万延元年のビートルズ
@piyokichi_k
第1話 EDO時代最後の日
時は万延元年、徳川15代将軍慶喜の居るEDO城桜田門外から、ただ一発の銃声がEDO市街に響きわたった。
撃ったのはゴンゴの十三という腕利きの猟師、銃は熊射ち用の大口径の猟銃だった。弾丸は1200メートルを飛んでカーゴの中の井伊大老の頭部に命中、その上半分を吹き飛ばして命を奪った。護衛の武士たちも一瞬の出来事に為すすべも無く、責任者の三島由岐之進が腹をかっさばくと、皆、夕陽に向って飛ぶ雁の群のように雪上に並び、次々と刃を立てた。
昨夜から降り積もった雪を侍たちの無念の血潮が溶かし、一面の銀世界の中そこだけが、かけすぎたイチゴシロップのようにどす赤く染まり、鮮やかな対比を見せていた。
この事件は、水戸大の過激派の犯行声明によって、各地の学生運動や反体制活動組織を刺激し、やがて日本全国に"そんのうじょうい"の嵐を呼ぶ一筋の稲妻となった。
この年、兜虫社中が日本グラモフォンからデビューした。
世界は冥かった。
やがて闇に声が生まれた。
声は次第に数を増し天地に轟いた。
「われら"日(ひ)"と申し、"影(え)"と申し、"蜂(はち)"と呼ばれ、"八(や)" とも"八(ぱー)"とも呼ばれ、穴居して"土蜘蛛(つちぐも)"、山野に潜みて"隠忍(おに)"と呼ばれる。山に住み"山人(やまと)"、海に住み"海人(あまと)"となる。
昔、さばえなす命の島につつがなく暮らせしが、"国造り"海を渡り来て"日"の巫女(みこ)をたばかり、クニをつくりて戦(いくさ)を為す。
われらクニの内に奴婢(ぬひ)として、クニの外に鬼(おに)として暮らす。今に至りて多くはクニの庶民となる。」
轟々たる声が洞窟にこだまして、淀んだ冷たい空気がわんわんと鳴り続ける。
幼い私は怖くて母親の日向の匂いのするうわっぱりにしがみつき泣いていた。
……洞窟?これは幼い時の記憶だ。私は今、どこにいるのか?
総司は、そっと目を開けた。
薄暗い4畳半の天井が見える。
EDOだ、千駄ヶ谷の植木職人、仏の源さんちの離れだ。
床の間でつけっぱなしになっていた真新しいカラーテレヴィジョンから、控え目な音量で「ええじゃないか」の懐かしいリズムと、騒ぎたてる人々の声が流れてくる。観光絵葉書のようなベタっとした発色のブラウン官の中に蠢く、色とりどりの異装で飾りつけた群集の躍動が妙に生き生きと、美しく見えた。
ええじゃないか! ええじゃないか! ええじゃないか!
負けても勝ってもええじゃないか!
ええじゃないか! ええじゃないか!ええじゃないか!
夢でもなんでもええじゃないか!
日の本世直し ええじゃないか!
豊年踊りは おめでたい
おかげまいりは ええじゃないか!
くさいものには 紙をはれ
こいつくれても ええじゃないか
そいつあげても ええじゃないか
持って去んでも ええじゃないか
ええじゃないか! ええじゃないか!ええじゃないか!
(トラディショナル)
やけくそのようにわめきたてる声がボリュームダウンすると、柔らかい男性の声のナレーションが聞こえてきた。
『ええじゃないか踊りは慶応3年月に"伊勢神宮の御札が降った"という事件をきっかけに三河の国に発生し、東海道を西へ広がり一ヶ月以上に渡って猛威を振るった民衆の大行進でした。男装、女装の人々が太鼓、笛、三味線などをかき鳴らし、狂ったように舞い踊り、金持ちの家に上がり込んで飲食をせがみ、強奪・破壊にまで発展しました……』
眠りに落ちる前に始まっていたEDO時代総回顧番組も、昨年の「ええじゃないか」にたどり着いている所をみると終わりが近い。一刻ばかり眠ってしまったようだ。このところ、一日中うつらうつらと過ごしてしまう事が多い。
今日は斎藤さんが訪ねてくるといっていた。起きていようとTVをつけたのだが……。
結核の病魔は確実に死の扉を開きつつあった。数秒後、元新選組一番隊隊長沖田総司の意識は再び闇の中へと吸い込まれていった……。
闇にポツンと明かりが落ちている。
見覚えのある少年が筆を取っていた。
眉毛が濃く人なつっこい顔をしている。
妙な握りだな。
……イゾー君だ……!
総司は心の声で叫んだ。
牢獄の中でイゾーは難しい顔をして半紙とにらめっこをしていた。
傍らのトランジスタ・ラジオから「インシャラー」が流れている。
今日は朝から特別番組でリクエスト特集だ。
イゾーは顔をあげ、太い格子の向こうに緊張した面持ちで座っている二人の牢番のうち、やさしそうな顔をしている方に尋ねた。
「ねえ、いしょのいってどんな字?…こう書いてこう?じゃ、しょは?こう書いて、……そのしたにちっちゃい"よ"?ねえ、"よ"ってどんな字?……え……こうして、こう?ちがうの?こう?じゃなくて……あ、わかった。こうだ。ね?………い・し・よ、おかだ、いぞう……へへ、なまえは、まえにならったから書けるんだ……」
曲が終わり、この特別番組の司会をしている兜虫社中のリーダー、ジョン万次郎がリクエストを読み始める。
「つぎのリクエストはEDOの沖田総司くん19才のお便りです。」
イゾーの筆が止まった。含んだ墨がポタリと半紙に落ちる。
「えー、?……また、血を吐きました……えっ!ご病気なんでしょうか?大変ですねえ……」
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