妹フレグランス

かいうす。

prologue

プロローグ1 失恋


 「もう別れよう…?」



 彼女と付き合い始めて2週間。世のカップルなら世界で一番好きと胸を張って言えても可笑しくは無い時期。俗にいう超ラブラブな時期の超ラブラブな下校中に唐突で突拍子も無く余りにも無残で無慈悲なその宣言に最初何を言われたのか理解出来ずにいた。


 芹沢優奈せりざわゆうなちゃん。16才。高校2年生。

 同じ高校に通い同じクラスの後ろの席に座る、つい2週間前に付き合い始めた女の子から無残にも別れを切り出された瞬間だった。



「え……? なんで……?」



 今にも掠れて消えてしまいそうな声でようやっと返事を返した俺こと、圷涼あくつりょう。16才。高校2年生。

 そんな小さく覇気の無い俺の返事に彼女は申し訳無さそうに答えた。



「私、圷君の彼女で居られる自信無いっていうか……。もう無理っていうか……。」


「え!? なんで!? 俺たちまだ付き合って2週間しか経ってないじゃん! もしなんか俺が悪い事したなら謝るし!」


「そっか……。まだ2週間しか経って無かったんだね……もっとずっと長い時間経ってたのかと思ったよ……。」



 そこまで話したところで彼女は言葉を切り、どこか遠くを見つめるような仕草を取る。その彼女の視線がどこを見ているのかは分からない。そんな事を考えている余裕も無く、それでも彼女の視線が俺の視線ともう交わる事は無い事だけは分かった。



「さよなら……。」



 そんな短い言葉が耳に届くと、心に重りを着けたかのような感覚が体中を支配する。彼女が俺の横を通り過ぎて行くのを止めることさえ出来ずに只、足元を見つめ続けた。



―――――



 無気力に肩を落としながら玄関の鍵を開ける。

 しかし玄関のドアは開かない。鍵を開けた筈なのに鍵が閉まっている事を考えると、あいつはもう帰宅しているようだ。

 家の中に入るとリビングからテレビの音が漏れてくる。その音の方に向かいリビングに繋がるドアを開けるとソファに座りながら不満そうな表情でアイスバーに噛り付く、妹の圷唯あくつゆいがテレビの方を向いていた。

 兄が帰って来ても「おかえりなさい!お兄ちゃん!」なんてウチの妹が言うはずも無く、リビングに入る兄を横目で一目見るなり再度テレビに向き直したのを確認し溜息を一つ付きながら、冷蔵庫を開け牛乳を取り出し一気にそれを煽った。



 つい先程味わった失恋が頭の中で鮮明に再生される。

 今回の失恋で過去経験した中学時代からの失恋を合わせて合計4度目。どれも付き合い始めて2週間と経たずに振られ続けていた。これは明らかにおかしい。

 もしかしたら俺の付き合い方に何か問題があるのかもしれない。



「どしたの? 失恋でもした?」



 背後でアイスを頬張りながらテレビを見ている妹の唯に唐突に心を抉られ体が仰け反る程のリアクションをついしてしまう。



「お前なんで分かるの!? エスパーかよ!」


「いや……そんな肩落として泣きそうな顔してたら、一目で大体想像つくし……」


「まじかよ……俺そんな顔してた……?」



 その問いには返事が無くテレビに再度向き直りケラケラと笑いだす。こ、殺してぇぇ……兄が失恋したことよりも目の前のバラエティ番組の方が大事ですか。そうですか。

 その番組がよほど面白いのか、さっきまでムスっとした態度でテレビを眺めていた雰囲気とは打って変わってこの爆笑である。テレビの内容に笑っていると分かってはいるのだが、このタイミングで何も爆笑しなくてもいいだろうに……。



「あっはっはっ……くふふっ……あ、ごめんごめん。テレビが面白くて~。ふふっ。まあそんな落ち込まないようにね。ぷっ。」


「お前絶対俺の失恋に笑ってるだろ!」


「くくくっ………コ、コホン。違うよ!なにそれ被害妄想じゃん。それに毎回そうやってすぐ別れちゃうのは相手の事よく知る前から付きあちゃうから悪いんじゃないの?」


「す、すぐって訳でもねえよ!新しいクラスになって、席も近くて、話してても気が合う感じだったから、この子しかないなって思ったんだよ!実際付き合った訳だし……。」


「それで付き合って2週間で振られんの?」


「うぐぅぅぅ!!」



 まさにとどめを刺された瞬間だった……。妹の大正論に精神的に大ダメージ被った俺はその場に倒れ込みそうになるのをグッと堪える。


 確かにその通りかもしれない。毎回出会ってからお互いの会話が噛み合うと自分の中で盛り上がってしまい、即告白を実行してしまう。

 世のカップルが実際どの程度、仲が良くなってから告白しているかなど想像も付かない。


 空になった牛乳パックをすぐ近くにあるゴミ箱に放り込み、気だるげに妹の横に腰掛けた。両手を頭の後ろで組み天井を仰ぐ。



「何がいけなかったんかなあ……。」


「さあねぇ。なんか嫌われるような事したんじゃないの?」


「してない!……はず。そもそもまだ付き合って2週間しか経ってないしな……。」


「じゃあ逆にそんなに本気じゃないのがバレちゃったんじゃない?」


「滅相も無い事言うなよ!!」


「てか、そもそも今までの彼女の中でマジで好きになった子っていたの?」



 相変わらずテレビを眺めながらアイスを齧る唯は相変わらず興味無さそうに相変わらずの辛口な質問を繰り出してきた。



「うーん……。いや勿論好きだったけどさ……。」


「そこがまず問題だよね~。普通大好きになって初めて付き合うって事になるでしょ?」


「いやまあそうなんだけどさあ……。そんなこと言ってたら永遠に彼女出来なくない?」


「さあねぇ。」



 リスの様にアイスを齧る唯の態度は何とも興味の無さそうなものではあるが、一応はキチンとこうして話を聞いてくれている所を見ると、少しは兄妹の優しさを感じる。

 こいつもこうして相談に乗ってくれているという事は俺の幸せを多少なりとも願ってくれている訳だし、兄妹と言いうものは世界で一番どうでもいい存在でありながら、一生切っても切れない縁でもある。それもこれも居て当たり前の存在であるからこその、こんな暖かさがあるのだったら俺にこんな妹がいて良かったと切に思う。



「なんかありがとな……いつも俺のこういう話聞いてくれてさ。」


「なになに? この可愛い可愛い唯様の存在のありがたさがようやく分かった? じゃあついでにこのアイスも一口あげよう!」



 可愛くあどけなく食べかけのアイスをこちらに差し出して来るさまは愛おしさすら感じてしまうほどに可愛らしい。

 差し出された半分程残っているアイスを一口で全て頬張り口の中に想像を絶するほどの冷たさが脳に昇り、キンキンと頭痛に変わる。



「ああ、お前が妹で良かったよ! 愛してる!」


「ああっっ! あたしのアイスっ!! てか、愛……!? ば、ばかあああ!!!」



 アイスを全部食べられて顔を真っ赤にさせて怒る妹を横目にリビングを出て自室に向かった。










 手には今となっては只の棒切れとなってしまったアイスの残骸をゴミ箱に投げ捨てる。先程の可愛らしい表情とは打って変わって色の無い無表情。

 再度ソファに腰掛け、未だに終わりそうも無い笑いどころの微塵も無いバラエティ番組を見つめながら口元が軽く綻ぶ。



「今回の女はチョロかったなあ。」


 自分以外誰も居ないリビングに独り言が静かに鳴り響いた。

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