第27話 カルホーニャの多分青い空
「今、砲弾の飛び交う中で、あの人の事を思います。若かった……あの頃の、あなたの輝くばかりの笑顔。幾筋かの涙。砲弾のように飛び交った二人の想い。刃のように交わされた言葉。寂しげな横顔……そういった思い出の一つ一つが、こんなにも大切な宝物だったんだなあと、感慨にふけりながら、私は敵兵の首を斬り落としています。そんな宝物を入れた、宝石箱のオルゴールみたいなこの曲、"ゆうべ"を……リクエストします。」
兜虫社中の曲では最もヒットしたのが、この曲だった。この美しい曲こそが、この残酷な場面に相応しく、映像のメッセージを雄弁に伝えてくれるだろう。イントロを聴いただけで、甚五郎の眼は潤み始めた。
♪ゆうべ あなたが 抱きしめた
わたしの 抜け殻が 朝露に溶ける
ゆうべ あたしが 抱きしめた
あなたという 夢が 朝焼けに消える
なぜ 思い出は美しく
なぜ この胸が痛いのか
ゆうべ 二人はくちづけて
二人だった日々に さよならをしたの
さよならを したの
(EDO著作権協会承認:ほの三十八番)
スクリーンに情景が浮かんだ。
硝煙と朝霧に煙った草原の遥か向こうから、
客席に向かって、高速度撮影でゆっくりと駆けて来る新選組隊士。
いや、今は甲陽鎮撫隊を率いる男たち、
近藤勇、斎藤一、土方歳三。
官軍のアームストロング砲の直撃が闇を切り裂く。
土煙が走り、3人の身体が木の葉のように吹っ飛ぶ。
刀を杖に、ようやく立ち上がった近藤を、
鏡獅子のような獅子頭をつけた官軍の兵士たちが、
十重二十重に取り囲もうとしている。
必死に追い縋る斎藤一と土方歳三が獅子奮迅の働きで、
官軍の兵士たちと斬り合って、これを倒すが、
戦っている間に、近藤を見失ってしまった。
何もかもが、悪夢の様な色彩と非現実感の中で……
「近藤さーん!!」
自分の声で、総司は飛び起きた。
「起きたか。」
斎藤が枕元に座っている。
「……いつ、EDOに?」
「さっき。」
「今、夢に、近藤さんが……」
「そうだろうな……」
「え?」
「お前にどう話そうかと思ってな。耳元で練習していた。」
「じゃ。今の夢は……」
「本当の事だ。」
「じゃあ、じゃあ……近藤さんは?」
嘘の付けぬ男は、黙って首を振った。
「そんな、まさか!」
「本当の事だ。」
「……土方さんは?」
「会津が落城してから、仙台に向かって、榎本釜次郎という男が率いる旧幕府の艦隊に乗った。……北海道にクニを造ると言って、函館へ行くらしい。夢のような話にも思えるが……"どうせ、EDOに帰っても、総司は会ってくれんのだろう。"と、そうも言っていた。」
「僕のせいですね……斎藤さんは、これからどうするんです?」
「実は、そのことだが……総司、俺と一緒にメリケンへ行かんか?会津で一緒に戦った平松武兵衛というプロシャ人が、会津の希望者を連れて、メリケンのカルホーニャという場所に移住するんだと、誘ってくれた。空が青くてな……こう、からっと乾燥していて何時でも晴れているらしい。お前の病気にも良いかも知れん。こんな日本など飛び出して、坂本さんではないが、”世界の沖田総司”になるのも良いんじゃないか?あっちで、ビルボードのヒットチャート1位になるような、大スターをめざすんだ。」
「斎藤さんが誘って下さるのは嬉しいけど……もう、私には、メリケンまで船に乗るほどの体力はないでしょうね……私はもう……これ以上に長生きしたいとも思いません。ただ……一つだけ、もし願いが叶うなら……」
「何だ?」
「イゾーに、逢いたいんです。」
斎藤の座っている側を残し、座敷の途中から半分に割れたセットに乗ったまま、総司の姿が消えた。差し変わった座敷の半分では、新政府の要人にして、MTHK大物プロデューサー桂小五郎が、恋人の芸者、幾松に膝枕をさせている。
「……と、いうわけで、ここは、新政府に睨みの効く放送担当プロデューサーである、桂先生にお願いするしかなかろうと考えました。このとおり、何卒お願いいたします。」
「……そりゃ、確かにイゾー……岡田イゾーは、こちらで確保してます。 "さよならEDO時代"って番組で、"幕末の殺人鬼=テングメン・岡田以蔵の公開処刑"というコーナーを企画してるからね……その以蔵が、昔馴染みの殺人鬼仲間"新選組の吸血鬼=沖田総司"と涙の再会……ま、それも、ある意味悪くないでしょうし、多少なりとも視聴率の足しにはなりそうな話には違いないわ……けど、あんたね。あんたは新選組でしょ?私が、『誰か』知ってるよね。あの『桂小五郎』ですよ。」
小五郎は笑顔だが、その眼は最初から、ちっとも笑っていなかった。
「もちろん承知の上です……恥を忍んでお願いに上がりました……何卒、」
斎藤は床に土下座して、頭を何度も床にこすりつけた。そこへ上から何かがバラバラと落ちて来た、煙草の吸殻と灰だ。
「あらあら、手が滑ってこぼれたちゃったわ……すみませんねぇ……」
それでも、斎藤は、顔を上げなかった。額を床につける。
「何卒……お願い致します。」
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