ION 改

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PASSION 死なずの黒

第1話 【ACT一】汚れた雨

「死ねるものなら死にたいさ、死ねるものならな」




 ――曇天からとうとう、ぽつり、ぽつりと小さな雨粒が降って来た。それは赤信号により停まっていた重力車グラヴィディ・カーのフロントガラスに落ちた所を、ワイパーにより削られるように流されていく。

「雨か」と車内でI・Cイー・ツェーは忌々しそうに呟いた。彼はぼさぼさの黒髪で、よどんだ目をした男だった。若いのか年老いているのかはっきりしない男で――雰囲気がおぞましいと言うのか、不愉快だと言うのか、側に近寄られると気持ちが悪くなると言うのか――少なくとも人に好感を抱かせる第一印象は与えないだろうと言う不気味な男であった。「ったくウザい天気だ」

「今日は降ったり止んだりと忙しい天候らしい」I・Cの隣、運転席に座っているくたびれた中年の男、セシルが言う。「それとも、アルビオン王国の卑怯な行為に涙した神様が泣いているのかも、な」

「卑怯もクソも無えだろ」I・Cは冷ややかに言った。「領土問題ってのはいつの時代のどこの場所でも大騒ぎになるんだ。 ましてや万魔殿パンテオン穏健派が『全エリンをアルビオン王国から独立させる』、なーんて言い出したら、そりゃアルビオンは大発狂するさ」

青信号になった。彼らの乗った車はアクセルを踏んでもいないのに自動で動き出した。滑るように動き、きっちりと法定速度を守って、右へ左へ真っ直ぐへと道路を進む。

「とは言え、なあ……だからってその会談に来た万魔殿の幹部を、事実上俺達にただで売ろうとするなんて、なあ……」運転席に座っているだけで、何もしていないセシルは、ため息をついた。「本当に因果な仕事だぜ」

『確かにアルビオン王国から聖教機構ヴァルハルラへの密告は国際法に違反している。 だがこの機会でなければ聖教機構は万魔殿穏健派幹部シラノ・ド・ベルジュラックを捕捉する事はほぼ不可能だ』彼らの乗る車、シャマイムが喋った。『そして現在の我々の至上任務はシラノ・ド・ベルジュラックの捕捉だ。 任務違反行為はボスにより処断されねばならない。 どうしても、と言うのならばセシルは後方支援を行うべきだと判断する』

「分かっているさ、シャマイム」ほっと笑って、セシルはぽんとハンドルを叩き、「俺はやる。 大丈夫さ、今までも何度となくやって来たんだ、今更逃げたり後ろから応援だけなんて真似はしない」

車――シャマイムが言った。『了解した』

彼らはアルビオン王国の首都ロンディニウムの迎賓館の庭園前に到着した。

彼らが到着すると同時に庭園の門が開かれ、美しい緑の芝生の庭の中をシャマイムは走行し、迎賓館の扉の前で停止した。セシルとI・Cは車から降りた。セシルは最終確認をする、

「アルビオン王国の話じゃ、ここはザル警備だ。 一気に行くぞ、一階突き当りの最奥の部屋が会談場だ。 シラノの能力に気を付けろ、『心眼アンダーザマインド』は近接した相手の心理を読む力だからな」

「了解した」と車だったシャマイムが変形して、小柄な白い人形になった。仰々しいくらいに大きな鉄塊、二丁拳銃サラピス‐Ⅶを握って。

「じゃ、行くぞ!」特殊な素材で作られた戦闘用の鞭を手にしたI・Cが、扉を蹴り開けた。

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