第18話 歓楽街、出会いと再会
さらに翌日。夕方になって、勝道と石田、真田の官僚コンビがお屋敷にやって来た。皆、私服姿である。私服姿ではあるが、髪等はしっかり整えてある
「準備はいいか」
勝道がきりりとした、男前風の表情を作って言ったので、わたしは頷いて答えた。
「あれ?まさみっちー、石田さんたちも。今日は何?」
「ん?ああ。ちょっと」
「ちょっと?」
「うん。ちょっと」
皆、言葉を濁しながらはぐらかそうとする。春風が怪訝そうな顔をする。
「みんな、遊びに行くんですよ」
ちまりが、目をじとっとさせて言った。その目には明らかに軽蔑の色が見える。
「遊び?」
「余計なことを言うなちまり」
「だって、そうじゃないっすか」
遊び。確かにそうかも知れない。しかしこれは重要なミッションでもあるのだ。わたしは、旅行記を書くためにこのデューワに滞在している。その為にはできるだけ多くの場所を訪れなければいけない。そう、これからわたしは大事な、大事な仕事をしに出かけるのだ。
「歓楽街に行くんですよ、はるちゃん」
「かんらくがい?」
ちまりが、春風の耳元で、ぼそぼそと、我々のミッションについて話し、その内容に、春風の耳がぴくぴく反応する。
歓楽街。王都の西側。つまり日本街の北側にある、エリアである。
その名も『カブブン街』。
酒を提供する店は、王都の至る所にあるが、特にこの歓楽街には多く集まっている。ちょいと一杯飲める大衆居酒屋のような場所から、みんなでわいわい集まって大騒ぎできるような店、さらには、楽しいショーを見ながら飲める店、日本の歓楽街のように色々なジャンルの店がひしめいたエリアである。
そう。カブブン街=大人のエリアなのである。
「何、うん、ちょっと飲みにな」
「何がちょっと飲みに、ですか。知ってますかはるちゃん、この一角のさらに西側。エロスエリアがあるんですよ」
「えろすえりあ!」
春風の鼻の穴が広がった。妹よ、何故お前が興奮するのだ。
「ええ。エロスですよエロス!これもんでこれもんのお姉さんたちと、あんなことやこんなこと、さらにはもう、言葉にできないくらいの、すんごいエロースなことができちゃうらしいですよ!」
「マジでか!」
「もみもみ、ちゅぱちゅぱ、あもう、らめえ!!です!」
「おおおおおおっ!!」
「余計なことを妹に吹き込むでない!」
春風が、こちらをちらりと見た。
ふん。軽蔑するなら軽蔑するがよい。だが我に使命あり。この国のありのままを見て回るという使命が。そして見聞きしたことをまとめて本にすると言う重大な使命が。
その為なら、あえてエロス野郎の汚名にまみれることも厭わん。
むしろ胸を張って行こうではないか。そう、わたしは取材に行くのだから!
皆が私服姿なのはこのためである。いくら、わたしの付き添いとはいえ、仕事としていくのははばかられる。故に、あくまで今はプライベートな時間であるという意味で、自衛官の勝道も、制服を脱ぎジーンズにTシャツ姿なのだ。
――と言うか。
ここだけの話、日本から来た者は結構カブブン街で飲んでいるらしい。
カブブン街には、気軽に入れる居酒屋的な店も、素敵なバーのように静かに飲める店も何でもそろっているため、女性も楽しめるのだ。
となると治安はどうなのか、ということだが、ここもしっかりしている。
無粋なことは禁止。楽しい時間を台無しにする奴は出て行け。これが第一のルールだそうだ。
素晴らしい。
ではいざ行かん、カブブン街。
「兄ちゃん!」
何だ妹よ。止めてくれるな。兄の決意は変わらないのだ。
しかし春風はわたしの予想に反して、親指をぐっと立てて、力強く言葉を発した。
「健闘を祈る!」
「……!うむ!」
話の分かる妹を持って、兄は幸せ者だ。わたしもぐっと親指を立てて応えた。こうして、我々は、何かあった時のために付いてきてくれるヴァンドルフとともに、歓楽街へと踏み出したのだった。
しかし、わたしは知らなかった。
わたしを見送った後、春風がスマホを取り出し、
「ティオにチクっちゃお」
と、恐ろしいことを言ったことを……。
カブブン街。
王都ガーティンで一番広さを誇る歓楽街である。飲食店や遊技場、それらに商品を卸す商店などが並ぶ。
歓楽街などと言うから、もっと雑多なイメージを抱いていたが、きちんと区画整備されて雰囲気は思いの外よかった。聞くところによると、百年前にガーティンが王都として必要な整備を進めるのと並行してカブブン街もどんどん拡大していったようだが、あまり計画的な拡大を図らなかったため、以前はとにかくごちゃごちゃしていたらしい。そんなカブブン街に悲劇が起きる。三十年前の事だ。
大火に見舞われたのだ。
カブブン街の一角で火の不始末があり、その火が風にあおられ延焼。街は見るも無残な焼け野原になってしまう。カブブン街は、歓楽街である。飲食をするだけなら、他にも店はある。王都が王都として機能するために必ずしも必要な街ではない。しかし、やっぱ、淋しいじゃないか!と、カブブン街を愛する者たちが立ち上がり、一から計画を立てて、復興したのだ。
まず、当時のカブブン街には無かった水路を引き、いざというときのために水を確保できるようにした。さらに、道幅を広くした。何事かあれば避難しやすく、火が起こっても道が広ければ、向こう側へ火が燃え移りにくくなるようになる。これは、どこの都市でも考えられた災害対策である。
そして、街の入り口付近に、消防署を作った。江戸時代、江戸の町に作られた町火消しのようなもので、有志たちで結成された消防団員が、その場に詰めていて、火事が起こればすぐさま駆け付けるシステムとのことだった。
さらに、以前から問題視されていた治安の問題も解決しようということとなり、街に複数の交番のような場所が作られた。
こうして、カブブン街は、明るく素敵な歓楽街へと生まれ変わった。
そんなカブブン街の復活劇に一役買った存在がいる。
娼婦のお姉さんたちだ。
カブブン街の娼館で貴族や金持ちなどを相手にしていた、娼婦たちも、カブブン街が無ければ商売に支障が出る。街の復興を願うものの、それにはぶっちゃけ、先立つものが、金がない。
そこで、娼婦たちは貴族や大商人たちに働きかけたのだ。
カブブン街の娼婦たちは、我々の国の風俗嬢のお姉さんたちとはちょっと違う。一流の娼婦ともなれば、その客の中には政財界に大きな影響力を持つ者も少なからずいる。また、高級娼婦が在籍する娼館は、そういった者たちの裏の社交場となっている。娼婦たちは、時として権力者同士を引き合わせる仲介者の役目も担う。表だってできない話し合いの場をセッティングし、話し合いがまとまらなければ中に入って、話がまとまるように尽力する。
わたしなどは、秘密の話し合いなどが、娼婦から漏れたりしないのか?と思ってしまう。日本の週刊誌などでは、『ホステスが語る、政治家Aの夜の秘密』などといった見出しをよく見る。しかし、そんな大事な話を漏らすような女は三流なのだそうだ。そういった意味でも大物たちに、カブブン街はあった方が何かと都合が良い。
娼婦たちは、客の貴族や商人たちとともに、カブブン街復興のための金を集め、整備計画を立てさせ、そして復興に大きく貢献する。
そして現在も、ちまりが言ったエロースの街。カブブン街の西のエリアには娼婦たちが商売をする一角があり、その一番奥のエリアに超高級娼館が存在する。
のぞきたい。
機会があれば、そんなお姉さんたちに話を聞きたい。いや、別に、すけべ心からそう言ってるんじゃないんだからね!あくまで本の為なんだから……!
だが、今回はあくまで、カブブン街で酒を楽しむ。デューワの人たちが、どのように酒を楽しんでいるのかを感じる。それが目的だ。
「ぶっはあああーーーーーっ!!」
勝道が、豪快に運ばれてきた酒を一気に飲み干した。
カブブン街の入り口からちょっと入ったところにある、『マイコ亭』という、こじゃれた店のテーブル席でわたしたちは飲み会を始めた。この店は、日本から来た者たちも毎日のように訪れる店らしい。ちなみに、店の由来となっている『マイコ』という名、日本の女優ニシマイコからとったもので、店の主が一目ぼれしたため、店の名をマイコ亭に変えてしまった。店の壁にはサワマイコのポスターが貼ってある。わたしが頼んだのは、デューワの果実酒。それほどアルコール度数が強くなく、酸味と甘みのバランスがとても良い。女子受けしそうな味である。勝道が頼んだのは、ビール。思いっきり日本のビールだ。
「お前、せっかく異世界にいるのに、日本の酒か?」
「いいべした、別に。こっちの酒は、あらかた飲んじゃったんだよ」
わたしは、酒の肴に運ばれてきた干し肉をガシガシかじりながらふいに、石田に言った。
「ああ、言い忘れてたけど、ぼく、もしかすると聖竜さまに会えるかも知れないっす」
「ぶっふ!?……!?ふぁ!?」
石田が飲み物を吹き出しそうになりながら目をまん丸にして驚き、訊き返す。
「どうやったんです?」
わたしは経緯を説明した。昨日聖マルミーガ竜殿のイトゥーカ大司正に『ティオリーナ姫に紹介状を書いてもらえれば、ガッサンさまに会えるかも知れない』と言われたこと。そこで、早速ティオにメールを送って、紹介状を書いてもらえるか尋ねたところ、本日、返信があり、『ガッサンさまに、雪鷹さんに会っていただけるよう、お願いする書状を送っておきました。雪鷹さんが旅からお帰りになったら、お会いできるように具体的に調整します』との、ことだった。
「つまり、会えるんですね!」
「はい。ただ、ぼくはほら、ジョーガバースに行って、マヤの村にも行くでしょう?そんなに長い間、村の厄介になるつもりはないけど、帰ってくるのはいつになるか分からないでしょ?だから、会えるとしたら、来月ぐらいかなあ……」
「殿下にお頼みするという手がありましたか……」
石田がちょっと悔しそうに言葉を漏らす。
「こちらも、国王陛下や大臣閣下などを通して、聖竜ガッサンさまに会えるようお願いしても、いい返事が帰って来なかったんですよ。なしのつぶてです」
「まあ、ぼくも、必ず会えるというわけじゃないっす」
「いや、殿下が尽力してくださるわけでしょう?これは期待ができるんじゃないですかねえ?だって、わたしたちが陛下に頼んだ時には、陛下御自身が、日本サイドの人間が面会を希望していることを聖竜さまに伝えること自体に消極的で、ようやく書状を送ってもらっても、即、面会NGの返事でしたから」
「ああ、そうなんだ」
「この国の皆が、我々に聖竜さまを近付けないようにしてたのではないか、と思っていたのですが、そういうわけでもないんですねえ……」
「まあ、王さまだって、ビビっちゃうんじゃないですかねえ。だって、でかいじゃですか」
「でかい?大柄な方なんですか?」
「でかいでしょ。下手すりゃ、イメージ的に頭から丸かじりされちゃいそうじゃないですか」
「……?はい?」
石田も、真田も、勝道も、話が見えないような顔をしている。
ここで、わたしはもしかして――、と思った。
「もしかして、それも知らないんです、か?」
「何を、でしょう……」
ああ。やっぱり。日本の関係者が、全く知らされていない、気付いていないことを、わたしは偶然知ってしまったということだ。
聖竜さまが、ヒトではないという事実。
「聖竜さまは、――今の聖竜さまは二代目だけど、初代も二代目も、マジもんのドラゴンですよ」
しばし、一同の動きがぴたりと止まった。そして、だいぶ間をおいて、
「はいぃいいいいい!?」
皆が、特に石田が、大声を出して驚き、その勢いで立ち上がり、そして、すとんと腰を下ろす。
「ドラゴン?」
「おいおい。マジかよ。そんな話聞いてねえぞ」
勝道も驚いた様子で目を丸くし、真田もぽかんとしている。
「そんなことって……、ありますか?」
まだ呆然としている様子の石田に、わたしは改めて言う。皆が慣れ切って忘れかけている事実を。
「ここは、異世界ですよ」
石田が、その言葉に、ああ、と小さく声を漏らした。
「ぼくも、これ、昨日イトゥーカ大司正さんに教えてもらって初めて知った。石田さんたちが知らなかったんだったら、そりゃあ、もらった資料に書いてないわけだ」
「じゃあ、ドラゴンが日本と異世界を繋げちゃったわけですか?」
と、真田が言う。わたしは、果実酒を一口飲んで、
「繋げちゃったんだねえ」
と答えた。そして、昨日イトゥーカ大司正に教えてもらったことを、皆に伝えた。
「その昔話、真実が含まれてたってことですか?」
真田が信じられないといった表情で言う。
「おいおい。じゃあ、この世界で人間が繁栄できてるのって、その、頭にいいドラゴンたちのおかげっていうことじゃんか」
勝道がそう言った後、石田がぼりぼりと頭をかきながら、自分で考えを整理するかのように言った。
「そうか、だからか。何だか、聖竜さまの話題になると、デューワ側と話に齟齬が感じられたのは……。こちらは人間だと思って話をし、あちらはドラゴンとして話をしていたのか。でも、だとしても、デューワ側はどうも、日本側が聖竜さまに接触するのを快く思っていないのは事実ですよ」
「聖竜さまは神さまみたいに扱われてるし、人間の政治やもめごとに対して関わらないみたいだし。だからでしょ。ただ、イトゥーカ大司正さんも、ティオの病気を治すためだけに日本との間に扉を開いたことには、驚いてたねえ」
「つまり、殿下は聖竜にとっても、特別な方だと?」
「うーん、まあ、確かなことは言えないけれど、そんな感じです」
「そうですか、成程……。それにしても、ドラゴンですか。我々は、国の象徴のような方を想像していたんですが、これは、考え方を見直さなくては」
「ここは異世界なんだってことを、忘れないようにしないといけないんですよ。やっぱ」
と言ったのは勝道。空飛ぶバカでかいドラゴンを目撃しているだけに、その辺はしっかり胸に刻んでいるようだ。石田がうん、自分に納得できるように頷き言った。
「ですね。全くです。しかし、ドラゴンに会って、どうします?コミュニケーションは、ああ、取れるのか。王家の願いを聞き届けているわけだし。それに、王家の酒宴の席には顔を出すわけですしねえ」
「しゃべるそうです」
「やっぱりしゃべりますか。まいったなあ。ドラゴンに面会できても、何を話すべきか……」
石田が悩み、頭を抱えた。
「無理に、接触しなくても良いんじゃないですかねえ。だって、聖竜さまは政治には関わらないわけですし……。あ、ダメか」
と、わたしは口にした後、すぐにそうもいかない、日本側の事情を思い出した。そう。一つ、どうしても聖竜と会って聞かなければならないことがあるのだ。
「キューブか」
「そうなんですよ。キューブについて訊きたいことが山ほどあるんですよ。どうあっても、会わなければいけない最重要人物、だったんですよ。それが、ドラゴンって……」
「とりあえず、ぼくが会えたら、どんな人……、ってか竜だったか、教えてあげますから」
「食われんなよ、お前」
「ぼくが食われるときはお前も一緒だ」
「それにしても……、ドラゴンかあ……。この世界は、本当に我々の常識が通じない」
今まで、『聖竜』という、役職や、位のようなものに就く皆の尊敬を集める『人間』を想定してた、日本の官僚コンビにとって、実はドラゴンでしたというオチは相当ショックだったようだ。
背広を着て、ネクタイを締め、難しい外交に携わってきた、外務省のエリート官僚が、自分の経験を武器に、立ち向かう相手がドラゴンとは。勝ち目はあるだろうか。
……。無理だな。とわたしは思った。
キューブは宝の箱だ。我々の世界にどれほどの恩恵をもたらすか分からない。だからこそ、その全てを知りたい。
キューブについて教えてほしいと願ったところで、あっちはドラゴン。人間に何で教えなくちゃいけないんだと言われれば、どう反論してよいものか。人間相手なら、交渉のテーブルにたどり着くことさえできれば、時には取引を、時には脅しをと、いくつか交渉の手段を状況に応じて選べるが、ドラゴン相手に、何をどう交渉するべきか。
わたしも考えてみたが、有効な手段など、何も浮かばなかった。
と、言うか、ぼく自身、会って何を聞こうか。共通の話題は……、あるかなあ。下手なことを訊いて、ご機嫌を損ねた瞬間に、マジでばく!っと食われたりしないよな。
ふと、姉の言葉が頭の中で再生される。
――怪獣に食べられちゃったりしたら、いやよ。
やべ。何だか、怖くなってきちゃったぞ。まあ、そんなことにはなるまい。多分。うん。きっと大丈夫。うん。
それにしても、石田のように難しい外交問題に直面している者たちには悪いが、本当に聖竜と会えるのだとしたら、それはそれで、ちょっと楽しみでもある。
竜だ。ドラゴンだ。神話や昔話はもちろん、漫画や、ゲーム、そしてラノベにも登場する、誰もが知る存在。時に味方として、時に適役として、時に主人公たちの願いをかなえる存在として。様々な役回りで登場する、名物キャラが、こちらの世界ではごく当たり前ののように存在している。
聖竜ガッサンさまは、神さまのように崇拝の対象とされているが、そんなドラゴンも、物語の中にはたくさん登場する。そして、人間を簡単に蹂躙する、恐ろしいドラゴンも。
怖い、という思いの奥から、踊るような感情が湧き出てくることを、抑えきれない。
どうやら、わたしは、わくわくしているようだ。まだ、会えるかどうか分からないというのに。
わたしは、酔いも回って来て気分がよくなり、まだ見ぬ聖竜ガッサンさまをイメージし、
「ドラゴンかあ……。格好いいといいなあ……」
と、言葉を漏らした。
「そう!!ドラゴンはカッコいいのです!!」
突然、大きな声で言葉を発した客がいた。わたしは、驚いて飲み物を吹き出しそうになる。
「君!分かってるね!ドラゴンはイケてないといかん!いかんのであります」
声を高らかに話しかけてきた人物、見れば、日本人だった。よれよれのシャツを着て、薄汚れたズボンをはいた、ぼさぼさ頭の太り気味の三十代くらいのメガネをかけた男性である。
大分飲んでいるようで、顔が赤い。
「お?石田氏!石田氏ではありませんか!」
「あ、柳君。ご機嫌だな」
酔っ払いの男は、石田を見つけると手を上げて話しかける。どうやら知り合いのようだ。
「ああ、霞ヶ城さん。この人が、あなたと同じ指摘をした私の友人ですよ」
最初、頭に?マークが浮かんだが、すぐに思い出した。
わたしたちが住む世界と、異世界デューワがある世界。あまりに類似点が多すぎる二つの世界。これだけ同じものが多いのは、偶然では説明できない。
――誰かの力が介入したとしか考えられない。
と、わたしは石田に言った。そして、そう考えている人物が、自分の友人にもいると石田は口にしていた。
それが、どうやらこの酔っ払いのようだ。
「柳理君です。高校時代からの友人でして。このデューワのある異世界を調査研究するチームのメンバーです」
「異世界調査研究チームの柳であります!」
柳は、自分の名を名乗ると、びしっ!と背筋を伸ばし、手をこめかみあたりに持っていき、敬礼のポーズをとった。
「霞ヶ城と言います」
「よろしくー……、っね!と、んーと、名刺名刺、あれ?鞄が無いのでありますなあ?」
「あんた、今日は鞄を持ってきてないじゃない」
と、柳の隣にいる女性が指摘した。髪が長くスレンダーな女性だった。
「ああ、わたしも、柳さんと同じチームの牧野です。ごめんなさいね、酔っ払いが絡んじゃって」
「いえいえ」
「柳君、一緒にどう?ちょっと話が訊きたいんだけど」
「はいはい、喜んで。失礼しますよ」
柳は我々と同じテーブルに着くと、手を上げて店員に、
「お好み焼き一丁、持ってきてー!!」
と叫んだ。店員が、あいよと答える。
お好み焼きは、この店の店主が、日本人街で店を開いている日本の料理人に頭を下げて教わった、この店の看板メニューだ。ほぼ、デューワの食材だけで作られている。
お好み焼きのソースだけは、いくら頑張ってもその味を超えることができなかったということで、日本街のスーパーで仕入れている。しかし、店主はあきらめない。お好み焼きに合うソースを独自開発するために、日々、研究しているらしい。
店のメニューを見れば、お好み焼きだけでなく、オムライス、カレー、ぶたの生姜焼きなど、日本でもおなじみの料理名が書いてあった。
「今度、ラーメンを出したいのよねー。日本人好きっしょ?しめのラーメン」
と、店主が言った。
「柳君。何か新しい発見はあった?」
「それがぜーんぜんなのですよぉ!分からないことが増えただけ!あははははは!!」
分からないことが増えた。その割には、柳は悲観するどころか、やたら嬉しそうだった。
「でもねえ、楽しいのよねー。分からないことがいっぱいあるということは、考えることが沢山あるということでしょ!?飽きないよねえ!あはははは!しかも、大学の研究室で、少ない予算でちまちま研究していた時とは大違い!予算はしっかり出るし!」
石田によると、日本は異世界の理解を深めるために、各分野から人員を集めまくって『異世界調査研究チーム』を結成した。
異世界とは何なのか。異世界の地質、環境、気象、生態系、歴史、文化、あらゆる分野を調査するチームで、足りない人員は海外からも多く招聘した。
この柳と牧野も、そのプロジェクトチームに参加していて、日本街の研究施設で働いている。
柳は、運ばれてきたお好み焼きを、美味そうにぱくぱく食べながら、
「石田君、それから、ええっと誰さんでしたっけ?」
と、わたしたちを見て言った。
「霞ヶ城です」
「はいはい、霞ヶ城さん。ほら、ドラゴン。ドラゴンですよ!」
と、柳はスマホを取り出して、わたしに画像を見せた。そこには、二頭のドラゴンが写っていた。
オヴィーという名の、この辺りでよく見かけるドラゴンだ。
石田の資料にも載っていた、頭から尻尾の先までおよそ1m50cmほど。鳥のようなくちばしと、頭のてっぺんの飾り羽が特徴の小型のドラゴンだ。穏やかで、人を襲うことはほぼ無い。襲われたとしても、このくらいの大きさならば大したことにはなるまい。
「このドラゴン、今僕の一番のお気に入りなのですよ。可愛いでしょ?」
「おおー。これは、草食?」
わたしの質問に答えたのは、牧野の方だった。
「いや、雑食。主に植物の葉っぱや実なんかを食べてるんだけど、昆虫なんかも食べるわね。わたし、こっちの生物の調査に来てるんだけど、専門が昆虫でね」
牧野は、ビールを飲みながら続けた。
「柳さんは、物理が専門のくせに、わたしのフィールドワークにくっ付いてくるのよ」
「物理?」
「ああ、そうなのですよー。キューブの謎とか、魔法の法則のとかの解明を目的にこっちに来たんですけどねー、ぜーんぜん分からんのですよ。で、気分転換に、牧野さんや、森田さんの仕事にくっ付いていくわけですよ。まあ、こっちには面白い生き物が、ドラゴンの他にもてんこ盛り。ちっとも飽きないのです」
「森田さん?」
「森田さんは、地球科学の学者なのですよー。地質調査のためにあっちこっちの山に入って行くので、くっ付いていくのです」
森田という人物は、話によると、異世界調査研究チームの中心人物で、デューワの地形や地質の調査データを集め、現在日本にそのデータを持ち帰っているらしい。
「この世界は分からないことが山盛りてんこ盛り。だから、この異世界は面白いのです!」
顔を真っ赤っかにして、柳はにこにこ笑った。
「何せ、ここが、デューワのあるこの星が、どこにあるかすら分からないのですよ?我々の住む銀河系にあるのか、それともほかの銀河系にあるのか、はたまた、違う宇宙にあったりしちゃうのかも知れませんねえ?不思議がいっぱい!不思議は最高のおもちゃなのです!僕は忘れていた子供の頃のワクワクを、取り戻した思いです!」
酒をぐいっと飲み、柳はまた満面の笑みを見せた。それは、本当に子供のように無邪気な笑顔だった。そして、しみじみと言葉を発する。
「本当に、この世界は素晴らしい……」
この世界に、直に触れて、調査し、研究し、分からないと頭を抱えつつも、素晴らしいのだと言えるほどに、柳は魅了されたのか。
わたしも、彼のようにこの世界を素晴らしいと言えるほどの何かに、触れることはできるだろうか。
わたしがそう思っていたところ、再び柳言葉を漏らした。
「女の子」
「……、は?」
「女の子が皆可愛いのでこの世界は素晴らしい!」
柳は勢いよく立ち上がり、拳を振り上げて言った。
「そこ!?」
「皆美人、可愛い!そして僕にも優しい!」
「あ、気にしないでくださーい。この人酔っぱらうといつもこんななんで」
牧田がわたしたちに言った。
「理系の、しかもずっと研究室に閉じこもっているような男は、合コンに行っても、女の子が見向きもしてくれないのです……!でも、この世界の女の子たちは、皆、僕のような者にも、日本から来たというだけで優しくしてくれる!なんて素晴らしいんだ異世界!!僕はこの世界に骨を埋めてもいい!異世界サイコー!!猫耳ばんざーい!!」
つい十数秒前まで、彼にちょっと感動していた自分が恥ずかしい。こいつはただの酔っ払いだ。
大分べろんべろんになり、ろれつが回らなくなって少し眠そうな瞼になってきた柳に対して、石田が言った。
「柳君、この霞ヶ城さんは、この国を旅してまわるんだよ」
この言葉に強い反応を見せたのは、柳ではなく、牧野だった。
「マジで!?観光?そんな旅行ツアーでもできたの!?」
「いえ。仕事を兼ねてでして」
わたしは、ことの経緯を二人に話した。
「ふえー……。お姫さまに招待されてこっちに来たんだあ」
「まあ、色々あってそうなりまして」
「旅するって、どの辺を?」
「ジョーガ湖、ジョーガバーズ周辺から、北の山間部に回ります」
「ほー。ジョーガバーズは行ったけど、その北の山にはまだ行ってないなあ」
お?ジョーガバーズに行ったとな?これは、事前に軽くリサーチをしてみるか。
「どんなとこでしたか?」
「うん。湖を舟が行き交って、街道も通ってるから色んな物が集まって賑わってたよ。市場は見てて飽きなかったね」
「やっぱりそうですか」
「今、調査チームの生物担当のスタッフが何人かジョーガ湖の生物を調べてるわ。結構面白い生き物がいるみたい。しかも、食べておいしいやつね」
「ほー……」
「わたしは、昆虫の専門だから、水棲昆虫のデータしか回ってこないけど、でっかいザリガニがいるのは知ってる。食べたから。美味しいよ」
「ザリガニ?」
ザリガニか。確かに食べられるが、スルメをくくりつけた糸で釣った記憶が強く残っているだけで、味の想像がつかない。エビみたいな味がするのだろうか。これは確かめねばなるまい。
「そうだ!山の方に行くのよね?」
「はあ」
「タガメ!」
「タガメ?」
「そう、タガメがいるらしいのよ!知ってる?タガメ!」
もちろん知っている。水棲昆虫で、田んぼなどに住み、大きなカマのような前足で食べ物となるカエルや魚などを捉える、あのタガメだろう。しかし、実際に見たことは無い。
「知ってますよ。見たことないけど」
勝道が言う。
「知ってるか?ペットショップじゃ安くても数千円はするぞ」
「マジで?」
「こっちでも、稲作やってって、田んぼもあるんだけど、わたし、まだ行けてなくって。田んぼとか、ため池とかにいるらしいの!見つけたら教えてよ!」
「はあ」
「日本でも天然物は滅多にお目にかかれないレアものよ?こっちのタガメはどんなかしらね?あー、会いたいわあ!」
正直分からん。その道を極めんとする専門家は、どこかおかしな者が多いが、どうやらこの牧野という女性も多分に漏れず、しっかりとおかしいようだ。
「あと、カブトムシ!トンボにチョウ!」
「つまり、何か面白そうな虫を見つけたら、写真に撮ってそっちに送ればいいんですね?」
「そう!話が早くていいわ!これ、わたしの連絡先ね!」
牧野はそう言って名刺を差し出した。名前の下に、スマホの番号とメールアドレスが書いてある。わたしも、連絡先を書いた紙を渡す。牧野はそれを受け取ると、
「ありがとう、わたしも何か面白そうな話があったら教えるから!」
と言って笑った。彼女の昆虫知識が旅の役に立つかは分からないが、色々な人との情報のやり取りは、何かと役に立つかも知れない。
「あ、自分!自分もお友達になりたいのです!」
柳もスマホを取り出した。柳のスマホにわたしの連絡先を送信する。すると、わたしの目の前にすっと別のスマホが差し出され、女の声がした。
「わたくしも、連絡先の交換、お願いできまして?」
「はいはい……、はい?」
声のした方を向くと、そこにはおっぱいがあった。
「お……、おおう!?」
しかも、並みのおっぱいではない。それはそれは大きくて丸くて、立派なおっぱいだった。
「おおおおっ!?」
勝道も、口をぱくぱくさせて、あっけにとられていた。
「こんばんは。霞ヶ城先生ですわよ、ね?」
わたしの名を呼んだ女は、美しい顔に金髪、抜群のスタイルに、それは水着か下着か?と突っ込みたくなるほど、布の面積の少ない服を着ていた。はっきり言って、大事な部分以外丸出しと言ってもいい。ぷるんぷるんした胸から視線を下げると、むちっとした素敵なふともも。
これは、素晴らしい……。
ふとももから視線を外せないわたしに代わって、勝道が訊く。
「だ、誰?」
金髪ふとももさんが答える前に、柳がわたしに詰め寄った。
「ずるいですぞ!カスミンー!僕に黙っていつの間にこんな素敵な人とお知り合いになったのですか!」
「カスミン?」
いや、いつの間にって、あんたとだって、ついさっき知り合ったばかりだろうに。
「ぼぼぼ、僕にもこのおっぱいさんを、おっぱいさんを紹介して欲しいのです!否!紹介すべきです!!さあ、おっぱいを紹介しなさい!」
「はいはい!わたしも揉みたいです、このおっぱい!」
牧野がまさかの参戦である。顔が赤い。酔いが回っているのか。かくいうわたしも軽く酔っている。その酔いがわたしをおかしくさせている。そう。酒のせいなのだ。
「ええい!おっぱいおっぱい言うでない!この酔っ払いどもめ!ふとももに失礼であろう!見ろ、この素晴らしいふとももを!おっぱいに全く引けを取らない輝きを放っているではないか……!」
もう一度言う。わたしがちょっとおかしな発言をしているかも知れないが、あくまでも酒のせいである。
「ぬぬ!!た、確かに、これは、これはあああああ……」
いかんいかん。待て待て。おっぱいだふとももだと連呼して言い合っている場合ではない。
「ええっと、ふとももさん……、じゃないや。お姉さんは、どちら様で?」
と、謎のおっぱいふともも女を見上げると、その顔立ちに違和感。整った輪郭、大きく美しい目、ぷるぷるの唇、長い金髪、とがった耳。とがった耳?
「エルフ!?」
「はい。エルフのアゼルと申します。以後、お見知りおきを」
うむ、見知りおきましょう。
「いやあ……。エルフの方とお会いするのは初めてです。美人が多いと聞いていましたが、本当ですねえ……」
わたしが、歯の浮いた台詞を述べると、一同も頷く。酒に加え、エルフのお姉さんアゼルの魅力にぽうっとなっていると、石田がわたしの耳元で囁いた。
「この方……、娼館の人です」
「しょうかん……。んん!?」
娼館。つまり、娼婦がいる館。金をもらって、自分の身を売る女たちがいる場所。
「マジですか?」
と驚くものの、このエロス極まりない格好を見れば、納得である。アゼルが、ぷるんとした唇を動かして、なまめかしく言う。
「はい。カブブン街の西の端、『赤い蝶の館』に在籍しています、古株の娼婦、売春婦、ですわ」
「おお……、おおー……」
日本なら、売春をしているとなれば、すぐに取り締まられてしまうだろうが、ここは異世界である。違う世界の違う国。しかも、国が娼館の営業を許してしまっているのだから、わたしがとやかく言うべきではない。こちらの、娼婦に対する感覚が、中世に近い感覚なのだ。日本と交流を持つことで、この感覚の違いが問題になってくることになるかも知れない。
かつてヨーロッパなどで、金持ちや貴族が、高級娼婦のパトロンとなったが、入れ込み過ぎて金を失って破滅した者も少なくなかったという。
ヨーロッパの娼婦たちの美しさがどれほどのものだったかは、想像するしかないが、目の前のセクシーが爆発しているアゼルの姿を見れば、破産しても構わないという男は、いるだろうと思う。
店主が、椅子を持ってきて、アゼルに勧めると、アゼルは礼を言って腰を下ろした。そして、店主は何も言わずに、グラスに酒を入れて、アゼルの目の前に置く。
「え、ええっと……。アゼルさんはぼくのことを知っていたみたいですが、それは何故?」
「先生、わたくしのことはどうぞ呼び捨てに。アゼルで結構ですわ」
「はあ……。では、そちらも先生は無しで。苦手なんですよ。先生って呼ばれ方」
わたしがそう言うと、アゼルはくすっと笑った。
「可愛い。では霞ヶ城さん、でよろしいかしら」
「はい」
「実は、霞ヶ城さんが、この辺で飲んでるって聞いて、どんな方なのかしらと様子を見に参りましたの」
「はあ……。よく分かりましたね」
「館の主。レニの耳には、この町で起こったことはすぐ耳に入りますから」
「レニ、さん?」
「レニ……?どこかで聞いたような……」
牧野と柳が、聞き覚えがある名のようで思い出そうとしている。牧野たちが思い出す前に、わたしにその名の持ち主について教えてくれたのは、ヴァンドルフだった。
「この街の、顔役ですな」
「顔役……、というと……、ボス?」
「のようなものです。実際、この町に住む者は皆、どんな乱暴者もレニには頭が上がりません」
アゼルが、ヴァンドルフの言葉に頷いた。
「はい。その通りです」
「ほえー……」
「まあ、レニはこの街ができたころからいる、最古参の女ですから」
「この街ができたころからって……、下手すりゃ百年以上前からってことなんじゃ……」
「はい」
柳が突っ込んだ。
「ばあちゃんじゃないですか!」
「歳だけで見れば、ですね。彼女もエルフですから。長寿なんですよ。エルフって。見た目の印象はわたしとそうは変わりません」
マジか。エルフと言えば、物語やゲームの中では人間よりもはるかに長寿で、ずっと美しい姿のまま、という設定も多いが、百をゆうに超えていても、お美しいままだと?日本の女たちが聞いたら、何と言うだろうか。て、言うか、アゼルさんは、おいくつ?
「そ、それは、すごいっすね。娼館の主ということは、その方も……?」
「ああ、レニは、館に住んでいるだけで、客は取りません。この街の、最低限のルールと、この街でしか生きられないような女たちを守るのが役目。そのレニの耳に、霞ヶ城さんが来ているようだと噂が入り、わたくしに、様子を見て来い、と」
はて。この街の顔役たる、レニというエルフ。そのレニが、わたしを気に掛ける理由が思い当たらないのだが?そう、アゼルに言うと。
「ファン――、なのです、レニもわたくしも。霞ヶ城さんの作品の」
「作品?何ですかゆっきー、作品とは!」
「カスミンじゃなかったのか!」
「ほら、柳さん、さっき聞いたっしょ。霞ヶ城さんは、小説家なんだって」
「文学ですか!ロマンチックラブストーリーですか!らぶとは卑怯ですぞゆっきー!そんなもので女の人の人気を独り占めとは!」
酔っ払いは放っておく。
「上映会にも、行かせていただきました」
「それはどうもありがとうございます」
レニは、わたしの手を取ると、そっと一枚カードを載せた。真っ黒のカードに、赤い蝶の絵が描かれていた。
「このカードを見せて、アゼルの紹介だと言えば、この街のどこにだって入れます。もちろん、わたくしがいる館にも」
「館!?」
館というと、つまりアレする場所? アゼルが、耳元でわたしに囁く。
「くすっ。――お望みとあれば、誠心誠意、サービスしますわ」
「せいしんせいい……!!」
いやあ、お高いんでしょ、きっと。いやいや、そんな問題ではない。わたしが、さて、どう反応した者か、考えあぐねていると、アゼルはいたずらっぽく笑い、続けて言う。
「くすくすっ……!霞ヶ城さんは、この国を色々見て回るおつもりなのでしょう?」
「はあ」
「では、もしかしたら、わたくしたちがお力になれるかも。会いたい方、行きたい場所があっても、難しいと思われたなら、ご連絡を。何とかしてみせましょう」
アゼルがこちらに笑顔を見せながら、はっきりと言った。
「例え、この国の王であったとしても、面会できるように、取り計らって御覧に入れます」
「……。それは……。顔役のレニさんはそんなにすごい力を持ってるんですか」
アゼルは、笑顔を見せるばかりで明言は避けた。
「もっとも、ティオリーナ姫がついておられるのでしたら、わたくしたちの力など、無用かもしれませんね」
「は、はあ」
「では、霞ヶ城さん。連絡先を――」
再びスマホを見せたアゼル。異世界でエルフがスマホを持つというのも、なかなかおかしなものだと思う。しかし、まあ、カブブン街のパスをいただいておいて、連絡先を教えないというのも、失礼な話だ。わたしはスマホを取り出し、アゼルと連絡先を交換した。
それにしても、アゼルの身体から漂う香りは、それはそれは甘くかぐわしい良い香りだった。鼻をひくひくさせながら、鼻の下がびろ~んと伸びる。
そんなわたしに。
ばちこ―――――――ん!!!!
「ふぎゃ!!」
酒の空瓶がぶち当てられた。衝撃で、椅子から転げ落ちる。
「いっだ――――――――っ!!なんだぁ!?」
「あら、姫さま」
アゼルが驚いた様子で店の入り口付近を見る。
「ひめ!?」
この国で姫と言えば……、ティオ!?慌てて入口の方を見ると、そこにいたのは、
「なーに鼻の下伸ばしてんだ、やらしい顔ばしてこのばかたれ!」
「ああ!プリン泥棒!!」
以前、わたしが宿泊していた東京のホテルの部屋に、勝手に上がり込み、散々わたしに強い酒を飲ませた挙句、わたしが買ってきたプリンを食って、とんずらかましたエロい女だった。
いや、待て、姫とか言ったか?
「姫?あんたが?」
「そうだ、敬え」
プリン泥棒を敬えるか。プリンの恨みはでかい。
「まあまあ、姫さま、わざわざのお出ましで?霞ヶ城さん、こちら、望月姫さまです」
「モチヅキヒメ?」
望月とは確か、満月のことではなかったか?
「ここでは、そう呼ばれているんだず」
「ああ、もう、姫さまったら、待ってぇん」
もう一人、人がやって来た。アゼルや、プリン泥棒――、望月姫と呼ばれるエロい女と比べても、全く引けを取らないこれまたセクシーダイナマイツな女だった。その三人目の美人に、アゼルが言った。
「あら、レニ」
「レニ!?」
わたしを含めた一同が驚いて声を上げた。レニとは、この街の顔役、ボスではなかったか?そのボスに『姫さま』と呼ばれるこのプリン泥棒は何者だ?
「あんた一体誰なんだ?」
わたしの質問には答えずに、望月姫は懐から小さな袋を取り出すと、店主に放り投げた。
「店主、酒だ!酒!ありったけ持ってこいず!」
「あらあら、姫さま、お金ならわたしが出すのに」
「今日はわたしのおごりだ、みんな飲め!!」
店主は、三人分の座席を我々のテーブルに用意すると、すぐさま酒を大量に運んできた。望月姫は、わたしの右隣にドカッと座ると、ぐびぐび酒をあおり始める。
「お前も飲め、雪鷹!もっちーのおごりだぞ♪」
「誰がもっちーだ!」
「お前が来てるから、こっちもわざわざ出向いてきてやったんだ、今日はとことん付き合ってもらうかんな」
「はあ?」
「まあ、姫さまったら、霞ヶ城さんのことがお気に入りですのね」
わたしの左隣に腰掛けた、カブブン街の顔役レニが笑いながらわたしのグラスに酒を注ぐ。
「こいつがさあ、結構いいモン持ってんだず」
「ふぎゃあ!!」
望月姫がわたしの股間をぎゅうっとわしづかみ。げらげら笑う。今、気付いたが顔が相当赤く、酒臭い。こいつ、すでに相当酒をかっくらっている。
「お前、まさか……、いつの間に……」
勝道たちが、白い目でこちらを疑って見ている。わたしはぶんぶん首を横に振って、
「ないない!何も無いぞ!マジで!まーじーで!!」
と否定するも、望月姫から容赦ない攻撃がくり出された。
「おらー、雪鷹、脱げー、脱いでみんなに見せてやれー」
「いやあああ、やめてぇえええ!」
素早い動きでわたしの服をはぎ取った望月姫はさらに高らかに笑う。
「ぷはははははっ!見ろレニ、アゼル!ぷははははは!!」
「あらあら、これはなかなかですわね」
「姫さまったら、もう♪本当にお気に入りですのね」
勝道が、わたしのあられもない恥ずかしい姿を見てげらげら笑って、スマホを取り出している。やめろ!何をする気だ!
「ぎゃははははは!こっち見ろ雪鷹!ほれ、ほれ!」
友達のくせに助けるどころかわたしの痴態をスマホに収めようとする勝道だったが、望月姫がちらりと勝道に目を向けた。
「ほ、っほー。こっちもなかなかでねえべか?」
「へ?」
望月姫は驚くほどに素早い動きで勝道の背後に回ると、すぱーんと勝道の服を脱がせた。鍛錬を積んだ勝道の後ろを簡単にとるとは、恐ろしい女だ。勝道が、悲鳴を上げた。
「は?いやあああああっ!!」
「あらあら、こちらの方は相当鍛えていらっしゃるのね♪」
レニとアゼルが鍛え上げられた勝道の肉体に目を輝かせている。牧野までちゃっかりその裸体を目に焼き付けていた。さらに望月姫の暴挙は続く。
「ん?こっちの男どもも、ぼさっとすんなず。脱がんかーい!!」
「ぎゃああああ!!」
石田と真田まで、あっという間に脱がされ悲鳴を上げた。
「ちょっとお姉さん!どうして自分は脱がせてくれないのですか!」
一人相手にされなかった柳が涙ながらに訴える。
わたしたちは皆、望月姫にひんむかれ、訳が分からなくなるまで酒の相手をさせられた。
実に恐ろしい夜だった。
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