28話 持続
私、
小中高一貫校である蛍光院学院も今年で12年目。高等部3年。ようやくこの日々が終わりを告げようとしている。一言で言ってしまえば長かった。いつこの日常に終わりが訪れるのかと長年ずっとその時を待ち続ける毎日。
初等部の頃は楽しかった。毎日が楽しくて、それはもう時間を忘れる程に。いや時間なんて全く考えた事も無かったか。
彼女、
こうして共にいる時間が長くなれば、もう私には微塵も興味も無い様で。最近は此方に目を向ける事すらも無くなった。
最近はまた新しい玩具を見つけた様で、そちらに御執心な様だ。ここまで楽しそうな生徒会長を見るのは初めてと言っても過言では無いかも知れない。まあそれはそれで私の学院生活の平穏に繋がるのだから、気の毒だが彼女が今後どうなろうとも知った事ではない。
それにしても、
蛍光院栞に手を出せば、この学院では生きてはいけない。大切に、丁寧に、ボロボロになるまで遊ばれる。心をコナゴナにされて、それでも解放なんてして貰えない。
幸せを全て奪われて、奪った幸せをそのままゴミ箱に捨てられる。
蛍光院という名家に生まれ、何不自由無い生活の中で、彼女が何を求めているのか。私には分からない。
今年の生徒会選挙の少し前に、唐突に副生徒会長に推薦し始めた。勿論、校内で大きな影響力を持つ生徒会役員にいきなり何処の馬の骨とも知れない男子を座らせる事に周囲は反対一色。
その全てを楽し気にねじ伏せ、叩き潰した。いや逆に、その反対勢力を生むために彼を生徒会に引き入れたのかも知れない。最初の頃はそう思っていた。
蛍光院学院の生徒会は皆、躍起になって加入を望む。将来に大いに有用なこの生徒会で、活動中も我先にと皆アピールを繰り出す。云わば戦場だ。権力を掴むために皆、心を鬼にして毎週の会議に臨んでいる。
その中で一人、異色な彼の様な人間をこの生徒会に引き入れたのは、何か理由があるのかも知れない。やる気の無さそうな顔で、毎回休む口実を会長にグダグダと説明している。毎週の様にトルクメニスタン在住のおばあちゃんが倒れているらしい。
なぜこんな体たらくを態々副会長に推薦したのかと、頭の中でずっと疑問が消えずにいたが、最近になってようやく分かった気がする。
会長は、圷唯を目的にしていたのでは無いかと。
ふと会長は相変わらず興味の無さそうな声で此方に言い放つ。
「今日はもういいよ。帰るといい。」
「はい。畏まりました。ではお先に失礼します。」
その言葉に返事は無い。此方を見る事も無く、いつもの様な無表情。
私は自分の学生鞄を確認し生徒会室を後にした。
少し暗くなった人気の無い廊下を一人歩いて行く。
体育祭が間近に迫り、生徒会も忙しかった事もあり最近、会長の近くにいた時間が長かったせいか此処の所は彼女の事を考える時間も増えた。
蛍光院栞には友達と呼べる人間が一人もいない。彼女の性格がそうさせている面も勿論あるが、やはり一番の問題はその蛍光院という家柄が問題なのだろう。
入学当初から、学院を所有する一族の子として教師含む周囲からの特別待遇が当たり前。彼女が怒られている姿など一度たりとも見た事が無い。周囲は蛍光院に取り入ろうと必死にご機嫌取り。
かくいう私もその一人だ。彼女の持つ力に怯え、言いたい事など言う度胸も無い。
昔からそういう周囲を見て、いつも詰まら無さそうな目をしていたのが記憶に焼き付いている。
気が付けば、中等部に上がる頃には、この学院で彼女に逆らえる者は一人も居なくなっていた。学院3大美女であろうと、彼女に対抗出来る者はいない。
所詮それらは蛍光院が与えている力に過ぎないのだから。
言葉通り学院の支配者。この12年で彼女に喧嘩を売った人数は片手で数える程。まともに相手になった人物なんて一人も居ない。
少し暗くなった廊下の先に、うっすらと人影が見えた。
壁に背を預けて寄りかかっている。遠目からは、その脱色された白い髪がよく目立つ。私は彼女に近づくにつれて歩みを遅くする。
あと数歩でその場所に辿り着きそうになった時に、伏せられていた顔をようやく彼女は此方に向けた。口元には少し笑みを浮かべている。
「あ、
「お疲れさまです。水島先輩。」
「え、ええ。どうしたの? もうすぐ下校時間よ……?」
「水島先輩に蛍光院先輩の秘密を教えて貰いたいなーって思って。凄く仲が良いみたいですから。」
唐突な失礼極まりない発言に少し苛立ちを感じた。
「なにをふざけた事を言っているの?」
「お願いしますよ。」
彼女の口元には未だに不気味な笑みが彩られている。
私は少し怒気を混じらせた声を放った。
「さっさと下校しなさい。」
「えーいいじゃないですか~。先輩色々知ってるんですよね……?」
「しつこいわね。これ以上ふざけるつもりなら、会長にこの事を報告……。」
「これ何だか分かりますか?」
私の言葉を遮りながら、自分のスマートフォンを差し出して来る。
画面には、よく見知った名前。
「な、なんであなたが彼の連絡先を知ってるの……?」
「迫られて困ってるんです。告白もしつこくて。」
「う、嘘よ! 彼はそんな事しない!」
「さあそれはどうでしょうね? あ、ちなみに私は好きな人に彼氏作るなって言われてるので勿論付き合いませんよ? キャッチアンドリリースの精神です。まあ結果的にあなたとは別れて貰いますけど。」
彼女は可愛らしい笑顔を作りながら飄々とそんな事を言い放って来る。
「まさか、彼と何かしたの……?」
「は? する訳無いでしょ? 私、自分が汚れる事はしない主義なんです。」
その一言に絶句した。
「……や、やめて。本当に彼が好きなの……。」
「分かってますよ。だから先輩次第ですよ?」
この時私は、初めて気が付く。これは交渉では無く、脅しだと。
ここに来る以前から、もう既に彼女の蜘蛛の糸に絡め取られていた事に。
―――――
暗い廊下に消えていく背中。
水島紫は、貴重な情報を置いて去って行った。近いうちに書類に纏めさせる約束。期限は1週間以内。ここまでは計画通りか。
脱色された白い髪を揺らしながら、口元には不気味な笑みが浮かぶ。
背後から別の影。
「これで満足か……?」
羽柴公平。水島紫の恋人。
「まあね。ありがとね。
「最低だな。お前。」
私はこの男を別に誘惑なんてしていない。
「最低なのはあなたでしょ? 浮気するからいけないのよ。」
「ああ、俺は最低だ。結局それもお前の差し金だったけどな……。」
「私は只、羽柴先輩の事、気になってる子に紹介しただけだよ。まあ、嗾けしかけたのは事実だけどね……? ふふっ。」
まあその子もコロコロと恋心を移し替える女の子だったけどね。
「く……。俺は紫の事が本当に好きだったのに……。」
私は笑顔を消して一歩前に出る。
「お前たちのそれは本気とは言わないんだよ。」
世の中の恋愛なんて殆どがこの程度の恋愛。脅せば皆、引き下がる。
その割には時間が経てば、すぐに別の代わりを用意する。世の中の「好き」なんて殆どがその程度。
私のそれはそんな簡単には引き下がれない。想いを相手に伝える事も出来ず、気が付けば物心付いた時から今までの長い時間、この想いが持続し続けている。そして恐らくこれからもそれはきっと変わってくれない。そんな簡単に移り変わって忘れられるなら、もういっその事忘れてしまいたい程に苦しい。
だから私は、この想いが続く限り絶対にやめられない。
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