁぁぁーーーッ!すっげー、くっさいのデス!!!」


 ――くんかくんかっ!

 うむっ!

 確かに。

 鼻腔びこうをくすぐるまろやかな…

 いや、嗅覚受容体きゅうかくじゅようたいをつんざくスパイシーつ凶悪な臭いオイニー

 俺、死ぬ前、ナニ喰ったんだっけ?

 こりゃ、たまらん!

 くっせぇー!


「早く、そこらへんの川かどっかで洗ってくるのデス!」


「お、おう・・・」



 ――招かれざる“”の正体はっ、


 ゆるめの、だった――



 …クソガデタヨ、クソガクソガデタヨ、ヒドクニオイキツメノ、ダレモカイダコトナイ、クソガモレテイタヨー、、、ダァ……

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