おんなふたり

@chihayaoi

おんなふたり、喫茶店にて

みのり、無言「…」

かなこ「緊張します?」

みのり「はい、まあ」

かなこ「そうでしょうね。」

コーヒーをすする、かなこ。つられて、みのりもコーヒーカップととる。

みのり「あの、どうしてですか」

かなこ「なにが? 」

みのり「だって、私。正直今日は殴られると思いました。」

かなこ「…」

みのり「…」

かなこ「なぐりました、もう」

みのり「え、」

かなこ「タカヒロのこと、昨日殴って殴って、なぐりました。」

 かなこの右手が心なしか、腫れているように見えた。

みのり「…すみません」

かなこ「ほんとうに」

みのり「……。すみません」

 無言の二人。


みのりの頭の中「こんな人だったんだ。スズキさんの奥さん。想像と違うな。勝手にきれいな人を想像していた。きっと、ユニクロのカタログとかに出てそうなおしゃれなママを想像していた。違うな、いや、きっと結婚して子供生んで、太ったんだな。髪も白髪もそのままだけど、お金節約してるんだろう。だって、スズキさんも毎回おごってくれなかったもんな。私と付き合ったのは私がお金かからない女だったからってのもあるわね。」


かなこの心の中「どこかで、見たことあるかも。しかし、よりにもよってなんでこんな女に手を出したのかしら。もっと、美人なら私はこの女を徹底的に痛めつけていたかもしれない。でも、この女、全然じゃない。化粧っ気もないし、それにちょっとアトピーだし。なんなの、どうしてこんな女に手を出したの。哀れみで抱いてあげたの。なんか、戦意喪失しちゃうわ。」


かなこ「とりあえず、私、あなたと話してみたかったんです。」

みのり「はあ」

かなこ「あなたは?」

みのり「私は奥様にお会いすることなんて、考えてませんでした。」

かなこ「そりゃ、そうね。」

みのり「何が、きっかけで私のことを知ったのかわかりませんが、私もスズキさんとしばらくお会いしてませんでした。もしこのまま連絡が途絶えれば、私はそれでいいと思ってました。」

かなこ「そう」

みのり「何も求めてませんでした」

かなこ「そう」

みのり「なんで、私と話してみたかったんですか」

かなこ「興味かな。タカヒロがどんな女に手を出したのか。怒りも興味もあったから。」

みのり「すみません、こんなんで。」

かなこ「…」

無言。

かなこ「あなた、結婚は? 」

みのり「バツイチです」

かなこ「そうなの。子供は? 」

みのり「息子と娘が。ダンナの連れ子がいました。」

かなこ「大きかったの?」

みのり「20歳と24歳です」

かなこ「成人してるの?」

みのり「そうです。大変でした。」

かなこ「そうなの」

みのり「ダンナと子供の環境に溶け込めなくて。ダンナは昔ヤンキーで。」

かなこ「大変そう」

みのり「子供も正直出来が悪くて、上の子はあの若さで借金まみれの癖に博打好きだし、下の子もぷー太郎でろくに働きません」

かなこ「そうなの」

みのり「そんな環境で、逃げ出してきたんです。」

かなこ「そりゃそうだね。」

みのり「ただ、ダンナと子供の絆は強かった。ひとつの家族を潰すのは簡単じゃないと思いました。」

かなこ「ふーん」

みのり「言い訳がましいかもしれませんが、私スズキさんと結婚したいとか、そんな気を一切ありませんでした。」

かなこ「…。」

みのり「…。」

かなこ「あなたも一度結婚してたなら、私の気持ち、わかるんじゃない? 」

みのり「…。」

かなこ「どうなの」

みのり「すみません、私にはわからないんです」

かなこ「そりゃそっか。離婚してるんだもんね」

みのり「はい。結婚してる3年間のうちに、出来の悪い子供や、家事に追われて、忙しくしているうちに、ダンナへの気持ちも枯れました。」

かなこ「セックスも? 」

みのり「ダンナは毎週求めてきましたが、私は苦痛でたまりませんでした。ダンナはそんな私の気持ちを理解できないから、半ば無理やりでした。」

かなこ「…」

みのり「スズキさんのご家庭はいいご家庭なんだと思ってました」

かなこ「…。まあ」

みのり「奥様もきっちりされてるんだろうな、だからスズキさんは安心して外で働けるのだなと思ってました。」

かなこ「あなたに人の家庭のこと想像されたくないし、そこまで思ってるなら、なんで、あの人と寝たの」

みのり「…、ただしたかったからです」

かなこ「何言ってんの」

みのり「だって、奥様、スズキさんとしてなかったでしょ」

かなこ「殺されたいの」

みのり「すみません」

かなこ「…そうよ」

みのり「私なんて、スズキなんのはけ口に過ぎないんですよ。気持ちなんてありません。」

かなこ「…そうね」

みのり「奥様の愛情はスズキさんの服装から見えてました」

かなこ「どういうこと」

みのり「スズキさんのワイシャツはいつも皺が無くて、きれいでおまけにいい香りもしました。梅雨時でも生乾きの嫌なにおいひとつしませんでした。奥様きっちりされたかたなんだなと、いつも思ってました。私にはできなかったな、と。私のダンナの服は時々生乾きの臭いがしてました。それでダンナは不機嫌になって、私をどなりました。」

かなこ「…嫌な話ね」

みのり「すみません」

無言

かなこ「あの人さ、あなたも知ってると思うけど、ワキガでしょ」

みのり「はい」

かなこ「だからさ、服ぐらいいいにおいさせとか無いとさ、困るだろうと思って」

みのり「なるほど…」

かなこ「私はもうなれたけど、生理前とか、気分の悪いときには、あの人のにおいが苦痛になる。そんなときは柔軟剤をいつもよりしっかり入れてね、臭いをかきけしていたのよ」

みのり「…そうですか」

かなこ「…」

みのり「…」

かなこ「あのさ、どうしても聞いてみたかったの」

みのり「なんですか」

かなこ「あのさ、あの人さ、その…まあ、セックスのとき、変な癖あるでしょ」

みのり「ああ」

かなこ「耐えられたの」

みのり「まあ、一瞬我慢すれば」

かなこ「うちが、セックスレスになった理由って、確かに子供生んでから私にやる気が無くなったって言うのもあるけど、あの癖がね…」

みのり「そうですか」

かなこ「大学生のときからずっと付き合ってきたけど、そのときはさ毎日会うわけじゃないから耐えられたんだよ。でもさ、結婚したら毎日顔合わせるわけだしさ、新婚のときは毎日求められて、あの癖がね…、毎日ね、続くの」

みのり「それは…」

かなこ「だから、早く子供できろって、思ってた」

みのり「そうですか」

かなこ「私があなたと話してみたかった理由って、実は、あの人の、あの癖に耐えられていたのかどうか、聞いてみたかったの。正直、今の私はもうあの癖に耐えられないからセックスレスにしてるの」

みのり「…」

かなこ「ダンナごほっといたら、いつか外で遊びだすだろうと危機感はあった。でも私は、あの人のあの癖に耐えられない。どうしても出来ない。でもダンナに浮気してほしい妻なんていないもの。だから、ダンナに予防線を沢山張り巡らした。柔軟剤も、あの人のお小遣いを減らして、遊びに行けないようにしたのも、あの人のケータイの待ち受けを、子供と私の写真にさせたの」

みのり「…」

かなこ「でも、隙間を縫ってあなたと寝た。残念だわ」

みのり「すみません」

かなこ「でも、仕方ないわね」

みんり「もう、絶対会いませんから」

かなこ「当たり前よ」

みのり「はい」


かなこは、思った。腹は立つ。しかし、これからタカヒロは一生私の言いなりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おんなふたり @chihayaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る