第14話 異世界だけど、回転寿司
「うまっ!!」
我々はお姫さまのお誘いで、上映会が行われた劇場を後にして、日本街にある回転寿司店に訪れ、カウンター席で昼食をとっていた。
異世界にまで寿司屋を作ってしまう日本人の行動力と技術力の高さには、素直に感心する。
何故、寿司なのか。何故、しかも回転している寿司なのか。
お姫さまの希望である。せっかく城下に出てきたのだから、日本街で昼食をとりたい。そう、夢にまで見た、あの回転するお寿司を食べたい!
お皿が回るなんてすてき!!
とばかりに、回る皿を見つめるお姫さまの瞳は輝いていた。
「――姫さまに、以前日本で回転寿司のお店に行った時の話をお聞かせしてしまったばかりに、このようなことに相成りました」
と、アルアは慣れた手つきで湯呑にセルフサービスの緑茶を作り、お姫さまに渡しながら言うのだった。確かに、高級寿司店ならいざ知らず、このような庶民の味方、回転寿司店にお姫さまのようなやんごとないお方が、そうそう足を運べるものではないと思う。だいたい、日本を代表する食べ物、寿司がレーンに乗って客の目の前を移動するのだ。これは、冷静に考えれば、なかなかの珍妙な光景である。日本に訪れる外国人も、素晴らしいと絶賛するそのさまを、お姫さまも体験してみたいと思っても無理はない。
「えっと、まず、何をいただいたら良いでしょう……?」
お姫さまの目の前を、レーンの上の皿が通り過ぎていく。白い皿の、ふちが赤いものが日本産の魚を、青いものがデューワ産の魚を使った寿司となる。一皿50ピナ。ピナはデューワの通貨リントの補助通貨で、百分の一リントとなる。皿が金のものは、ちょっとお高め。一皿1リント。春風が、流れてくる皿を指差し、
「マグロ、マグロ!やっぱマグロっしょ!」
とお姫さまに言う。アルアがお姫さまの代わりに皿を取ろうとするが、お姫さまが、
「いいわ、アルア。自分で――」
と、手を伸ばしてマグロの乗った皿を取る。お姫さまは、手で取った寿司を満足そうに眺め、テーブルの上にそっと置く。割り箸を手にそっと寿司をつかみ、ちょっとだけ醤油を付けて、ぱくっと口へ。
「ふうんんんん……」
ワサビが効きすぎたか?皆がどきどきしながらお姫さまの様子を見守る。
「美味しいですね!」
ほおお……、と皆が声を漏らした。春風は、デューワ産の魚を中心にばくばく食べている。メニューを開くと、寿司の名前、写真、ネタの元になった魚のイラストまで丁寧に載っていた。春風が美味いと言っていたのは、『ジョゴ』と呼ばれる、デューワ近海で捕れた魚で、太いサンマみたいな姿をしている。これが確かに旨い。寿司の見た目もサンマに似ていておろし生姜が乗っている。味もかなり近い。ジョゴは、庶民にも広く親しまれた魚で、通常は揚げたり、蒸したり、スープに入れたりして食卓に並び、生で食べることはほぼ無いとのことだった。
お姫さまは、上機嫌で皿を取って寿司を堪能している。アルアの様子を見ると、玉子が好きだと言っていた通り、玉子を口にしていた。
「お姫さま、それ美味しいよ!軍艦巻き」
春風が、流れてくるマグロの軍艦巻きを指差して言う。
「春風、お姫さまに対して、口の利き方をもうちょっと丁寧に」
わたしは、小さな声で春風をたしなめた。ちまりも、口いっぱいに寿司を頬張りながら、そうですよと頷いている。春風が、おっと、と口を抑えた。しかし、
「春風さん、良いのです。わたくし、同じ年ごろのお友達が、あまりいなくて……。春風さんには、是非お友達になっていただきたいと思っていて……。ですから、しゃべり方も、春風さんの普段通りで結構です。連絡先も交換したことですし」
と、お姫さまが春風に言う。春風の表情が、ぱあっと明るくなる。
「じゃあ、わたしのことは春風でいいよ。『さん』はいらないから。お姫さま」
「で、では、わたくしのことはティオと。わたくしも、『さま』入りませんから、ね?春風」
お姫さまが、ちょっと照れながら、それでも嬉しそうに言う。春風も、へへへ、と嬉しそうに笑う。ここに、異世界間の、さらに身分差を超えた友情が結ばれたのである。めでたい。わたしは、お茶をすする。春風の天真爛漫さがお姫さまを振り回さなければいいなあ、でも、ちょっと面白いかも知れん、と思いながら――。
「――霞ヶ城さまも、わたくしのことはティオと。お呼びください……、ね」
え?何?ぼくもっすか?
どきっとして横を見ると、恥ずかしそうにちらっとわたしを見るお姫さまがいた。反対側から、嫌な視線を感じる。ふふぅん、と、鼻を広げ、にんまりと笑っているであろう春風とちまりにむかつく。
これはあれだ。下手に動揺すれば、春風たちに後で馬鹿にされる。滅相も無いと断れば、回転寿司にときめいていたお姫さまの心を、大いに傷付ける恐れもある。ちょっと離れた所に目をやれば、黙々と寿司を食べながら、口元が緩む官僚コンビ。我らが姫に、恥をかかせるなよとばかりにこちらを横眼でしっかり見ているデューワ勢。
分かってますよ。ええ。分かってますともさ。
「――はい。では、そのように呼ばせていただきます。ティオさま」
これでどうよ。
官僚コンビが、さらに嫌な笑みを浮かべる。――ははん。根性なしめ。心の声が聞こえるようだ。
はあ?何よ、何か問題でもありますか?
そう言いたかったわたしに、ずばん!と異議を申し立てたのは、そのお姫さま本人であった。
「『さま』は、いりません。ど、どうか呼び捨てで願います……」
ちょっと上目使いでわたしを見るお姫さまがいた。ちょっと、その潤んだ眼は反則。まつ毛ほんとになげー。
ええ――?マジでー?だってお姫さまですよー?しかも、春風より年下の女の子ですよー?日本なら女子高生、JKの年齢ですよー?
めっちゃ照れるじゃないすかー。
官僚コンビは、わたしから顔をそむけ、ぷるぷる肩を震わせている。笑ってやがるな貴様ら。
春風がわたしのわき腹をどすんとこぶしで突く。
友人として、わたしに、「兄ちゃん分かってんべな?」と釘を刺したのだ。妹よ、兄よりも女の友情を取るってか。兄ちゃんの立場もちょっとは理解してくれよ。
――まあいいか。腹をくくんべ。
「はい。では、そのようにお呼びいたしますね、ティオ」
お姫さま。――ティオがはにかみながら、目を細めてにっこり笑った。
「はい、
春風が、良しと頷く。デューワ勢も、うんとしっかり頷いた。ちまりが、にやあっと口角をあげる。
貴様ら、マジで楽しんでやがるな。
「ティオ、兄ちゃんのことも、名前でいいよ」
春風がもくもくと、寿司を食べながら言う。妹よ、食べながら話すな、お行儀の悪い。
「ええ!」
お姫さまが、目を丸くして声を上げた。今度は、ティオがうろたえる番だった。
「いいよいいよ、気にしなくても。わたしの兄ちゃんだもんたいしたもんじゃないって」
たいしたもんじゃない?まあ、そりゃそうだ。わたしは庶民。ティオは一国の王女。はなからわたし如きに対して気を使う必要など全く無いのだ。ところがである。
ティオが俯いてもじもじし始めた。
これは攻守交代?
「え、ええっと、でも……。男の方を、名前で呼ぶなんて……」
「いいよ、いいよ。わたしのお兄ちゃんだよ?気ぃ使う必要なんてないって。ねえ?」
春風が、周りに同意を求めた。ちまりも、再びにやあっと笑う。
「ですよねー。気を使わなくちゃいけないような大層な人じゃないですよねー。もう、ばんばん名前で呼んじゃってください。てか、これってめっちゃ光栄なことなんじゃないすかねー、先輩」
ちまりが、わたしをいじる機会に恵まれることはそうそうない。ここぞとばかりに楽しむつもりか。貴様、口の中にワサビを塗りたくったガリをぶち込んでやろうか?
「あの」
ティオがわたしを見た。わたしは、慌てず、柔らかさを心掛けて微笑み返す。
――どうぞ、お好きなように。
というメッセージを込めた笑顔である。あとは、ティオしだい。はっはっは。これぞ紳士の対応というものであろう。かんぴょう巻き、うめー。
「ゆきたか、さま?」
春風が即ダメ出しをする。
「『さま』は無しで!」
「ええ!?じゃ、じゃあ、ゆ、ゆきたか、せんせい?」
「あー、お姫さま。すいません、うちの霞ヶ城は『先生』と呼ばれることが苦手でして」
ちまりも、軽くダメ出しをする。貴様ら、いじっている相手が誰だか分かってやっているのだろうな。デューワ勢、何とか言ったらどうだ?わたしがそれとなく目で合図を送る。ところが、何だか、がんばれという感じの視線をティオに送っている。
「で、では、雪鷹さん……」
「『さん』も、いらないよねえ、兄ちゃん。もう呼び捨てちゃって!」
はいはい。どうぞお好きに。あー、寿司うめぇ。これは、ヒラメですかな?
ところがだ。ティオが真っ赤っかになって首をぶんぶん横に振り、あわあわうろたえる。
「お、男の人を、呼び捨てなんて、むむむ、無理ですー!!」
えー?こっちが呼び捨てなのに、そちらは『さん付け』ですか?いいのかなあ?
デューワ勢を見れば彼らは、頑張りましたね、姫さま!みたいな、温かい目で見ている。
春風とちまりが、この人可愛いなあ、と言いたげに生温かい視線を送る。
とにもかくにも、こうして、ティオのわたしに対する呼び方が決まったのだった。
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