第34話 運命の日②
「松坂先生は、今日一日出張だよ」
職員室の喧騒の中で、一人の先生がそう答えたのを聞き取った。「分かりました。失礼します」と一礼して、俺はその場から立ち去った。
案の定、朝のホームルームには高齢の副担任である北村先生がやって来た。
俺は渋々、持ってるハンカチを鞄の中に入れた。
昼休み。俺は事件の資料と弁当を持って、トイレの個室にこもった。昼食時に、資料も一緒に確認しようと思っていた。さすがに、事件の資料は日記とは訳が違ってくる。たった一人に見られてしまうだけで、どんな噂が流れ出すか分かったもんじゃない。それに、俺が捜査に動いてると犯人の耳に入れば、俺自身の身も危ぶまれる。
そうして個室には入ったものの、弁当箱は開く気にもなれなかった。便所飯への抵抗もそうだが、俺の気は全てこの資料に滅入っていた。
『怒』が捜査した日、花壇の件についてかなり進展したらしい。
犯行時刻が9月15日の夕方から9月16日の朝方の間。俺はこの情報に目を見開かされた。
俺はうーん、と唸りながら顔をしかめる。はたから見れば、ちゃんと排便してるように見えるだろう。
早朝は野球部が先に学校にいて、朝練をしている。その人たちの目を盗んで花壇を腐らせることは出来るのだろうか。……ならば、夜か? その可能性の方が十分有り得る。人の目が一番付かない時間帯はそこしかない。……だがそうなると、また新たな可能性が生まれてくる。
俺は個室から出た。新たな可能性が脳内で湧き、足がせかせかと俺を急がした。
将雅を捜した。だが、教室には居ないようだったので、とりあえず自分の教室に戻ることにした。
将雅には放課後話してみよう。
そう思い俺は資料を鞄に戻し、それから事件ノートを取り出してメモを書き込む。
「犯人は生徒だけでなく、職員である可能性もある」
ーーーー放課後、鮫島達は、生徒会で文化祭のための準備をしていた。引退しているはずの将雅も、お節介にそれを手伝っていた。
「悪いな、透。こっちもこっちで手を抜けないんだ」
そう将雅になだめられた。
それから俺は、一人で事件捜査に臨んだ。クラスで俺の仕事が無いことを確認してから、俺は普通棟一階の職員玄関へと向かった。
職員玄関のすぐ前には、事務室がある。職員たちは帰る時、事務室の窓口の脇にある用紙にサインをしてから帰宅しなければならない。俺はその記録用紙を確認したかった。
「記録用紙?……別にいいけど……」
事務室のおじさんがそう言いながら用紙を渡してきた。
意外とすんなりいった。結構怪訝な顔を見せているが。
俺はおじさんに物も言わせないように、真剣と焦りを混じえた顔を作って用紙を見始めた。まるで大事でも起きたかのように思わせるために。
9月15日の記録……最後に書かれている職員名に目が留まる。
鈴木先生。理科の鈴木先生だ。帰宅時は午後八時二十分。
「すみません、ありがとうございました」
おじさんにお礼を言って、俺は事務室を後にした。
俺は決心した。今日の夜、学校を見張ることにする。正直言って、鈴木先生は非常に怪しい。鈴木先生が責任者である理科室は特別棟にある。花壇も、今まで起きた異変も全て、特別棟方面で起きているのだ。だが、それだけではあまりにも決定的証拠に欠ける。犯人が夜に行動していると仮説した以上、実際に確かめてみないといけない。
俺は鮫島兄弟に計画は伝えず、準備をするためにそそくさと下校した。
実行はもちろん、今夜だ。
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