第21話 決着
「おおおおおおおっ!」
ジガント・ジーゴが、それとなく『魔法をなめんなよ』とアピールしただけのことはある。こんな細身の少年でさえも、これほどの魔法を使えるのだ。
なめてかかれば痛い目を見るのは、明らかである。
「やったあああああっ!」
ちまりが、涙と鼻水をどばどば垂れ流しながら歓喜の声を上げる。
「あ?」
しかし、すぐに喜びの声は消え失せた。
煙が消え去り、ギルガルの顔が再び見える。ギルガルが、今までよりもさらに大きな咆哮を上げた。そして、怒り狂ったギルガルは、また我々をめがけて走り出す。
「あれ?」
「効いてな――――い!!」
「未熟ですいませえええええええん……!!」
「おいおい!あれでダメージ無しって!これだって効くかどうか分かんねえぞ!」
これ。
勝道が、ケースの中から取り出した奥の手。
84mm無反動砲。携帯型の対戦車兵器である。最近ではやや旧式化したと聞くが、まだまだ主力兵器として活躍できる破壊力を持つ火器だ。
「いや。効く。固いのは皮膚だけで、それさえ貫ければ、中身は他の生物よりでかいだけで大差はない」
「そ、そう思うか?」
「――多分」
「頼りねえなあ!」
「ぼくは素人の民間人だぞ?それの威力はよく分からん」
「やっぱ、口の中にぶち込むか?……お!」
勝道が声を上げる。
ギルガルが、走りながらあんぐりと大きく口を開けている。
勝道がチャンスと見て、窓から身を乗り出して84mm無反動砲を構えようとした。
「だめ!よけてください!!」
ユウリが叫んだ。とっさに、左沢がハンドルを大きく右に切った。
「な―――――っ!!」
勝道が、振り落とされないように必死に窓のふちに手をかけて耐えている。
その次の瞬間。
赤い光弾がこちらに向かって放たれた。
光弾は、高機動車の屋根をかすり、屋根の後ろ半分が大きくめくれて吹き飛んだ。光弾はさらに直進。数十メートル先に着弾すると、ぼおおおおんと音を立てて爆発した。地面に大きな穴ができている。あれを食らったら一発でアウトだと、皆が悟った。
「な……!なんじゃあ!」
「ひ―――――っ!!!火!火!火!火ぃ吹きやがりましたよあいつ!!」
「話が違う!これじゃ、正面から狙いにくくなったぞ!」
「無知ですいません!でも、あれは火じゃなくって、体内の魔力をぎゅっ圧縮してはなった光弾ですぅうう!」
ユウリが必死に謝罪と言い訳をしている。
「くそ!一撃で仕留めねえと、反撃食らうぞ、これ!」
「絶体絶命だね兄ちゃん!」
「ああ!だが妹よ。兄ちゃんはちょっと感動している!魔法を使うドラゴンなんて、まさにゲームの世界だ!」
「何でこうのんきなんですか――――っ!このバカ兄妹は!」
ギルガルが、再び口を大きく開けた。
「もう一発来るぞ!」
「うわっ!!」
「きゃあっ!!」
春風がバランスを崩して、マヤの身体に倒れ込む。マヤが春風の身体を受け止め、ぎゅっと抱き着いた。その手が震えている。
「……!」
わたしは、マヤの震える手を見てこのままではまずい。と思った。何とかして、この状況を打破する術を考えなくては。
ごおおおおおおおん!!
「のわ!!」
またもギルガルの光弾がぶっ放された。今度は、高機動車の十メートルほど手前に着弾。地面が吹き飛ばされ、土煙が上がり、視界を遮る。左沢陸曹がハンドルを切る。すると、目の前に木が立っていた。車体が、その木にかすって、がんと音がした。
「あっぶな!――どうします!このままじゃマジ二階級特進ですよ!」
「反撃したくても、こう立て続けに火ィふかれちゃあ!」
厳しい訓練を乗り越えてきたはずの自衛隊員が、パニくっている。考えてみれば、ラスボス級ドラゴンに対処するための訓練なんて、積んでいるわけはないから、仕方がない。とはいえ、このまま何の手も打たないわけにはいかない。
しかし、わたしができることは、無い。あるとすれば――。
「是非もない」
わたしはそう言ってユウリを見た。
「は?」
「ユウリ、魔法で飛んで
そう。我々は、危険なことが起こる可能性をちょっとは、覚悟していた。しかしマヤは違う。わたし達とたまたま出会って、わたしたちの願いを聞き入れて旅に同行し、今こうしてこの危険に巻き込まれているのだ。可愛い妹同様、死なせるわけにはいかない。わたしにできることは、この二人の命を、ユウリに託すことのみ。
「あの……」
「何も言うな……!二人を頼む」
「いえ、そうじゃなくって……。ぼく、二人も連れて飛べません。一人でも飛ぶのがすっごく遅くて……、とても逃げ切れるとは……」
「……、嘘ーん」
どごおおおおおおおおん!!
今度は高機動車の右側、かなりの至近距離に光弾が着弾し、爆風と、それに吹き上げられた石が右側から激しく叩きつけられる。風圧で車体が少し浮いた。
「あああああ、未熟で本当にすいませ―――――ん!!」
「ぜ、是非もなし!!ちまり!お前囮になれ!その間に逃げ、もとい!距離を取って反撃するから!なあ、勝道っちゃん!」
「お、おう!!」
「ふざけんな、おととい来やがれです―――――――っっ!!」
どがああああああああああ―――――――ん……!!
「んんんんん―――――っ!」
これは、相当にまずい。
ギルガルの猛攻はやむことは無く、むしろ逆に調子が上がってきているように感じる。破壊力抜群の光弾が我々にクリーンヒットするのも時間の問題であろう。
何とかしなければ。とはいうものの、わたしに何ができるというのか。凶暴なドラゴンから逃げる高機動車に乗って上下左右に激しく揺られているだけで、武器もない。
……。うん。無理。無理だわ。
「ははぁん……。こりゃあ駄目だな。どうやらぼくはここで死ぬらしい」
「おい!あきらめんな!!」
「詰んだ詰んだ」
「はい?」
「もうちょっと生きてみたかったが、是非もなし」
「いやああああああああ―――――――っっ!!死にたくないいいいいいい!!」
「あきらめろちまり。運が無かったんだべ。人はどうせいつかは死ぬのだ。バカでかいドラゴンに食われるというのも、レアな体験ではないか」
「いやああああああああ――――っ!!じにだぐだいいいいいいいいいっっ!!わだじ、まだ結婚もじでないどにぃいいいいいいいい!!」
「ぷっ!お前、今すっごいぶさいくだぞ。そんな顔じゃ結婚なんて無理だって」
「おめーは、もうちょっと緊迫感を持てやあああああ!!」
「えー。んー、そうだなあ」
わたしは、後方のギルガルを見た。
わたしたちを、追いかけてくる巨竜ギルガル。鋭い牙をむき出しにして、怒り狂っている。
あれに食われるのか。痛そうだな。うっわ。でかい舌。ぼかあ、きっとそんなに美味くはないぞ。
春風は、しっかりとギルガルに向かってビデオカメラを向けながら、マヤの方を抱いている。
ちまりはともかく、この妹まで、あいつに食わせるのは、あまりに惜しい。マヤまで食われてしまっては心苦しい。
春風は、我が妹ながら容姿は良い。性格も悪くないと思う。
もしも、この状況から逃れることができれば、無事日本に帰り、きっとそのうちそれなりの彼氏でも作るだろう。そして、その彼氏と結婚とかしちゃうんだろう。そしてさらに、子供も産んじゃうだろう。
きっと、可愛いだろうなあ。男の子かなあ、女の子かなあ。
我が姉、
「おじちゃん、ちゅきー♪」
とか言ってくれて、ぼくはその子を抱いて、あまりの可愛らしさに鼻血をぶー。
おじちゃんは、おもちゃいっぱい買ってあげますよー。
あれ?て、いうか、うららももうすぐ二歳の誕生日じゃね?プレゼント買ってあげねば。
うん。そうだな――。
やっぱ、まだ死にたくはないなあ。
愛すべき姪うらら。そしてまだ見ぬ、春風の子の為にも、おじちゃんは、もうちょっと足搔いてみますか。
追って来るギルガルをもう一度見る。ティラノサウルスを、彷彿とさせる姿。もしあれが、我々を襲う恐ろしい敵でなければ、恐竜大好き人間のわたし好みのルックスをしている。ティラノサウルスに襲われた草食恐竜たちは、こんな恐ろしい光景を目にしながら恐怖に震え、身をすくみあがらせたのだろうか。
「ん――?」
わたしは目を凝らし、走ってくるギルガルをさらによく見る。
激怒しながら、時おり発する巨大な叫び声。その叫び声の発生源である大きな口に、ずらりと並ぶ大きくて鋭い牙。怒り狂っている割には、感情が読み取れない小さな目。ティラノよりも大きな前足に鋭い爪。巨体にもかかわらず、脅威の速度を生み出す強靭な脚。全く、自動車の速度に付いてくるってどんな脚力だ――。そして、その脚が地面を力強く蹴るたびに左右に振られる、長い尻尾。
「あ」
その時、わたしは、確信に近いものを感じた。わたしは、春風とは真逆で、直感で動くタイプではない。故に自分の閃きなど、信じるタイプでもない。だがこの時ばかりは自分の閃きは正しいと感じたのだ。イケるかも知れない。いや。イケるはず。
「勝道っちゃん」
「何だ?」
「我に策あり」
「はい?」
勝道がこちらを見て、少し驚いた顔をした。バックミラーに写った左沢陸曹も、鏡越しにわたしを見ている。
「反撃開始だ。上手く方向転換して、あいつの横を走ってすれ違え」
「おお、で?」
「すれ違いざま、あいつの尻尾の付け根――、後ろ脚と尻尾の中間あたりに84mm無反動砲を、ぶち当てろ」
「……、するとどうなる!?倒せんのか?」
「あいつは走れなくなる――。上手くすりゃあ、二度と立てなくなるはずだ。後は、逃げるも良し、さらなる追い打ちをかますも良し。ご自由に」
わたしが言い終わると同時に、勝道がにやりと笑った。左沢陸曹も頷く。
「上等だ!それでいい!左沢聞いたな!あいつの側面に回れ!合図する!あいつをくらすけっぞ!!みんな頭下げてろよ!」
「了解です!」
勝道が左沢に命じると、後部に移動し、壊れた屋根から上半身を出した。
奥の手。84mm無反動砲を手にして。
高機動車は、起伏の乏しい平らな場所に出た。
「今だ!左に回れ!!」
勝道が、大声で叫ぶ。左沢は、思い切りアクセルを踏み込み、スピードを一気に上げて、一度ギルガルから距離を取ってから、ハンドルを大きく左に切った。
弧を描くように大きくカーブする高機動車。
壊れた屋根から上半身を外に出している勝道は、遠心力に耐えて、振り落とされないように踏ん張っている。
ユウリが、勝道の足にしがみついて、それを支える。
ギルガルと、高機動車がすれ違う。ギルガルの目が、我々を追っている。
チャンスは今。
「くらすけっぞぉおおおっっ……!」
勝道が叫ぶ。皆も続いて叫んだ。
「いけぇえええっ!!」
勝道が瞬時に狙いを定めて肩に担いだ84mm無反動砲を発射させた。
轟音とともに飛び出した砲弾は、真っすぐにギルガルの尾の付け根めがけて突き進み、そして更なる轟音とともに炸裂した。
高機動車は、そのまま真っすぐ走り、数十m後方で爆炎が上がるのが見えた。
ギルガルは、砲弾を食らって左半身を上にして倒れ込み、今まで猛スピードを出して走っていたため、その勢いで地面を十mほど滑り、そして止まった。
高機動車は、ギルガルから相当距離を取って止まった。勝道が、再び小銃を手にして車を降りた。そして、双眼鏡で、ギルガルの様子を窺う。
そこに、鶴岡陸曹が運転する、我々の後ろにいた高機動車が追いついて来た。牽引していたトレーラーの連結部分をぶっ壊し、身軽になってから追いかけてきたのだ。
「皆さん無事ですか!
北岡陸曹長が助手席の窓から顔を出して叫んだ。勝道が、親指を一本ぐっと立てて、
「ぎりぎりっすけどね、ソウメイさん」
と言った。勝道たち自衛隊員は、北岡宗明の名を、音読みで『ソウメイさん』と親しみを込めて呼ぶ。高機動車の中から、ずぶ濡れのヴァンドルフが飛び出し、後からリリミアが続く。
「何と!倒してしまわれたか!!」
ヴァンドルフが驚きの声を上げた。リリミアが訊いた。
「死んだんですか?」
「いや、まだ息はある――、尻尾の付け根に一発ぶちかましただけだからな」
「尻尾?」
「ああ。雪鷹が、そこを叩けば立てなくなるって言ったから、狙って撃ったんだが、あいつの言うとおり、立てないみたいだな」
「霞ヶ城殿が……」
わたしの方をリリミアが驚いた顔で見た。わたしも、高機動車を降り、勝道から双眼鏡を借りてギルガルの様子を窺った。
倒れているギルガルの尻尾の付け根は、肉が大きくえぐられるように吹き飛び、血が流れ地面が赤く染まっている。腹部を見ると、動いているので、息はある。
「ヴァンさん、大丈夫?けがは?」
ヴァンドルフは、派手に湖まで吹っ飛ばされたが、大きなけがは無かった。
「リリミアも無事でよかったね。やっぱ、もふもふロリッ娘に何かあったら一大事だ」
「な、何を言ってるんですか!それよりも……」
わたしにリリミアが不思議そうな顔で訊く。
「何故、ギルガルの弱点が分かったんですか?」
「うん?――ああ。ぼくたちの世界にね、大昔に絶滅した生き物でね、『ティラノサウルス』っていうのがいてね。そいつが、走る時に尻尾を大きく左右に振って、その動きで力強く走る力を生み出していたっていう説があってね。あいつも同じように走っていたから、尻尾を動かせなくすれば、少なくとも走れなくなるだろうと考えたのさ。それに、あいつ、前傾姿勢だったでしょ?身体と動きのバランスを尻尾で取ってたんだよ。だから、尻尾が大きく傷つけば、身体のバランス取れなくなる可能性は高いかなって」
「はー……」
「それに、尻尾は左右にしなやかに動いていたでしょ?もしも、身体の他の部分の表皮は固かったとしても、尻尾の表皮は他ほど固くはないだろうから、あそこを攻めればイケるでしょって思ったの」
リリミアとヴァンドルフがほおお……、と息を漏らして感心している。
「あの出血だと大事な動脈が傷付いたみたいだね」
わたしが言うと、勝道も同意した。
「ああ。てか、それもお前の計算のうちだろ?」
「うん。あれだけ立派な尻尾と脚だもん。酸素やエネルギーを供給するために、太くて大事な血管が通ってるっしょ」
「まあ、普通の生き物だったらな」
「あれも生きてる以上、ぼくたちと大差はないって」
「そんなもんかね」
勝道はそう言うと、小銃を構えて、ギルガルの腹部をいつでも狙い撃てるように、横に回って様子を窺った。その後ろに米沢陸曹長、百目鬼陸曹が続く。そして、ヴァンドルフと、リリミアも剣を抜いて続いた。
そんな彼らに、わたしも続く。
「おい。お前は車ん中にいろって」
「大丈夫。こんな機会はもうないと思うから、もっと間近で見たい」
ふー、ふー、とギルガルの呼吸音が聞こえる。大分苦しそうだ。我々に対して反撃する力は無いように見える。
「散々追い回してくれやがって……!食ってやろうかこの野郎!」
勝道が、鼻息を荒くして言う。突然追い掛け回されて、その上、殺されかけたことに相当頭に来ているようだ。
「食えんのかな?」
「ワニだって食えるんだぞ?イケんべ」
「よし、ちまり、毒見!」
「嫌に決まってんべした!!」
春風から、ビデオカメラを受け取って、撮影していたちまりが吠えた。
「やっぱ、豪快にステーキかなあ、兄ちゃん」
「んー。煮込み料理はどうだ?おお、いっそ鍋でも」
「いいねえ」
「それより、どうするんですか?このドラゴン。このままここに放っておくんですか?」
と、ちまりが言う。ギルガルは、苦しそうにしているが、次第に息が細くなっているように見えた。このまま放置しておいても出血もひどいので、長くは持たないだろう。
「可哀そうだけど、楽にしてあげられないかな?」
「では、僭越ながら、わたくしがとどめを刺させていただきます。よろしいですか?」
ヴァンドルフが言ったので、わたしが頷いて答えた。勝道も言う。
「ああ。そうしてくれると、ありがたいっす」
ヴァンドルフが、ギルガルの首の近くに立って、剣を構えた。
ヴァンドルフにとっては、大事な友人の敵である。思うところもあるだろう。わたしは、一歩前に出て、手を合わせた。
これだけ立派な竜ならば、昔の日本であれば、霊を慰めるために神さまとして祀られたり、供養塔が建てられたりするものだが、わたしにはどうして良いのか分からない。
せめて、迷わず成仏してください。決して、けっして!わたしたちを恨んで、祟りなど起こしませんように!
との思いと、只々その死を悼む思いを込めて、手を合わせたのだ。
「なむなむ――。これだけ立派なドラゴンなのに、こんなところで死んじゃうのは不本意だろうけれど、どうか許しておくれ……。恨むなら一発かました勝道っちゃんを……」
「ああ!?ずりぃぞ!作戦立てたお前も同罪だべ!だいたいおれがぶっ放さなけりゃ、みんな今頃こいつの腹ん中に、美味しく頂かれてっぞ!正当防衛だ!」
「なむなむ。とにかく安らかに眠ってちょうだいな」
――我の死を悼むというのか……?
突然、低い声がわたしの耳に届いた。
「は?」
わたしが周りを見渡し、声を発した者を探す。すると皆が目を丸くし、驚きながら、首を振った。と、言うことは、まさか……。
わたしは、恐る恐る振り返る。
ギルガルが、小さな目でこちらを――、わたしを、静かにじっと見ていた。
「しゃべった!?」
そして、再び声が聞こえる。そう、確かにその声は目の前に横たわる巨体から響いてくる。
『汝の名は?』
周りを見渡せば、皆驚きの表情を隠せずにいる。
「ににに、兄ちゃん!ドラゴンがしゃべった!!」
「ななな、名前をお伺いですよ!先輩!」
「おおお、おれは悪くない!なんまんだぶなんまんだぶ!恨むなら雪鷹を!おれはこいつの指示通りにやっただけ!」
「ずずず、ずるう!勝道っちゃん!さっき同罪って言ってたべした!」
『――ゆきたか……』
やばい!名前を憶えられた!逃げらんねえ!
覚悟を決めて、さらに一歩前に出てわたしは言った。
「か、霞ヶ城雪鷹……、です……」
目が、感情を読み取れないほど小さな目が、じっとこちらを見ている。
『カスミガシロ……、ユキタカ……。何故に我が死を悼む……』
何故、死を悼むか?
そりゃあ、まあ……。
「ぼくは、兵士でも戦士でも何でもない。勝負が付いたのなら、敗者を虐げるような真似はしない。敗れた者に対しても、礼は尽くすのが、日本人の美徳だ」
『ニホン』
「ええっと、あなたの住むこの世界じゃない世界。異世界からにある国だ」
わたしがそう言うと、ギルガルは目を閉じた。そして少し間をおいて再び目を開けると、
『異世界から……。そうか……』
と、何か納得をしたように呟いた。
『よく分かった……。異世界のからやって来た勇者よ。試練の道の番人たる我を打ち倒した褒美を授けよう』
「は?」
褒美?呪いとか、祟りとかではなく?
褒美という予想外の言葉にどうして良いか分からずにいると、ギルガルの顔の横にぽうっと宙に浮かぶ球体が現れた球体は淡い光を放ちゆっくりとこちらに向かってくる。
褒美とか旨いこと言って、いきなりぼん!とか爆発しないだろうな、とどきどきするわたしだったが、球体の光が突然消えて、目の前にわたしの掌と同じほどの大きさの銀色の鍵が現れた。
わたしが掌を前に出すと、その鍵は静かに掌の上に収まった。
「鍵?」
『その鍵で、我が守り続けてきた、試練の道の扉を開けるがいい。扉の奥にある物は、汝の物だ。……さあ、我に思い残すことは無い。カスミガシロ・ユキタカよ、我を眠らせてくれ……』
ギルガルはそう言うと、目を閉じた。
胸が痛む思いだが、これが彼の使命だったのではないだろうか。
ダンジョンの奥で、挑んで来る者を待ち続け、そして、戦い、勝利した者に鍵を与える。
彼は、巨大竜ギルガルは、今、長い使命から解き放たれようとしている……、のだろうと、わたしは思った。
ヴァンドルフに視線を送る。ヴァンドルフがこくんと頷き再び剣を構えた。
「さらばだ」
ヴァンドルフは静かにそう言うと、ギルガルの首元に、剣を深く突き刺した。
つい先ほどまであれほど荒れ狂っていたギルガルは、微かな悲鳴すら上げることなく、最後の一太刀を受け入れて、旅立った。
「――で、これ何の鍵だろうね」
ギルガルに改めて手を合わせた後、わたしはみんなにギルガルからもらった鍵を見せて言った。わたしの質問に答えたのは剣を鞘に収めたヴァンドルフだ。
「おそらく、ギルガルがいた迷宮『試練の道』の宝物庫の鍵ではないかと」
「ほー。じゃ、これ勝道っちゃん」
「ん?」
「ギルガルを倒したのは、勝道っちゃんだし、これは勝道っちゃんが持っておくべきじゃね?」
「いやいや、ギルガルはお前にって言ってたべした。ギルガルを倒す作戦を立てたのはお前だし、だからお前が持ってろって。――それに、だ。その鍵のある扉の向こうに、お宝などがあった場合、任務中の自衛官のおれが手にするのは非常にまずい。とにかくまずい。マジで面倒なことになる。だから、これはお前のもん。お宝もお前のもん」
「格好付け過ぎじゃないですか?」
と、左沢陸曹が言った。続けてちまりも言う。
「そうですよぅ。お宝見つけて、みんなで山分けにしましょうよぅ」
「お前何にもしてないじゃん」
「何言ってんすか先輩!わたし忘れませんからね!わたしを囮にしようとしたこと!」
きゃんきゃん吠えて、わたしの囮発言をここぞとばかりに攻めてくるちまりは放っておいて、改めて鍵を見る。
「いいのかなあ」
「私も、ギルガルが認めたあなたが手にするべきと存じます」
「そう?ヴァンさんもそう言うなら、もらっておくか……。でもさ、もらっても、ぼく一人じゃあダンジョンの奥まで行けないし、行くときは付いてきてよ?」
「お任せください」
「おう。すでにラスボスは倒したんだし、あのギルガルにも、おれらが持ってる火器が通用したんだ。怖いもんは無い。ダンジョン内がどうなってるか調査するという名目で、ふふ、今日以上のもんを揃えて……ふふ、何が出てきても蹴散らしてやる!」
「東海林陸尉、目が怖いです」
左沢陸曹が言うとおり、勝道の目がらんらんと輝いている。彼女は知らないだろうが、勝道はもともと特撮映画に登場する自衛隊の姿に憧れて、入隊した男である。ギルガルと戦ったことで、何かが目覚めちゃったかも……、知れない。
「ところでさあ、これ、どうするの?ここに置きっぱなし?」
と言ったのは春風である。これ。そう、ギルガルの死骸。
「お墓作るにも、一苦労だよねえ」
「だなあ……」
何せ、全長20mはある、巨大ドラゴンである。
「首を刎ね、ジョーガバーズに持ち帰り、霞ヶ城殿たちの武勇を広く知らせましょうか」
と、ヴァンガルフが言う。
「いやいや、そんな、いいよ……!」
「それよりも、食べます?」
と、言ったのはユウリ。
「食べる!?やっぱ食べられんの?」
「美味しいかな!」
春風がテンション高く言う。
「えー、食べるんですかあ?」
ちまりは乗り気でない様子。そんなちまりに、リリミアが言う。
「討ち取ったドラゴンを食べるのは昔から当たり前に行われていまして、そのドラゴンの力を頂くとか、強いドラゴンの肉を食べればそれだけ、健康になるとか、長寿に恵まれるとか、強い子に恵まれるとか、色々ご利益があるんですよ」
「ほー、じゃ、街の人にも喜ばれるかな」
「じゃ、街に持ち帰るか。でも、解体しないと、トラックにも載らんなあ」
「そうだ。こいつのDNAサンプルとか、持って帰って調べてほしいなあ。何とかならんかなあ。ドラゴンのこと色々分かると思うんだなあ。それから骨格標本とか作れないかなあ?」
「ああ。そうだな。それもアリだな。とにかく、一度ジョーガバーズに戻ろう。で、そこで色々手配すんべ。どっちにしろ、今日はもうマヤの村に行くのは無理だべ?」
「ごめんね、マヤ。怖い思いさせちゃって」
「いえ。大丈夫です」
マヤは、ギルガルに追われていた時には、恐怖で顔色を真っ青にして、震えていたが、大分落ち着きを取り戻してきたようだった。顔色も、元に戻ってきている。
我々の旅に付き合わせたばかりに、本当に悪いことをした。
「よし!ジョーガバーズに戻るべ」
こうして、我々は本格的に出発した初日に、スタート地点に戻る
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