ハローワーク


一樹の休暇もあと3日程、一樹が船に戻ってしまったらこの田舎で一人での生活が始まってしまう。その前にハローワークに付き合ってほしくて、同行してもらった。


ハローワークの建物に入ると、機械の前で操作をする若者や受付でお話をしてる40代くらいの女性や60代くらいの男性もいた。


今日は平日だ。それも、午前10時…


仕事を求めてる人は、こんなにも居るの?少しばかり声をなくしてしまう。

ハローワークでこうして仕事を探すのは、リアルに五年ぶりくらいだろうか?

私と一樹は機械の前で腰を下ろして、操作を始めた。


前にK町の平均時給は聡美に聞いていたし、心の準備はしていたものの…

やはり出てくる求人はどれも時給1000円をきっていた。しかも、朝8時出勤のものが多くその時点で“これは無い”と選択肢からは消えていた。


とりあえず、建設関係の事務員とパチンコ屋のコーヒーレディの会社の求人を印刷しその二つを見比べる。


「どう?気になるのはあった?」

『うーん…微妙だなぁ』

「とりあえず、少しの間は俺も貯金あるしお金のことは気にしなくて良いから

興味があるやつ、どんどん受けてみたら?」


一樹は相変わらず前向きな言葉をくれるけど…

“少しの間”と言う言葉は、どのくらいの期間を指しているのか。


んじゃその貯金を仮にも使い果たしてしまったら、生活はどうなるのか?

一樹の親切心は、今お金や仕事のことでナイーブになってる私にとってはすごく無責任に聞こえた。


『気持ちは嬉しいけど、働くなら時給が少しでも高いところが良いよ』

「そうだよな。在宅で仕事が出来れば一番良いんだろうけど…そういうのは探した?」

『一応、ちょいちょいは探してるけど…都合の良い在宅の仕事なんてないし

スキルがそれなりに伴ってないと難しいよ』

「そうか…頑張ってみたら良いのに」


一樹は、今まで“一人暮らし”と言うものを経験したことがない。短大時代は実家から通っていたわけだし。

今は一年の半分を船で過ごしもう半分は地元に常駐し仕事をしている。その間は実家に居たり私の家にいたりしていたんだ。そして職歴も今の会社だけ。

もちろんそれが悪いことだとは言わないけど…何処か考えが甘かったりもする。

とんとん拍子で生きてきた人にとっては、私の現状の葛藤を理解できるわけがないんだ。


とりあえず一樹の言葉は無視し、出勤時間が9時から17時までで時給850円の事務員の求人を持って受付に向かった。


「佐藤美咲さん、25歳ですね」

『はい。よろしくお願いします』


受付の女性は、40代半ばくらいだろうか?パソコンを軽快に操作し、私に何個かの質問を投げた。


「今まで仕事は何をされていましたか?」

『2月まで、M市にいましてそこで居酒屋のアルバイトをやっていました』

「何年ほどですか?」

『そこでは、6年程ですかね』


偽造の職務経歴だ。“水商売”だなんて言えば、この女性は煙たがるに決まってる。

“居酒屋”と答えた今だって…少しばかり眉を潜めているくらいだし。


「そうですか。そこでは何をされていましたか?」

『主にキッチンをやっておりました』

「かしこまりました。それでは今回希望の求人をお見せしてもらってもよろしいですか?」


私は求人票を女性に手渡すと、女性は一瞬だけ人を見下すかのような表情を見せて“こちらは一般事務の求人ですが、何か資格はございますか?”と聞いてきた。


『日商簿記2級とMOSの資格は持っています』

「そうでしたか。ですが実務経験の方が過去に1年ほどしかないようなので厳しいことを言いますが佐藤様には難しいかもしれませんね」


私は、その言葉に口をポカーンとさせずにはいられなかった。

はっ?それって貴女が判断することなの?

ハローワークって、もっと親身になってくれる場所じゃないの?


とりあえず『そうですか』と怒りを堪えて放った。

「それに、その容姿じゃ何処の企業を受けるにしても断られますよ」


その容姿?それは、この茶髪のこと?それともネイルのこと?

どちらにしても面接を受けると決まればネイルもオフする予定だったし髪色のトーンも落とす予定だった。


ただ今は、大人気ないが目の前にいるオバサンに腹がたって仕方ない。


『そうですか。では、また違う求人を見つけた時に来ますね』

「佐藤様、貴女25歳でしょ?いい歳なのに、高卒で職歴も居酒屋のアルバイトしかない。しかもネイルにつけまつげ、仕事を舐めてるの?」


急にオバサンは、目くじらをたてて小言をバンバン並べた。


待ってよ…私、何か怒らせるようなこと言った?

どうしてここまでこんなオバハンに言われなきゃいけないのよ。

もっと言えば、こんなシワだらけで女性さの欠片もないこんなババァにだよ?


頭にカーッと血が上ったのは言うまでもないけど、右の親指と人指し指で左の手の甲を抓って怒りを抑えた。


『アドバイスありがとうございます。今日は帰らせていただきますね』


私はオバハンを見る隙もなく、荷物を持ってその場を立ち去った。



【どうやらハローワークと言うのは本気で仕事を探してる人にしか向いてないようだ。私のような高卒でアルバイトしかしてこなかった低レベルな人間は企業の斡旋すらもしてもらえないらしい】



ホント、アホくさい世の中。


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