第19話 出発!!
いよいよ、ジョーガ湖畔にある都市、ジョーガバーズへ出発する日。
天気は晴れ。青空が広がる爽やかな陽気である。吹くそよ風が心地よい。
朝食をいただき、元気いっぱいでお屋敷の前で待っていると、約束の時間、午前十時の十分前に勝道が自衛隊の車両に乗って我々を迎えに到着した。
「おおお!まさみっちー、かっけー!」
春風が、自衛隊車両に向かって喜びの声を上げる。サバイバル大好きの春風にとって、それはあこがれの対象である。
「高機動車じゃないか」
勝道が乗ってきた高機動車は、人員輸送、物資運搬など多岐に渡って運用可能な、自衛隊に広く配備されている、自衛隊の活動になくてはならない優秀な車両である。自衛隊が海外で活動したり、災害救助活動のため派遣された際などにも運用されるため、ニュース映像などで見る機会も多い。
高機動車の定員は十名。それが二台。うち一台は車体の後ろに高機動車専用の一トントレーラーが牽引されている。さらにその後ろから1 1/2tトラックが一台。
「いや、車が三台も。何か悪いなあ」
「気にすっことねんじゃね?こっちはこっちで仕事なんだし。いや、まじでこっちもさあ、山の中の村まで調査する機会がなかなかなくってさあ。上からは、どんな人がどんな暮らししてるかしっかり見て来いって言われてんだわ」
わたしは、旅をしてみようと決めた時、馬車や徒歩で時間をかけていくことになると覚悟していた。しかし、自衛隊が車両を出してくれたのは、荷物も多いので、大変ありがたい。自衛隊の活動が絡むとはいえ、わたしたち民間人の取材を兼ねた旅に、良いのだろうかという思いもあるが、それとは真逆の思いもある。
「でもどうせなら、機動戦闘車とかにも乗ってみたかったな」
「あほかボケ!俺でさえ乗ったことねえんだぞ!」
「けど、危ないドラゴンとかが襲ってきたらどうすんだず。オーボンだっけ?ヒグマみたいなドラゴン」
「89式小銃でイチコロだず」
89式小銃は、陸上自衛隊の主力小銃である。何が起こるか分からない異世界での自衛隊活動。当然配備されている。
「でも、本当に大丈夫っすか?」
と、旅の出発を目前に、少し不安を感じているのか、ちまりが言う。すると勝道が我々を見て、
「安心しろ。でけえ怪物が出てきても対応できる火器も持ってきている」
と言い、にやあっと笑った。
「むしろ出てきてくれた方が、ふふ、いかんいかん。ふふ……」
どうやら、機会があればぶっ放したいようだ。立場ある自衛隊士官とはいえ、流石我が友人。軽くおかしい。
「まあ、ドラゴンや獣よりも怖いのは、結局人間だべした。ねえ?」
勝道が、ちょっとだけ顔を引き締めてから言った。例の、自衛隊中継基地襲撃事件のこともある。勝道の頭の中では、金品目当てで武装集団が襲ってきた場合も想定してあるのだろう。
「ご挨拶、よろしいですか?」
我々の前に四十前後くらいに見える自衛隊員が歩み出て言った。
「ああ、そうだ。雪鷹、
「ああ、どうもこの度はありがとうございます。霞ヶ城雪鷹といいます」
「陸曹長の北岡です。よろしくお願いします」
わたしに丁寧に頭を下げた北岡は、いかにも鍛え抜かれたたたき上げという雰囲気をまとった精悍な顔立ちの男だった。
「大変でしょう?こんな変な男が上官で」
「え?あ、いやいや」
北岡のきりっとした顔が、少しだけ緩んだ。怖そうな感じがするが、穏やかな人なのかも、と思った。
その後ろにいた二人の自衛隊員が続けて我々に挨拶した。背が高く、腕もやたら太い屈強な男が、頭を下げて言う。
「
続いて、百目鬼と比べると、細く見えてしまうが、それでもわたしよりはしっかりとした体格で、柔らかい笑顔の男が、
「
と言った。
「実は、自分、霞ヶ城先生の作品、読んでるんす。漫画とかラノベ、大好きでして」
鶴岡は、さらに人懐っこい笑顔で続けた。
「ああ、先生はやめとけ。こいつは苦手なんだと。そう呼ばれるの」
「そうなんですか?」
「うん、ダメ。体がむずむずしちゃう」
さらに、爽やかな笑顔のイケメン
自衛隊員たちが続けて、ちまりや春風、デューワトリオ、マヤと挨拶をした。マヤは、少し緊張している様子だった。
我々が挨拶や自己紹介をしていると、馬車がこちらにやって来て、中からアルアが降りてきた。
「あれ?」
「おはようございます、霞ヶ城さま」
「もしかして、わざわざ見送りに来てくれたんですか?」
「はい。それとこれを、姫さまから預かってまいりました」
アルアが、小さな箱をわたしに見せて言った。蓋が開けられる。
「我が国のお守りでございます。霞ヶ城さまの旅の安全を姫さまも我々も願っております」
アルアが、箱ごとわたしにお守りを渡してくれた。竜を型どられたお守りだった。
「ありがとうございます」
それを見た春風が言う。
「えー、いいなー。ティオってば、わたしたちには無いのぉ」
「ダメですよ春ちゃん、お姫さまにとって先輩は特別。ト・ク・べ・ツ、なのです!」
ちまりも春風とともにわたしを離れた所からからかって言う。ちんまりの分際で、わたしをいじって来るとはいい度胸だ。あとで移動時間の暇つぶしに貴様の恋愛失敗談を皆に暴露してやることにしよう。
「ところで、霞ヶ城さま」
「あ、はい?」
アルアが、わたしの耳元で、囁くように言う。アルアの息がかかる。どきりとした。
「カブブン街に行かれたそうで」
ちがう意味でどきりとした。
「……!だ、誰から聞きました?」
「姫さまは、カブブン街がどのような場所かご存じありませんので、上手くはぐらかしておきましたが――」
アルアは、少し間をおいてから、
「お酒を召し上がるのは結構です。ですが、カブブン街は殿方にとって誘惑も多うございます。あまり。――あまりハメをお外しになりませんように。差し出がましいようですが、ご忠告させていただきます」
と、ハメの部分をことさらに強調して続けた。
「は、はは。ははははは。あははははは……、だ、ダイジョウブ、ですよう」
わたしの笑顔が引きつり、言葉がやたら大根役者の棒読み台詞のようになる。
「ははは。胸の大きなお姉さんに、どきどきしたり、はあはあしたりなんて、してませんよう?なあ、勝道」
「俺に振んな!」
アルアの表情が全く変わらないのが、逆に怖い。
荷物が積み終わり、高機動車に乗車する。前を行く車両に、わたしと春風、ちまり、案内役のマヤ、そしてユウリ、勝道と運転をする左沢三等陸曹が乗る。
後方のトレーラーを牽引した車両には、リリミア、ヴァンドルフ、北岡、百目鬼、運転手の鶴岡が乗車。最後尾のトラックにはマヤの荷車も、こちらに積まれた。荷車と言っても、大した大きさではない。
わたしは、窓から顔を出して、見送りに来てくれたアルアに改めて挨拶をした。
「じゃあ、行ってきます!お姫さま、ティオによろしくお伝えください」
「かしこまりました。どうぞお気を付けて。いってらっしゃいませ!」
屋敷でわたしたちの世話をしてくれた使用人の方たちも、見送りに出てきてくれたので手を振って応えた。春風も手を振って大きく、
「いってきまーっす!!」
と皆に向かって言った。
高機動車が動き出す。
ついに、出発。わたしたちの旅が始まった。
我々を載せた高機動車は、日本街を抜けて王都の城下町の南側から、東に向かう。商店が並ぶ繁華街を抜ける大きな通りを抜けて、街道に入り、さらに東へ。しばらく行くと、街道は北へと向かってカーブする。
このまま北へと向かえば、デューワで二番目に大きな湖、ジョーガ湖が見えてくる。そして琵琶湖級の大きさを誇る湖の畔には、物流の拠点となる都市がジョーガバーズだ。
勝道は、地図と時計を見ながら、
「到着まで一時間弱ってとこかな?」
と言った。街道は、思っていたよりも道幅があった。大きな道を通すにはリスクも伴う。敵勢力が存在した場合、進軍がしやすくなってしまう。当然、足止め、迎撃を目的とした砦が山の上に作られていて、車中から見えた。
「あの砦は、今も使えるのかなあ」
「あ、はい。でも、もうずいぶん使われていないので、中は空っぽですよ」
と、答えたのはユウリだ。平和が百年も続けば、砦も無用の長物。只の古い建造物に過ぎない。
とは言え、興味はある。日本の城は、そのほとんどが壊され、現在も古の姿をとどめている物はほとんど無い。敵と戦うために作られた、砦というものを機会があれば見てみたい。
「兄ちゃんあれ!」
砦に気を取られていたわたしは、春風の声にはっとなる。春風が、指差していたものは、巨大な馬だった。
「でか!」
わたしたちが見慣れているサラブレッドの倍くらいの大きさの馬が、これまた大きな荷車を引いていた。足が太く、長いたてがみを風に揺らしながら歩いている。
「何じゃありゃ!」
そして、その後ろから同じく荷車を引いていた物。
「ドラゴン!」
先日、王都で見たドラゴンとは違う種の、四本足のドラゴン。体付きは似ているが、先日のドラゴンには無かった、角が頭に生えている。大きさは、たった今すれ違った巨大馬よりもさらに一回り大きい。
こんな、巨大な馬やドラゴンが荷車を引いて行き交うため、道幅が広くとられているのだ。平和が続けば、攻められやすいという欠点は、人や物の行き来のための長所となる。
そして、その長所は、日本にとっても好都合だった。乗用車はもちろん、トラックや、工事用の重機など、様々な車両がキューブを通ってデューワに運ばれ、道を走っている。
「マヤ、大丈夫?酔ってないか?」
わたしの正面に座っているマヤが、何だかこわばっているように見えたので声をかけた。
「酔う?いえ、何とも無いです。ただ、びっくりしてるだけです」
マヤにとっては初めての車である。車酔いにでもなっていないかと思ったが、どうやら緊張しているだけのようだ。
「もうすぐ、ジョーガバーズに着くから。着いたら、少し休んで、街を見物だ」
「はい」
今日の移動はジョーガバーズまで。ジョーガバーズを見て回り、マヤの村へ行くのは明日の予定だ。
「雪鷹、ほれ、湖が見えてきたぞ」
「どれ?」
勝道に言われて、前方を見てみれば、遠くに大きな湖面が広がっていた。
「ほおー」
わたしは、西日本方面にほとんど行ったことがなく、琵琶湖にもお目にかかったことがない。ジョーガ湖は琵琶湖よりやや小さいくらいというから、恐らく、こんな感じなのかな?と思った。
しばらく進むと、より大きく水面が広がり、陽の光を反射してとても綺麗だった。
水上を、大きな木造の船が進むのが見えた。
ジョーガ湖から川が二本、海まで流出している。そのうち一本は王都のすぐ近くを通って海へと流れ込む。つまり、ジョーガ湖、王都、海が水上の道でつながり、人や物が行き交っていることになるのだ。
湖に向かって進むと、街が見えてきた。
交通と物流の要衝、ジョーガバーズである。
街は、高い塀で囲まれていた。
我々の乗った車は、そのまま街の入り口にある門をくぐって中へと入る。街の建物のほとんどが、木造のようだった。地図を見ると、森林が近くに多い。建築物を作るのに必要な木々が容易に手に入ったのだろうと思われる。
大きな通りは、王都同様に石畳で舗装されていた。
建物には様々な看板が取り付けられており、商売が盛んなことがうかがえた。
車両は大通りを進み、途中から右折。東の外れに向かう。王都同様に、日本関連の建物が集中するエリアがあり、そこにある駐車場に高機動車は停車した。
「そこ、ホテルな」
駐車場の隣にある、二階建ての建物を指差して勝道が言った。
ホテルの入り口に回ると、ドアの脇に、『日本のみなさま、ようこそ』と下手くそな日本語で書かれた看板が立てかけられていた。
ここには、一泊しかしない予定なので、着替えなどが入ったカバンだけを持ってホテルへ。案内されて部屋に入ると、ベッドと小さな机だけがある質素な部屋だった。
スマホを取り出してみる。電波はここにも届いていた。素直に感心した。
荷物を置くと、再びフロントに集合。勝道にもらったジョーガバーズの地図を広げて確認。
「あれ?」
地図を見ると、街の外れに城塞があり、街を出て東側にも、砦がある。
「何で砦が二つあるんだ?」
勝道が、地図上の東側の砦を指差して、
「戦をするときの軍事拠点はこっち。街の中の砦は、盗賊団が襲ってきたときの為の物なんだってよ」
「ほー」
いざ、戦になった場合、商人は重要な存在である。
戦争にはとにかく金が必要になる。武器を揃えるにも、兵たちに与える食事にも、馬に与える飼い葉にも、全てにおいて金がかかるのだ。
このジョーガバーズは、商売が盛んな街である。つまり、この街は商売人たちで成り立っている。そして、商人は物を売り買いして、金を生む。
商人が金を生むこの街を戦渦に巻き込んだ末に、失うことは、攻める側、守る側双方にとってプラスにならない。
商人を、つまりは多くの金を味方に付けた方が、戦を有利に運べる。商人たちから力ずくで金を奪うことは簡単だろう。しかし、それ以上に金を望むことは難しくなる。商人を味方に付けて、金を出させ続けることが重要になる。
だから、この街が戦争に巻き込まれることを避けるため、軍事拠点は離れた所に作られているのだ。戦争はよそでやりますから、ということだ。
ところが、街を窮地に追い込む災難は、戦渦に巻きこまれることだけではない。
商人が集まるということは金が集まるということ。つまり、商人たちの財産狙いの盗賊団が、襲ってくることが、戦国乱世の時代には、よくあったようだ。泥棒などという生温いものではない。武器を手にした武装集団である。元々、戦争に敗れて敗走した兵士たちを中心に組織された盗賊団であるため、戦うことに慣れている。商人や、街の住人たちが襲われればひとたまりもない。
そこで、そんな盗賊団の魔の手から街を守るために、街を防壁で囲み、砦を作っていざという時のために備えている。
そして、この街を守るために王都から信頼のおける者が遣わされている。現在、その役を担うのは、誰あろうリリミアの御尊父、アルザ・ジョーガカルミア・アルドーラ伯爵である。ジョーガカルミアとは、『ジョーガを守る者』という意味の官職名であり、アルドーラ伯爵家は先代の頃からこの役職を王家より命じられて務めている。
とはいえ、ぶっちゃけ特にやることは無い――、のだそうだ。
何せ商人の街である。商人には商人のルールがある。王家に命じられたとはいえ、貴族にああだこうだと口を出して欲しくは無い、というのは商人の本音なのだそうだ。
国の定めた法、商人たちのルール、税の徴収などによほどの問題が生じない限り、アルドーラ伯爵が自ら乗り出して、ジョーガバーズの政に関わることはしない。
「ただ面倒くさいだけなんですよ」
と、リリミアは言ったが、どちらにせよ、そのよほどの問題など、ここ何年も起こっておらず、暇を持て余しているアルドーラ伯爵は、湖で釣りをしたり、先祖代々守り続けてきた領地へ赴いて、領民たちの作ったワインを共に楽しんだりと、悠々自適の生活を満喫しているらしい。
さて、フロント前に再び集合した我々は、ぶらぶらと、街へ散策に出かけた。
腹はまだ減っていない。適当に見て回ったら、そこら辺の店に入ればいい。
「市場に行ってみようか」
わたしが言うと、皆頷いた。
ジョーガバーズの中心を通る大通り。その一角に大きな市場があった。
湖で獲れた魚、周辺の畑で採れた農作物、牛や豚などの肉類、街道を使って運ばれてきた各地の名産品など、わたしたちも見慣れた物もあれば、何じゃこりゃ、と目を疑うものまで、様々な物が並ぶ、活気のある市場だった。
人の数も、王都ほどではないが多い。
街道を通って行き交う人が利用する宿場町でもあるため、宿屋や料理店も多い。それらの店の者が、食材を求めにやって来るのだ。
「お兄さん、日本の人だね?どうだいひとつ!」
果物を売っているおばさんが、ど派手なオレンジ色の、ミカンよりも少し大きいくらいのとげとげした物をわたしに見せて言った。ばかでかいこんぺいとうのようだ。
「何じゃこりゃ?」
「何だか、マッサージに使えそうな形ですねえ」
わたしの脇にいたちまりが、写真を撮りながら言った。
「美味いのかな?」
りんごや、スモモのような実などの脇に置いてあるのだから、これもやはり果物なのだろう。わたしが訝しんでいると、店のおばさんが、包丁でスパンととげとげの物体を一刀両断。わたしに食べてごらんと差し出した。
中身は、表面よりも、少し薄いオレンジ。くんくんと匂いを嗅いでみると、甘い香りがする。おそるおそる口に入れた。
「……!?う、うめえ!」
「マジすか!はむっ!……!!ホントですね!美味しいですよこれ!」
味は、甘く、果汁たっぷりで瑞々しい。
「果樹王国の異名を誇る山形生まれのぼくを驚かせるとは、やるな!とげとげ!」
「んー?食感は、少し硬めのイチゴって感じですけど、甘味はイチゴとは全く別の物ですよねえ」
「おばちゃん、これいくら?」
「ひとつ、50ユカー」
「日持ちはするの?」
「まあ、そのまま置いておいても二週間くらい持つよ」
「よし、買おう」
「まいど。いくつ欲しいんだい?」
「わたし食べる!」
手を上げた春風の分と、少し離れた所にいたマヤの分を購入。マヤは、ぺこぺこ頭を下げてとげとげを受け取った。
「マヤの村で、これ、採れる?」
「いえ。これは、もっと西の方でしか採れないです」
わたしは考える。このとげとげは旅に疲れ、乾いた喉を潤すにはちょうどいい。
「よし、おばちゃん。100個買おう!」
「は!?買い過ぎですよ!どんだけ買うんですか!」
「ぼく達も食べるが、お世話になるマヤの村の人たちにお土産だ」
「ああ。成程」
「悪いけど、100個も無いよ、お兄さん」
「明日までに手に入ればいいよ」
「そうかい?じゃあ、用意するよ!」
「それよりおばちゃん。少しまけてくれる?」
店のおばさんはにこっと笑って親指を立てた。
商品は、明朝ホテルに運んでくれるというので、ありがたくお願いした。おばちゃんに、カバンの中にあったチョコをあげると、めちゃくちゃ喜んでくれた。気を良くしたおばちゃんは、ひとつ当たり15ユカーまけてくれた。日本で、ミカン一個くらいの価値になる。
さらに我々は市場をきょろきょろと見て回る。
「そう言えば――。ドンちゃんがラーメンの具材に使えそうな物があったら教えてほしいって言ってたなぁ……」
市場に並ぶ様々な食材を見て、わたしはふと友人のラーメン店主、ドンちゃんこと高橋誠一からの頼み事を思い出した。
「ドンちゃんが?」
勝道がわたしに訊いた。うんと頷き、肉店の店先を眺める。生肉の他に、干し肉や、燻製、ハム等の加工品が並んでいた。生肉は、腐らないように、魔法で冷やしてあるのだそうだ。冷蔵庫いらずである。
「ラーメンの具材って言っても、素人には分かんないですよねえ」
と、言ったのはちまり。
「まあ、普通に考えたら、豚肉とか、鶏肉とかかなあ」
「ですよねえ。でも、それだとわざわざ異世界産を使わなくても良いんじゃないですか?」
「だよなあ……」
そう。普通の肉や野菜なら日本の物で十分なのだ。おそらく、日本産の物の品質の方が優れている。わざわざ異世界の物を使うのなら、日本には無い食材でなければ、あまり意味が無い。
「このハムうんめ!」
試食用のハムをもらって、春風が上機嫌で言った。
「ポグポグのハムだぜ、お嬢ちゃん!」
肉屋のおじさんが、満面の営業用スマイルで言う。
「ポグポグって……、確か」
わたしが勝道に言うと、勝道が答えた。
「んだ。ポグポグ・デオー。でけえイノシシだ。日本のイノシシの何倍もでかいやつ」
「イノシシっていう手もあるか?」
「いやあ、ダメだべ。家畜化されてない動物の肉は安定供給ができないから、ラーメンみたいな安く食える食いもんには向かねえと思うぞ」
「成程」
使えるだけではなく、コストという面からも考えなくてはいけないのか。ますますもって難しい。
「それよりも、タロウはどうよ」
「ああ、でかい魚ね。フライにすると美味いんだっけ?」
今度は、何かの唐揚げを市場の人にもらってもぐもぐ食べている春風が、
「ラーメンに魚なんて使えんの?」
と訊いてきた。
「いやいや、ドンちゃんの店で出してる、あごだしラーメンの『あご』って、トビウオのことだぞ?ほんのり魚の風味がするだろが」
「マジで!?トビウオって、食べれたんだ!?」
「そうか。魚でダシを取るっていうのもアリか。でも、タロウって淡水魚だろ?淡水魚ってラーメンに合うかなあ……?」
さあ、と首を傾げる勝道。やはり、素人では、何がラーメンに合うのか、さっぱり分からない。
「でも、ドンちゃんなら、何でもラーメンに使っちゃいそうな気が、するけど……」
そう。新世代のラーメン職人として雑誌にも取り上げられたことのある彼は、ごつい身体と、恐ろしい人相からは想像がつかないほど器用で、ラーメンどころか、和食だろうがフレンチだろうが、イタリアンだろうが、大抵の物を美味しく作ってしまえるほどの、凄腕料理人なのだ。しかも、日々、上手いラーメンを作るための研鑽を欠かさない。そんなドンちゃんならば、この市場にある物を適当に見繕って持って帰っても、おそらく喜んでラーメンの開発を始めるだろう。
問題は、その開発過程で世にも恐ろしい奇怪なラーメンが生まれる可能性が、やたら高い、ということである。そして、そのラーメンの試食役を仰せつかるのは、昔から付き合いのある友人たち、つまり我々である。
「この間、食わされた試作ラーメンは、ひどかった……。まさか、おはぎをヒントにラーメンを作るとは……。麺が巨大な球体で、かじりつかにゃならんのだ」
「おれは昔、カエルとドジョウが入ったラーメン食わされたわ。古き良き日本の里山の田んぼをイメージしたんだと。でも日本にゃいないサイズのカエルの足が入ってた……」
「あの人、一回とんでもなく恐ろしいところに寄り道しないと、正解のラーメンにたどり着かないからなあ……」
「何でかなあ……?腕はいいのになあ……」
「兄ちゃん!あれ!!」
春風が、大きな声を上げて指を差している。見れば、その指差す先に四人組の男女がいた。
「おお!?」
彼らは、鎧を着こんだり、いかにも魔法使い風のフードを着込んだりしていて、剣や杖などを手にしている。彼らの姿を見て、ちまりが少し興奮しながら言った。
「さすが異世界ですね!RPGの登場人物みたいです!」
編集者として、そこは、わたしの作品の登場人物たちみたいと言ってほしいところだが、まあいい。よく見ると、少し先にも同じようにこれからすぐにでも魔物討伐にでも出立しそうな数人組のパーティーがいる。
「彼らは、冒険者たちです」
と、彼ら同様に魔法使い風の格好をしたユウリが言った。忘れていたが、すぐ側に、RPGのキャラ風のいでたちをした者が三人もいたのだった。
「冒険者?まさかとは思うが、この王国には、世界征服を狙う魔王とか、いるのか?あの人たちは、それを倒しに行くとか?」
「は?いえいえ。この街には、冒険者に仕事を紹介する斡旋所があったり、街の近くにはいくつかのダンジョンがあったりするので、冒険者たちが集まって来るんですよ」
「ダンジョン!?」
ダンジョンという言葉に大きな反応を見せたのは、春風である。
ユウリによると、ジョーガバーズ周辺には、確認されているだけで六つのダンジョンがあるのだという。
ダンジョンとは、我々が知るファンタジー作品やRPGなどに出てくる、地下迷宮である。中に入ると、複雑な通路が張り巡らされ、様々な罠が設置され、冒険者たちを阻む。そして襲い来る魔物たち。
その数々の困難を乗り越えた者たちだけが手に入れる権利を掴み取ることできる、宝物。
「兄ちゃん!行きたい!」
言うと思った。頭の中は、すでにまだ見ぬダンジョンでいっぱいになっている妹を落ち着かせ、
「待て待て、ぼく達はただの旅行者で、彼らのように鍛えた上に準備万端というわけではないんだぞ?入ったところで、何もできずに逃げ帰るのがオチだろうに」
と、言い聞かせた。諦めきれないという表情の春風。
「しかし、先輩、中の様子はちょっと見てみたいっす」
ちまりが、冒険者たちに許可をもらって、写真をぱちぱち撮った後に、わたしに言った。
「まあ、ちょっと覗くくらいなら、興味はあるけどさあ、何かあったらどうする?ダンジョン内で魔物に食われちゃったら、シャレにならんだろ?」
「シャレになんないすねえ……」
「て言うかさあ、ダンジョンって、誰が何のために作ったの?」
わたしは素朴かつ当然の疑問を、ユウリに投げかけた。
「それが、よく分からないんですよねえ。何せ何百年も前からそこにあって、未だにクリアされていないダンジョンもあるんですよ」
「始まりの竜が作ったとも、古の大賢者が作ったとも言われていますな」
と、ヴァンドルフがユウリの言葉に補足した。
「入ったことある?」
わたしが、デューワトリオに問うと、ヴァンドルフだけが手を挙げた。
彼は、以前冒険者としてダンジョンに入って、腕試しをしていたのだそうだ。
「お宝は、見つけた?」
「大したものは。――これくらいです」
と、ヴァンガルフは言うと、腰から提げていた剣をぽんぽんと叩いた。ほほうと、勝道が、剣を覗き込む。こしらえは一見地味だが、刃渡りといい幅といい、これだけの大きさならば、何でもぶった切ることができそうだ。
「先輩、じゃあ、ヴァンさんにダンジョンの内部をちょろっと撮影してきてもらいましょうよ」
「んー?頼めるっすか?」
「いいですが、私にできましょうか?」
「デジカメなんで簡単ですよ」
「では、ダンジョン管理局に申請をしなくてはなりません」
「何?お役所に届けないといけないの?」
「まあ、中に入る者の名と人数を書いて出すだけですが、中で、新たな通路など見つけた場合、後から知らせねばなりません」
ダンジョンは、勝手に人が入れないように入口に封印が施されているものがほとんどなのだそうだ。管理局に、届を出すと、その封印を解ける『鍵』をもらうことができる。
ジョーガバーズ周辺の六つのダンジョンのうち、完全クリアされ、調べつくされたものは四つ。残り二つは未だクリアされていないという。
「何をもってクリアなの?」
「まあ、大体の場合、最深部に到達することでしょうか」
「中のお宝は自由に持って帰って良いの?」
「基本は、手に入れた者に所有権はあります」
「兄ちゃん!お宝!お宝探そう!」
「だから、危ないべっての!素人が入ってもケガするだけだべ!」
「むー」
口をとんがらせ、不満を表す春風だが、君子危うきに近寄らずと言うではないか。ここは、マヤの村に行った後に、ヴァンドルフに軽く写真を撮ってもらうだけで良かろう。わたしたちはあくまでただの旅行者。冒険者ではないのだ。危ない場所に自分から喜んで行くことはない。
――はずだったのだが。
「のぉおおおおおおおおおおおおおお――――――――っっっ!!」
「いやあああああああ――――――――っっっ!!」
翌日、ジョーガバーズから数kmの地点。そこに我々の悲鳴が響き渡った。
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