第20話 【ACT二】傭兵都市ヴァナヘイム
傭兵都市ヴァナヘイムの来訪者は二種類に分類される。観光目的と仕事を頼みに来る者だ。そしてヴァナヘイムを経済的に支えているのは、後者であった。更にこの都市はウトガルド島と金の問題で深く関係を持っていた。
『ヴァナヘイムは実質的にはウチの軍隊だしね』レットが言った。彼はウトガルド島王の最側近であった。立体映像で会議室に登場して、『でもあくまでも関係は対等だ。 だから絶対に暴れたりしないでくれよ。 いくら僕でも貴方達にヴァナヘイムで暴れられたら真っ青になる。 あそこは聖教機構にとっても万魔殿とっても治外法権だからね』
「わざわざ特別パスを発行してくれてありがとうな」セシルが言った。「大丈夫だ、何かあった時は全力で全員でI・Cを抑え込むから」
「そうだ。 次こそは頭を潰されたりなんかしない」ベルトランが言う。
I・Cは酔いつぶれてシャマイムに背負われ、いびきをかいて寝ているので不愉快ないつもの発言をしない。
「目的は戦闘では無く詳細な情報の伝達及びヴァナヘイムへの協力だ。 戦闘が発生する可能性は低いと推測する。 だが最悪の事態に備えて麻酔弾も準備した」シャマイムは言った。
『シャマイムは準備が良いね。 そうだね、そうしてくれ』
レットは安心したようである。
『既にボスからヴァナヘイムの総代に貴方達が向かうって言う連絡が行っている。 だから恐らく彼らも既に襲撃もしくは盗難に備えているはずだ。 それの支援に行ってくれれば、僕の顔も立つってものさ。 ……ん?』
レットが一瞬消えた。数秒後戻ってきたが、血相が変わっていた。
『急いでくれ!』彼は叫んだ。『ヴァナヘイムでも行方不明事件が連続している! ヴァナヘイムの宝物にアクセスする方法を拷問して吐かせるためにでもやっているんだろう! とにかく急いでくれ!』
シャマイムがI・Cを担ぎ直して、「了解した」と言った。
――そして彼らはヴァナヘイムの検問所前にいた。ヴァナヘイムは堅牢そのものの要塞都市であったから、中に入るには誰であろうと検問所をくぐるしかないのだった。ちょっと検問所が混雑しているので、彼らも待たされていた。
「あー怠い……」I・Cがだらしない有様でいる。「仕事とか任務とか滅茶苦茶どーでも良い……」
「……おい」ベルトランがシャマイムにこっそりと訊ねた。「コイツはいつもこうなのか」
「現状ならば比較的良好な態度だと言える。 最悪だと自分が判断した案件では戦闘中に任務を放棄し酒場に駆け込んだ」
「……まさか、戦っている仲間を見捨てたのか?」
「
「……」ベルトランはI・Cを気持ち悪そうに見た。「そうか。 よく分かったよ」
彼らが検問所をくぐる時がやって来た。シャマイムが検問所の端末にアクセスして、レットから与えられた特別パスコードを入力すると、自動的に証明チケットが発行された。これがヴァナヘイムでは身分証代わりなのだ。係員もいたが、特別な証明チケットが自動で発行されたのを見て、少し驚いた顔をする。
「貴方達はウトガルト島の……?」
「うん、まあ、な」セシルが曖昧に言葉をにごして、彼らはヴァナヘイムの中に入った。「さてと、急いで本部に行くぞ」
ヴァナヘイムの中枢――地下シェルター内の本部へ彼らを導く大型エレベーターが、少し震動しながら下がっていく。
それの扉の前で、彼らは一番会いたくない相手と遭遇した。
「「あ」」お互いに驚いて、お互いにすぐさま攻撃しようとしたのだが、ここが互いの治外法権である事を思い出してぎりぎり踏みとどまる。
「……万魔殿穏健派の幹部が二人も……!」セシルが呻いた。「何でここにいる」
「それはこちらの台詞だ」その一人オットーが身構えつつ言った。「貴様らも神隠しの調査に来たのか」
「まさか」ベルトランがはっとして、「万魔殿でも行方不明事件が起きていたのか!?」
「……オットー、落ち着け」もう一人の幹部アッシャーがオットーの肩を叩いた。「ここは俺達の勢力圏外だ。 暴れるとこじれるぞ。 ……聖教機構でも神隠しが起きていたのか、初耳だ」
「会話するべきでは無いと判断する」シャマイムが言った。「敵対勢力への情報漏えいは任務違反だ」
「知るかバーカ」I・Cは、だが、ぺらぺらと喋った。「そっちでも行方不明になったヤツらは全員拷問を受けて嬲り殺しにされた後に食われたぜ。 ちなみにその黒幕は大天使ラファエルだ」そこでI・Cはシャマイムが撃った麻酔弾を指でつまみ、「過激派の頭領ジュリアスはメタトロンだ。 『三人の魔女』にそう言っておけ」
「……は?」万魔殿の誰もがあっけに取られた顔をして、それから険しい顔をする。「何故貴様なんかが『彼女達』の事を――!?」
「……」I・Cは今度は貝のように黙ったきり何も言わない。ただ、にやにやとしている。
「……止せ。 この男は相手にするな」アッシャーがいきり立つ面々を抑えた。「俺達は俺達の使命を全うするまでだ」
丁度、その時、彼らの目の前で大型エレベーターの扉が開いた。
その時、である。非常警報がけたたましく鳴り響き、エレベーターが緊急停止した。
「何だ!?」
「何が起きている!?」
「……あー」I・Cがあくびをした。「こりゃガブリエルが小隕石落とそうとしているな」
「隕石だと!?」オットーはI・Cに詰め寄った。「どう言う事だ!?」
「小さいとはいえ隕石がもうじきこの要塞都市に沢山落下して街をぶっ壊すって言っているんだ。 多分『ニーベルングの指輪』も同時に奪われるだろうな」
「I・C」シャマイムが言った。「現在の最優先任務は『ニーベルングの指輪』の確保だ。 だが小隕石による被害も軽減させねばならない」
「面倒臭え」この男は本当に腐った性格をしている。
「いやI・C」セシルがそこで名案を思い付いた。「今助ければ俺達はヴァナヘイムの大恩人だ。 女も酒も何でも自由になるかも知れないぞ。 酒池肉林で遊べるかも知れない」
「あ、なら隕石ぶっ壊してくる」I・Cが姿を消した。
「……冗談だよな?」ベルトランが念のために言うと、セシルは真顔で、
「冗談で無かったら何なんだ。 レットからこの前教わったんだ。 I・Cは命令は嫌がるがこう言う誘惑にはわりと従順なんだとさ」
「では自分達はヴァナヘイム本部に急行する」シャマイムがエレベーターの床に大穴を空けてから、浮遊装置に変形した。『――乗れ。 最下層まで一気に降下する』
「待て」アッシャーが言った。「俺達も乗せろ」
「誰が敵対勢力を同乗させるか!」
ベルトランが突っぱねた、だがセシルは考えて、
「お前さん達はどうやら『ニーベルングの指輪』が目当てじゃないようだ。 敵の攻撃目標を分散させるのにも役立つだろう。 乗りな」
「良いのか」ベルトランが険しい顔をした。セシルは頷き、渋い顔をして、
「今は非常時さ。 仕方が無いって事もある」
――エレベーターのドアを開けると戦場があった。ごろごろと死体と負傷者が転がっていて、銃声と砲撃音と絶叫が阿鼻叫喚をついまで先ほどまで奏でていた、その残響が聞こえる様だった。鼻を突くのは血臭と火薬臭、焼かれた空気のオゾン臭だ。
「どう言う事だ、これは!?」オットーが叫んだ。
「ヴァナヘイム総代の身の安全及び『ニーベルングの指輪』の確保を最優先事項とする」
人型に戻ったシャマイムがそう言って全速力で走り出す。ベルトランも、化物に変身したセシルも後に続いた。
ヴァナヘイム本部の地下シェルター内で爆音がこだまし、震動が響く、そして絶叫も響く。
『いやはや地獄絵図……』そこに登場したのはしかめっ面のムールムールだった。『酷いものですな……』
「本部の様子は?」ベルトランが訊ねると、
『本部守衛部隊はほぼ壊滅……したようですぞ。 総代とその護衛が辛うじて戦っている有様ですぞ』
「総代が!? やばいぞ、急げ!」セシルが壁に体当たりして大穴を空けた。「まっしぐらに行くぞ! それで敵の数は!?」
『それが……』とムールムールは青ざめて、『ただの一人なのですぞ』
『貴様は誰だ!』と、段ボール箱を被った誰かが、滑舌の悪い声で怒鳴った。
「ふん。 悪魔ごときに名乗るほど僕の名前は汚れてはいなくてね」
その美青年は、そう言って
じり、と美青年を囲む包囲網が後ずさる。
「増援部隊は!? 増援はまだなのか!?」
「何で砲撃したのに死なないんだ!?」
歴戦練磨の傭兵達が、ただ一人の敵に怯えていた。
「それが、上空のレーダーが反応した! ミサイルか何かが撃ち込まれるようだ、そちらの迎撃に必死で、増援はこちらには来られない! それに非常事態ゆえにエレベーターが停止しちまった! 階段で来るとなると時間がかかってしまう!」
「だ、だが、それまでに
「ベリアル!」包囲網が最も庇っている双子の兄妹の内、兄と思しき少年が叫んだ。「貴方は『ニーベルングの指輪』を持って逃げて下さい!」
『え、あ、う』人が一人、何とか入れる大きさの段ボール箱はぶるぶると揺れている。
妹も叫ぶ、「何をぐずぐずしているのですか、このままではヴァナヘイムの滅亡ですよ! 指輪さえあれば次の総代はすぐに見つかる、だから――!」
『え、いや、その、でも、あの』と、滑舌の悪すぎる声で段ボール箱は戸惑っている。
「逃がさないよ」青年が一歩一歩歩み寄る。「誰一人逃さないよ。 全員殺すように命令されたんだから」
その直後だった。
「――GOUGAGOROROOOOOOOOOOOOOOOOOHN!」
咆哮と共に壁に大穴が空いて、そこから巨大な化物が青年へ突撃し、吹っ飛ばした。青年は壁に着地して、
「チッ」と舌打ちした。
段ボール箱から紙が一枚さっと出てきて、そこには、
『聖教機構和平派特務員が来てくれました!』と殴り書きされていた。
次いでベルトランの『糸』が青年の首をはねた。青年の胴体が倒れる。
「ぎりぎり、と言った様子だね」ベルトランは冷酷な笑みを浮かべている。「何にせよ間に合ったようだ」
「敵生体反応を感知。 セシル、ベルトラン、敵はまだ生きている」
シャマイムが拳銃サラピスを構えて言った。そのシャマイムの背後からムールムールが出てきたので、
『あ』段ボール箱から紙きれを掴んだ手が出て、『ムールムールちゃん?』
『久方ぶりですなベリアル』ムールムールが懐かしそうに目を細める。『生きていたようで何よりですぞ』
「全く。 どいつもこいつも僕の使命の邪魔をする」美青年は忌々しそうに言って起き上がった。既に新たな首は生えている。「さて、どうしたものか……うん?」
そこで青年の顔が変わった。「あれドクター、もう完成されたのですか? 分かりました、殺せるだけ殺して、撤収します。 そうですね、確かに僕ならばいつでも奪い取れます。 今焦る必要は何も無いのですね」
青年はそう言って、背筋がぞっとするほど美しく残忍な微笑を浮かべる。
「攻撃開始」シャマイムが拳銃から銃弾を数多放った。しかし青年の身体能力は、銃撃で空いた体の穴をすぐに修復してしまった。
すかさずセシルが襲いかかる。無数の触手で青年の体を刺し貫く。だが青年はまだ笑っている。ベルトランの『糸』が青年の四肢を切断しても、まだ笑っている。だが、
「――非常時レベル五と判断、荷電粒子砲の使用を一時的に許可する」
シャマイムが戦車に変形して、荷電粒子砲を放った。それは青年の胴体を蒸発させてしまう。逃げようにもセシルにより串刺しにされていて出来なかった。しかも、
「何が起きている!?」
「どう言う事だこれは!?」
そこに万魔殿穏健派の者が駆け付けた。
首だけになった青年が初めて引きつった顔をする。
「……チッ。 仕方ない。 今は撤収しよう」
青年の姿が消えた。シャマイムはしばらく索敵を続けていたが、
「敵生体反応の広範囲内の消失を確認」と言った。
ようやく傭兵達の顔に血の気が戻る。
「貴方達は――」少年が口を開いた時、段ボール箱が何か書かれた紙切れを差し出した。
『この方々は聖教機構和平派特務員です。 そちらは穏健派の方々。 取りあえず我々の現在の敵ではありません』
「そうですか、ベリアル」少女がほっとした顔で言った。「ところで上空のミサイルの件は――?」
そこに邪魔者がやって来た。
「酒!」その一声にセシルとベルトランはぎょっとした。そうだ、この男がいた!「酒だ。 酒寄こせ。 この都市を守ってやったんだ、それくらい寄こせ!」
I・Cが登場したのである。
「……なあI・C」引きつった顔でセシルが思わず言った。「一度で良いから空気読んでくれないか」
せっかく難敵を撃退してヴァナヘイムの総代を危機から救った英雄なのに、それが一瞬で瓦解した……。しかしI・Cは全く気にしていない。
「空気を読んで何になるんだ? 俺は酒を飲みたい」
「……すみません」セシルは土下座したい気分で言った。「コイツに酒を恵んでやって下さい。 詳しい事はその後で話します」
「助かりました」地上の迎賓館で、総代『フレイ』は頭を下げた。「警戒は厳重にしたものの、まさか地下シェルターの本部が強襲されるとは思ってもいなくて……」
「『ニーベルングの指輪』の警備を最高レベルに引き上げます」総代『フレイア』が言った。「とにかく、助けていただきありがとうございました」
「……それにしても」ベルトランが言った。「まさか総代が君達のような少年少女だとは思わなかった」
『フレイア』が説明した。「『ニーベルングの指輪』に認められた者のみが総代になれるのです。 年齢も血統も為してきた事も何もかも関係なく、それだけが総代になる唯一の資格なのです」
「なるほど」
「……元々ヴァナヘイムは、大昔にどこにも属さぬ根無し草の流民が集まって出来た街だった。 流民が生きるには力と金が必要だった。 それで彼らは武装し、独立し、永世中立を誓い、力と金と自由のための戦いを始めた。 ヴァナヘイムを統べる大傭兵団『ブリーシンガメン』は、フリーの傭兵団だ。 どこの誰の勢力にも与せず、金が支払われている間だけ忠実に戦う。 恩を売らず買いもしない。 だが、それでもお前らには数多の引き手が世界各国にいた。 何しろ、最強の傭兵団だからなあ。 で、唯一親しくしているのが同じ絶対的治外法権の人工島、ウトガルド島で、それも金融的事情があるからってだけで、やはり断じて与しようとはしない。 ウトガルド島は世界経済の一角を担う、主にマネーロンダリングの拠点だからな。 ――その最強の傭兵団の本部部隊があっという間に壊滅か! とんだ最強だな!」I・Cは良くも悪くもご機嫌だった。
「I・C、止めろったら止めろ! せっかくこっちが恩を売ったのに、台無しになっちまう」セシルが必死にそれを遮った。
「……貴様は人格障害者か精神異常者なのか?」ベルトランが言う。「人を嘲笑うのが趣味みたいだが」
「だってどいつもこいつも弱いんだもん。 弱いヤツは死ねば良いのに」
腐っていると言うより、I・Cの場合はもはや即刻廃棄するしかない性格のようである。
「I・Cの暴言を謝罪する」シャマイムが代わりに言った。「どうか聞き流して欲しい」
「僕は構いませんが……」『フレイ』が言った。「ところで、和平派や穏健派の方々がどうしてこのヴァナヘイムに? 『ニーベルングの指輪』の件だけでしたらこちらに連絡すれば良かっただけでしょうに」
「俺達は行方不明事件……神隠しの調査に来た」オットーが言った。「ここでも起きていると聞いて」
「……ここで起きているのは連続死体消失事件です」『フレイア』が右手を挙げると、モニターに画像が映った。血が飛散して家などの建物が破壊されている惨状が映し出される。「それも傭兵の中でも屈指の強者ばかりが次々と襲撃を受けて姿を消しているのです」
「『赤ずきんと狼』を俺が喰っちゃったからなー」I・Cはつまらなさそうに、「誘惑できなくなっちゃったから実力行使で拉致ってんだろうな」
『フレイ』は言う、「僕らは当初は貴方達がてっきり我々への出兵依頼で来たのだとばかり思っていました。 ですが、そうでは無かったのですね」
「……幸い我々穏健派の対過激派戦争は『帝国』の全面支援を受けていて、現在では圧倒的にこちらが優勢に立っているからな」アッシャーが答えた。
セシルが口を開けて、「だが、俺達が万魔殿を潰すべくいずれヴァナヘイムに依頼するかも知れない」穏健派からの殺意の視線に彼は肩をすくめて、「だってそうだろう? 普通に考えれば」
「ここで喧嘩は止めていただきたい」老齢だが、『世界屈指の名参謀達』と呼ばれ、各勢力、各国の軍部が喉から手が出るほど欲しがっているヴァナヘイムの参謀の内の一人が抑えて、「とにかく死体消失事件の犯人は本部を襲撃したあの男で間違いないだろう。 まさか単騎で本部をほぼ壊滅させるとは……あの戦闘力は一体どうやって……」
「大天使ラファエルさ」I・Cが言った。「癒しの天使なんて聖典には書かれているが、実際は実験狂のマッドサイエンティストだ。 ヤツならばどんな化物だって創造できる。 ……余程研究したんだろうがな」
「何故聖典に書かれている伝説的な存在が今になって……?」『フレイ』が訊ねたが、I・Cはいつものように邪悪な笑みを浮かべて言った。
「伝説じゃねえ、事実さ。 赤ん坊を虐殺したり、疫病を流行らせたり、一軍を一国を壊滅させたり、まあ色々と聖典の表裏でも大活躍だ」
「……我々にそれの対抗手段はありますか?」『フレイア』が言った。
「んー、相手は小隕石でソドムとゴモラを滅亡させた狂信者だったり、数多の魔神や女神を重力操作でぶっ殺した破壊主義者だったりするが、対抗策は浮かぶか?」
「……無い訳ではありません。 人間には知恵があります。 代々積み重ねてきた知識があります。 それに――ベリアル」と『フレイア』は誰かを呼んだ。段ボール箱の中の誰かが文字の書かれた紙切れを差し出した。
『そうです。 最悪私の力を使えば、相手の能力を一時的に封印できます。 ですから、諦めてはなりません』
「うおーベリアルか」I・Cが酷く懐かしそうに言った。「お前こんな所にいたのか。 久しぶりだな。 俺だ、魔王だ。 今はI・Cって言う」
紙がまた出てきて、『……I・C殿、聖教機構での御噂は聞いております。 やはりカルバリアを滅ぼしたのは……』
「ヴァナヘイムも同じ目に遭わせてやろうか?」
『……もう何も言いません。 とにかくありがとうございました。 さあどうぞ酒をお飲みください』
「よしよし分別があるな、ベリアル」I・Cはご機嫌だった。「それで良いんだ」
荷電粒子砲の攻撃がそのI・Cの頭を吹き飛ばした。誰もが一斉に戦闘態勢に移る。そこへ、荷電粒子砲により空いた壁の穴からさっきの美青年が姿を見せた。
「魔王! 魔王、貴様だけは殺してやる。 ドクターを悩ませる貴様だけはぶち殺してやる! ドクター、僕を止めないで下さい! 僕は
「……」I・Cの頭が再構築されて、「うぜえ」と彼は言った。「俺の悩みは死ねない事なのに殺すとか可哀想な事を言うなよ」
「僕には出来る! 否、殺ってみせる! 僕は『白雪姫』、世界で一番美しいものを見分ける鏡だ! 僕は受けた攻撃を全て認識し己の攻撃とする! さあ魔王、貴様を僕は打倒する! かかって来い!」
「あー」I・Cはシャマイムを足のつま先で蹴った。「おい、お前が行け」
「攻撃模倣の敵生体を単独で撃破する事は困難だと判断する。 現に今放たれた荷電粒子砲だが、推計した結果、先刻自分が放ったものと完全に同等のエネルギーだった」
シャマイムはよく怒らないで冷静に言い返せるな、とベルトランは感心してしまった。普通ならば足蹴にされて怒らない方が珍しいのに。
「つまりミサイルとかぶち込んでしまうと逆に餌にされてしまうって事か」
セシルが困った顔をした。
「ならば」ベルトランが冷酷にほほ笑んだ。「これはどうだ?」
『糸』が飛んで、しかし青年はそれを両手で受け止めた。手には血がにじむが、余裕の笑みを浮かべている。だが、
「お前の攻撃はもう見えた」と言い放った次の瞬間、血相が変わる。「何だ!? 何だこれは!?」
「『拘束制御術式』だ」ベルトランは言った。「かつて人間がとある遺物を元に開発した化物の身体並びに能力を制限する術式だ。 良く効くだろう?」
「ぐ、ぐう――!」青年は顔を歪めた、「たかが人間ごときに!」
「人間ごとき? 人間の可能性を舐めるなよ、化物風情が!」
『糸』が青年の身体を拘束した。
「さて、洗いざらい白状してもらおう」ベルトランは青ざめた化物に言った。その直後、だった。
「ダメじゃないか『白雪姫』。 いくら七人の小人がいないからって」
その声がしたと同時にまばゆい光がさし染めた。誰もが一瞬目を閉じた。目を開けると同時に刮目する。『白雪姫』が消えていたからである。
「……何が起きた!?」セシルが叫んだ。
「ヤツが仲間を回収して行ったようだ」I・Cがつまらなさそうに言った。「『吸血鬼王』レスタトが」
「……それは誰だ、I・C」シャマイムが訊ねると彼は、
「ガチホモの変態」と答えた。
「……は?」ベルトランが戸惑った顔をした。
「だから変態だって言っているだろ。 ラファエルの愛人みたいなもんだ。 ラファエルの造成した化物共の筆頭格で、多分俺をも殺せるかも知れない力の持ち主だ」
「自分達の敵か味方か?」シャマイムが訊ねると、
「大敵だろうなあ」I・Cは面倒臭そうに言った。「だって俺ですら今何も出来なかったもん」
『何だと!? メタトロンがジュリアスでラファエルが「デュナミス」を率いている!?』
「え、ええ、そう言っていました、魔王が」アッシャーは戸惑い気味に言った。通信の向こうの相手が絶句してばかりだからだ。
アッシャーらは今、ヴァナヘイムの宿泊施設にいた。
『……開戦して正解だった所では無いわねえ……大正解よ』
『そうだね。 大天使が何の目的で暗躍しているのかは不明だけれど、ヤツらの事だ、ろくでもない目的だと言う事だけは確定しているよ……』
「これから俺達はどうするべきでしょう?」オットーが言うと、通信の向こうで、
『メタトロンの首を取らねば、我々に安寧の時は訪れない』
『「デュナミス」もどうにかしなければならないわ』
『ああ、忙しくなるね。 聖教機構と過激派だけが敵じゃないんだから』
ウトガルド島王を暗殺しに来た「デュナミス」の刺客の体が完全に海に沈んだ事を確認して、レットは島の中へと戻った。
島の中は賭博に娯楽、快楽、享楽の巣窟であった。
彼が賭博のフロアを通り過ぎようとした時、ふと声を掛けられた。
「君」とその男は言った。ウトガルド島では珍しい格好をしていた。眼鏡はともかく、新品の白衣を着ていたのだ。「不老不死になりたくないかい?」
レットは目を丸くしたが、「なれるものならなりたいですよ」と言った。
「私にはそれが可能だ。 協力してくれないか? その見返りに不老不死を与えよう」と男は言った。
「……」少し考えた後、レットは微笑んで頷いた。「ええ、分かりました、僕は貴方に協力します。 誰だって死にたくないですから」
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