Kanon①
長いこと物置きになっていたせいだろう。店の屋根裏は、かなり埃っぽい。白や灰色のふわふわが、とめどなく舞っては落ち、舞っては落ちのエンドレスリピート。
昨夜は全然気づかなかった。体力も思考力も限界だったもんな。
「改めて見ると結構ひどい」
雨漏りの根元たる屋根の隙間からは月の光が差して、砂ぼこりを煌めかせる。キラキラしたって騙されないよ。さっきからくしゃみが止まらないんだよ。
ありがたすぎて贅沢を言いたくなる
24時間ほど前。いきなり転がり込んできたぼくを、サクラさんは匿ってくれた。
ぼくが同行者なしに出歩いている時点で、脱走であることは明白だ。それなのにあの人は、エリに嘘をついてまで僕を庇ってくれた。
――「屋根裏が空いてるわ。好きに片付けて使いなさい」――
「……人が好すぎるんだよね」
単に人探しに応じなかった、という話では済まないのに。刑務官の捜索活動に対して、虚偽をもって妨害した。犯罪である。
エリのことだ。旧知の仲のよしみで隠蔽、なんてしてくれないだろう。融通がきかない不器用なところも、彼女らしさの一つなのだけど。
つまりサクラさんは、いまこの現状が誰かに知れた段階で否応無く、可及的速やかに、ぼくの共犯者となってしまう。
再逮捕だ。刑は重いだろう。
なんて、今更。わかってたことだ。
ぼくも、勿論サクラさんも。
サクラさんと出会ったのは、ぼくが10歳の時だった。もちろん刑務所の中で。あの人は年齢不詳だから定かではないが、多分まだ20代だった。
ちなみに当時のサクラさんの面影は、もうほとんど残っていない。
姫だの王子だの、特殊な呼び方は付き合いの長さゆえ。エリもぼくも年齢的にそろそろやめてほしいんだけど。さっきエリも言ってたよね? なんで微塵も気にしてないんだろう。まったく、いい性格をしている。
なんて。何だかんだ言っても、ぼくにとってサクラさんは、この世に3人しかいない『信頼できる人』の一人だ。
牢を抜け出したぼくが身を隠すとしたら、サクラさんのところが唯一。他なんて思いつきもしない。というか他に知り合いがいない。よくよく考えると、エリには勘づかれて当然だな。なんで隠し通せると思ったんだっけ? 余裕がなかった何よりの証拠じゃないか。かっこ悪い。
「どうしようもなく人間、か」
顔を変えるとか、そんな話が出た。まったくなんて発案をする人だろう。冗談でしょ、と返したのは心からの本音だ。
顔が変われば、ぼくがカノンだと気づかれなくなる。追われないし、捕まらない。この町で生きていくことだって出来るかも。
だけどそうすることは、必然的に、
「……エリも、気づいてくれなくなるよね」
それはいやだな。困るし、悲しい。
サクラさんは、こうも言った。
何から逃げてきたのか、わかってるのか。
もちろんわかってる。
ぼくは、エリから逃げた。
訊かれたら茶化せるものが、考えた途端にすぐ行き詰まる。
手紙に別れの言葉を書けなかったのが何よりの証拠じゃないか。
エリと一緒にいたいと思う。
その気持ちと同じくらい、一緒にいてはいけないとも思う。
エリを幸せにしたいと思う。
だけどそれ以上に、それはできないんだと知っている。
「忘れられたくないなあ……」
頭まで布団に潜り込む。明るくなったら掃除をしよう。確実に筋肉痛だけど、そこは体に鞭を打って。
立つ鳥後を濁さず、なんて云うことだし。
語られなかった僕たちの りす @0HR025
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