不満


「まさか美咲ちゃんが昼に転職なんてね~」


そう言ってビールが注がれたグラスに口付けるのは、一樹の従兄弟であるタカさんの彼女、朱里さん。

朱里さんは自分よりも4つ程年上で、M市で現役キャバ嬢をしている。


そして今ここは、智君のお店…あたし、一樹、タカさん、朱里さんの四人でお酒を交わしていた。


「美咲が昼とかなんか面白い」と、他人事のようなタカさん。

「笑うなよ。すげぇ頑張ってるんだからさ」と、フォローを入れる一樹。


『そうだよ~!勤務中はタバコも吸わずに他人の子供の世話してるんだから!』

「もう夜には戻る気ないの?」


朱里さんの質問に私は伏し目になった。

戻れるならすぐにでも戻りたい。あの華やかしい日々と高時給…


「さすがに地元で夜はやらせないよ。美咲だって無理だろうし」

私の代わりに答えてくれたのは一樹。


『けどさ…そろそろ本気で何か他にもバイトしないとヤバイかもね

カメレオのライブが連続であるし…グッズとか交通費でお金もかかるし』

「生活の基準はカメレオかよ」と鋭いツッコミを入れるタカさん。


そんなの考えるほどのことでもない。


『当然。そのために働いてるんだもん

もうM市に戻れるなら戻りたいよ…』

言ってはいけない一言だったのかもしれない。けど、ここんところ慣れない生活に鬱憤が溜まり始めていて酔った勢いで口走ってしまったのだ。


様子を伺うように一瞬だけ一樹を見ると、とても切ない表情をしていた。


「戻ってくれば良いじゃん?今の時代、結婚しても世帯を別にしてる夫婦なんていくらでも居るよ」

『あたし達、まだ結婚してませんけど』

「けど一樹君はどうなの?」


朱里さんは、私から視線を外し一樹に視線を向けた。


「もちろん結婚したいし、するつもりで地元に呼び戻したつもりだ」

「それも勝手だよね?だって一樹君は実際月の半分も家に居ないじゃん」


朱里さんあざーっす…私の気持ちを弁解し一樹に伝えてくれたんだ。


「そうだけど…それは10月から5月までの話で6月から9月まではK町に常駐してるし」


…一樹は一年の内の半分はたしかにK町で仕事をしてる。けど結局一年の半分はK町にはおらず、ずっと船の上であちこちに行っている。


「美咲ちゃんはどうなの?」と、朱里さん。


その問いに完璧に火がついてしまった自分。


『あたしは引越したい…出来ればK町で住みたくない。地元にいたくないし、出来れば地元にいる知り合いにも会いたくない。給料も安いし、遊ぶところもないし…1ヶ月ちょいしか住んでないけど限界かな』

「えっ、それ今言う?」


私の言葉に一樹はポカンとしていた。


『色々お金を出してくれたり本当にありがたいんだけど…今の現状がこのまま続いたら結婚したっていずれ離婚すると思う』

言い出したら止まらない…ここぞとばかりに不満があふれ出すんだ。


「んじゃ、俺が今の仕事辞めてM市に引越したとして丘の仕事を始めて今より給料下がっても良いってこと?」

『いや…別に、ついてきて欲しいとか言ってないし。一樹には仕事を続けてほしいけど…朱里さんの言う通り今後結婚していつかは別で暮らしても良いのかなって…

それに同棲を始めたって結婚する確信なんて無いじゃん』


一樹には今の仕事を頑張ってほしいとも思う。

ただ私は逃げたかった。水商売に戻ればお金は取り戻せる。私は自分が一番大事だ。そんなの当たり前。


私の発言によって、空気は一気に淀んだ。これは自分のせい。


『ごめんなさい。この話は、やめましょう』

「うっ、うん!そうだね。ウチは、二人が幸せになればそれで良いよ!」と朱里さんは笑った。


けど…その後の空気は、何処か居心地の悪いものだった。

一樹は会話をしてくれるものの目を合わせようとはしてくれず。


酔った勢いとはいえ、少し言い過ぎたことを反省。



【不必要に自信があったのかもしれない。

私は出来る女だって…そして、自分はK町で生きていくような人間でもないって。

だから始まったばかりの同棲に苛立ちややり切れなさもあった】


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