腹を決めた朝
素敵な出会いがあった夜が終わり、翌日のライブで気晴らしも出来て…再び地元へと帰った。
あの飲み会の翌日、高光さんから<Jさんが美咲ちゃんのLINEを教えて欲しいって言ってるけど、教えて大丈夫?>とLINEが来た。
特に断る理由もなかったし、Jさんのことは苦手だがミーハ-心が働いたので《この間は、ありがとうございます!大丈夫ですよ》と返事を送った。
けど冷静に考えたら…どうして自分なんかと連絡先を交換したがるのか不思議。
バンドマンは女なら誰でも連絡先を交換するものなのか?
芸能人と言うのはよく分からないもの。
東京から帰ると一樹は、口数が少なくて何か言いたいことを我慢してるようだった。
『なんかあった?』と聞いても、「別に…」しか言わないし。
“別に”って!今から10年ほど前の流行語か!ってツッコミたくなるほど。
だが、何年も一緒に居ると相手のちょっとした違いで嫌でも分かってしまうんだから、“何でもない”と言うのはきっと嘘だろう。
あまりに結婚を先延ばしにするものだから、他の女性に心変わりでもした?
それとも私が居ない間にワンナイトラブ的な事故でも起こしたのだろうか?
その晩、私は一樹の様子を伺うように会話をした。もしかしたら考えすぎだったのかもしれない。そう思って眠りについた。
そして翌朝、眠い目をこすりこすり…お弁当を作る。
「おはよう」
一樹は、いつもアラームが鳴るギリギリまで眠ってるのに、今日は少し早めに起きたのかキッチンに姿を現した。
『おはよう。今日は早起きだね』
「うん…なんか目が覚めたわ」
『そっか』
日常の風景。特に変わりは無い…私は淡々とレンジで暖めた鳥のから揚げを弁当箱に詰める。
「あのさ」
『んっ?』
何かを話そうとする一樹。
昨日の不自然さとい…一体何があったのか不思議でならない。
一樹は何も言わずに私の横に並んだ…かと思いきや、弁当を作る私の右手を強引に掴んだ。
『ちょ…何?』
反射的に一樹の方に体を向けると、いつになく真剣な眼差しで私を見つめる彼の姿。
「今…話すことかよ。って思うかもしれないけど。
俺さ、10月8日からまた行くことになったから」
あぁ…もうそんな時期か。そろそろだとは思っていたけども…せっかく二人っきりの暮らしにも慣れてきたから少しだけ寂しさが込み上げる。
また一ヶ月は船の上で暮らし10日間の休暇しか会えなくなるんだね。
『そっか…寂しくなるね』
「うん…そういうことだから、改めて言うけど。」
『うん』
「10月3日に入籍しないか?」
10月3日!?あまりに唐突な発言に、私は目を見開いた。いや…眠気も覚めた。
『今日って…何日だっけ?』
「9月31日」
今日を含めても単純計算で4日ほどしかない!
『そんなに慌てなくても逃げないよ?』
「俺が先延ばしにしたくない。美咲から今答えが聞きたい」
あまりにも真っ直ぐすぎる発言と視線。
これ以上は逃げることも隠れることも出来ないと言うことが伝わってくる。
こじらせてばかりではなく…この辺で腹を決めるべきなんだ。
…私は意を決して口を開いた。
『分かった。結婚しよう』
すっぴんでとても良い状態ではないし、本当ならもっと可愛くした状態で返事をしたかったよ。
よりにも寄って、寝起きの一番ブスな状態の時に言うんだもの。
…なんて、私は呑気か。
「ありがとう。これからよろしくお願いします」
『こちらこそ…なんて、照れるね』
すると一樹は口角を上げて頬を赤らめていた。どうやら、あちらも照れてる様子。可愛いところもあるじゃん。
『あのさ、もしかして昨日…その話しようとしてた?』
「あぁ…けど、また上手く流されたらって考えたら言えなくて
けど今美咲が弁当作ってる姿見たら我慢できなかった」
『そうだったの?
やけによそよそしくしてるから後ろめたい出来事でもあったのかと思ってたよ』
私、実は変なところでマイナス思考らしい。一樹は一樹なりに悩んでいたからあんな風にしてたんだね。浮気を疑ってたなんて取りこし苦労じゃん!
「ふっ、目の前に今すぐにでも結婚したい相手が居るのに。んなことするわけないじゃん」
『ふふっ。あぁ~私もいよいよ人妻か!人妻って何かエロくない?』
「ニュアンスだけな!」
…そうか。私も人の妻になるのか。
もう25歳、結婚したっておかしくはない年齢。
ずっと迷いもあったし、何なら今でもそうだし。気持ちがふらふらとしていた私だけど…内心分かっていたんだよ。
“私はいつか一樹と結婚するんだ”って。
けど、いざ結婚と言うワードを一樹に言われたことで…
それも悪くないかもなんて思った。
「今日仕事終わったら婚姻届とりに行こうな」
家の玄関で一樹を見送ると、そう言い残して出勤していった。
【結婚だけが幸せだんなて、今の時代…そんなの時代遅れだと思っていたけど。
この人なら結婚しても後悔しないと思ったから決断出来た。
それは、一樹が自分の良い所よりも悪い所を良く理解してくれていたから】
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