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《夜10時のニュースのアナウンサー》

 出生率、及び着床率の低下、いわゆる出生の減少についてですが、この程、WHO――世界保健機構は全世界的にその傾向が加速しているとの見解を発表しました。発見直後は日本固有の現象――日本の新たな風土病や遺伝子汚染と捉えられていた出生の減少ですが、全世界的な問題であることが認められて以降、各国での調査分析が進み、その実体が少しずつ明らかになってきました。この中でも最も状況が深刻なのは日本で、自然状態での出生率は発見前の1%以下、また最も影響が少ないのが南アフリカ共和国で74%となっています。これにより日本では、国への受精卵提供数を増やすためのさらなる取り組みや、より安全・確実な発育をおこなえる人口子宮の開発、さらには出生に至った児童を受け入れる施設の充実など、課題は山積です。


    ◯◯◯◯


「そっちのパスタちょっとちょうだい。このピザ、残り全部あげるから」

 そう言うとアヤカは返事を待たずに僕の皿からパスタをひと巻き奪い取った。そして、自分の皿をこっちへ押しやってくる。

 午前中いくつかの案件を終えて後、僕たちはカフェで昼休憩を取っていた。みつけた店は落ち着いた内装で、何より料理の質が良く、かなり気に入った。外回りはこれがあるからやってられる。

「タツヤと一緒だとホントいいね。色々食べたいけど、お店の一人前ってわたしには多いからさ。タツヤは全部食べてくれる」

「ま、僕も得だから良いけどさ……」

 その時、デバイスに着信が入った。局の部長からだ。

「えー、今、昼休みなんですけどー。無視しなよ」

「いやいや、部長は僕らがいつ休憩取ってるかなんて知らないでしょ――はい、タツヤです。お疲れ様ですー」

 アヤカはまだ何かブツブツと文句を言っていたが、僕が部長と話している間に食事に戻り、そして直前の不満は30秒と保たずに消えたようだった。

「――はい……はい。わかりました」

「なんだって?」

「うん、即応案件だって」

「えー!! ……まぁ、でも帰って事務処理よりはマシか」

 僕はデバイスをテーブルの上に戻してフォークに持ち替え、残っていたパスタを巻き上げた。

「でも事務仕事が消え去るわけじゃないから、やらなきゃいけない仕事は増えただけだよ」

「もう! 珍しくやる気出してたのに嫌なこと言わないで! あー、もうやる気なくなった。バイバイだ」

「ダメダメ。それ飲んだら行くよ」

 アヤカがカプチーノを飲む間に、僕はピザ二切れを同時に口に入れて食事を終わらせた。


「結構良いマンションだったね。ま、今時、子育てしてる人なんてそんなもんか。ていうか、一晩帰って来なかったくらいであんなに慌てちゃってさ。みんなそんなもんなのかな?」

 依頼人の家から出てきて早々アヤカが下品な感想を口にした。

「――で、どう? マエストロ」

「……そのあだ名は好きじゃないよ。で、まぁ……誘拐かな?」

「え!? 物騒! 普通に家出じゃないの?」

「うーん……息子さんの部屋を見たけど、蔵書は超有名マンガが最初の方だけ。ポスターやCDも無し。まぁ、データでデバイス内に持ってるのかもしれないけど、少なくともそれを外へアピールしてない。自分の部屋っていう最大の聖域でも自己アピールをしてない。服もダサくはないけど普通……というか無難」

「ふむふむ」

「以上のことから、被害者である息子さんは能動的ではない人!」

「うわー、偏見」

「ま、その通り。偏見による妄想の拡大が僕の捜査だから。当たってれば御の字、ダメだったらやり直し」

「とりあえずはマエストロのタクトを信じますか! わたしも操られてやろう」

 アヤカは天を仰いで目をフラフラさせる仕草で僕を茶化した。

「――で? 次は?」

「順当なとこ、学校でしょ」

 僕は息子くんの通う学校の委託カウンセラーのデバイスにコールした。担当地域内の学校の受託者は皆顔なじみだ。


「うーん……特に問題行動のあった子じゃないわねぇ」

 息子くんのクラスの担当カウンセラーは記録をスクロールしながらそう言った。

「まぁ、だとは思いましたよ」

 職員室や保健室と同じ並び――1階の玄関から続く廊下にあるカウンセラー室は簡素なつくりで、いくつかPCの置かれたデスクが並ぶだけだ。

 この学校は珍しく1学年4クラスなので、各学年にふたりずつ委託カウンセラーが着いている。その他に指導担当――つまりお説教担当だ――がひとり居る。

「彼のクラスの欠席状況は?」

「今日は確か多かったのよ。えーと、彼の他に女の子が3人、男の子が2人」

「あー、もう完全に怪しいね」

 アヤカがもう事件は解決したとでも言いたそうな顔で腕組みしている。

「その休んでる女の子の名前とかください……はい、これ息子くん、えーと、袴田くんのお父さんの依頼書と、それにより発行された捜査権限証明書」

 僕はデバイスの画面をカウンセラーに向けた。しかし、カウンセラーの篠田さんは画面を確認もせずに3人の情報を僕に送信した。

「時間、中途半端だね。どうする?」

 アヤカに言われてデバイスの右上を確認すると時刻は15:20。確かに中途半端だ。

「……全員バド部だ。とりあえず受託コーチに会ってみよう。もうそろそろ来てるでしょ。で、16:00になったらホームルームにお邪魔しよう」

「おっけー」

 僕とアヤカは篠田さんにお礼を言って体育館に向かった。


「はい……そうですね。ここ一ヶ月くらい来てないかもしれないですね。前から休みがちではあったので、こちらとしては問題性があるとは考えていなかったというか……」

 部活前の準備をしていたバド部のコーチを捕まえて僕ら話を聞いていた。コーチは徹底的に防御体勢な言葉を並べていた。

「……いえ、心配しないでください。今回は学校側から指導者の責任を問えと言われて来たわけではありませんから」

「あー……あはは。そうですか……ええ、ありがとうございます。そうですね。毎日来たのは最初だけで、それからだんだん来なくなってきて、ここ1ヶ月はまったく、って感じですね」

 体育館はバスケットコート換算で4面あるなかなか大きなもので、それぞれをネットで区切って、バスケ・バレー・卓球、そしてバドミントン部が使用しているようだった。それぞれの受託会社から専門の競技指導者がやってきており準備をしている。

「別に調査や対策は……って感じですよね?」

「そうですねぇ。正直、会社の方からは練習を中止して面談とか、時間外手当つけて家庭訪問とか、そいういう指示は出てないですね……。あのー……会社的には参加生徒が多少増減したくらいでは委託金に影響がないので……。生徒が10人増えて講師もひとり増やすことになったとかならアレですが……」

「ま、そうですよねー」

「でもその3人は確かにいつもつるんでましたね。4月の見学や体験入部の時から3人で行動してて、そのー……このマユミってのがリーダー格です。リーダーって言っても全員特に派手でもないんで、全員が黙ったらとりあえずの決定を下すというか……例えばそれぞれチームに別れて練習しろ、って言った時に、練習する場所を決める、ってな程度ですが」

「いえ、ありがとうございます。とても重要な情報です」

「あはは、どうも。あのー、ホントに監督不行き届き的なそういうのは……」

「大丈夫ですよ。たまたまバド部で災難でしたね。でも部活内のことではないですし、バドミントンは関係なさそうですから」

 受託コーチのあからさまに安心した顔に見送られて僕らは体育館を後にした。


「……さて、段々情報が出揃って来たね」

「うん。まぁ、そのマユミって子たちだろうなぁ」

「誘拐? そんな過激なことするような子じゃなさそうだけど……」

 僕は「お前もな」という感情を目線に込めたが、アヤカは気づかなかった。

「ああ、良かった。これから2組のホームルームよ」

 教室の前の廊下で待っていると1組からカウンセラーの篠田さんが出てきた。

「最初に普通のホームルームを済ませちゃうから。最後に呼んだら入ってきて」

 篠田さんが2組の扉を開けるとすぐに「遅いよ、篠田ちゃーん」などという声がいくつも重なった。早く部活に行きたい男子だろうか。

「――はい。連絡事項はここまで。ですが、えー、今日はみなさんに聞きたいことがあるということで見守り代行の方が来てます。どうぞ、お願いします」

 篠田さんの合図を受けて教室に入る。

「えー! またかよー!」

「今日はただでさえホームルーム後回しの日なのに!」

「代行さーん、早くしてくださーい!」

 さっき以上のヤジが僕らを迎えた。さてどうしたものか、と僕が考えているとアヤカが突然駆け足で教壇の真ん中に向かい、教卓に両手を付いた。

 前かがみになるアヤカ。ゆるい胸元を覗こうとする前の方の男子。

「突然ですが!! 誘拐事件が起きました。被害者はこのクラスの袴田くんです。警察の懸命の捜査により近所のアパートに鎖で繋がれているところを発見されました。その場に犯人は居ませんでしたが、現場の証拠から犯人が誰なのかがわかりました。それは……あなたです!」

 アヤカは大声でまくし立てると、教室の廊下側前方に座っていた、明らかにおとなしそうなメガネの男の子を指差した。

「え! ぼく??」

 メガネくんが驚きの声をあげると同時、教室中が同じく声を上げてそのメガネくんの方を見た……極一部を除いて。

「はい。終わり。アナタとアナタ以外帰って良いよ」

 アヤカが教室の中ほどに座る女子ふたりを指差して言う。

「……僕らにホームルーム終了を告げる権限はないよ。そして、そこのアナタ、そうアナタ。アナタも残って」

 僕はアヤカに釘を指しつつ、見落とした残りのひとりを指定した。

「え、えーと……はい! ではみなさんさようならー」

 篠田先生が強引に終わりの言葉を口にした。

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