第7話 ついでに参上! ワル者上等お嬢様!


――なんてことを言ってたのが三十分ほど前。


「えっと、竜ヶ崎……ブラスさんは、竜ヶ崎君の遠縁の親戚に当たるそうです」

泣き腫らした顔のあまちゃんがおずおずとホームルームを再開した。

あの後、教室に戻った俺とブラスとクラスメイトたちが見たのは、転校生を攫われた上にクラス全員にホームルームをボイゴッドされて一人教室でさめざめと泣いているあまちゃんの姿だった。ちなみに彼女は俺を見るなり「ごめんなさいごめんなさい! 先生が奴隷でも肉体関係でも不倫でもなんでも言う事を聞きますから、彼女は解放してあげてくださいぃぃぃっ!!」などと叫んで縋り付いて来た。先生、昼ドラマと変なサイトの見過ぎです。

そんなあまちゃんを四苦八苦して何とか宥めると、ようやくブラスの自己紹介が再開された。ちなみに今の時間はあまちゃんの数学なんだが、まだ自己紹介が終わっていないということでホームルームが続行された。ほんと、いい先生なんだけどなぁ……。

「で、ではブラスさん自己紹介を……」

「はい! 皆さん、始めまして。竜ヶ崎ブラスと申します! 改めまして、これからどうぞよろしくお願いします!」

壇上に立ったブラスは元気良く頭を下げた。その姿にクラスメイトは「オレたちがこの笑顔を守らないと……」「大丈夫、みんなあなたの味方だよ」「これ、私の番号。困ったらすぐに電話してね」「わたしの叔父さん、警官なんだ」「駅前に腕のいい弁護士がいるよ」なんて次々と優しい声をかけていた。内容はともかく、正直、すげぇうらやましい。

ブラスもあれだけ念を押したからか、今のところ余計な事は言っていない。このまま自己紹介が終わってくれれば、後はどうとでも――。

「では、ブラスさんに質問がある人は手を上げて――」

「ちょっと待て、おい!!」

予想外の展開に思わず俺は立ち上がった。その姿にあまちゃんが悲鳴をあげる。

「ぴいいいいいっ! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 日本が不景気なのもリーマン●ョックもイギ●スのE●離脱も全部先生が悪いんです!!」

「あんたが歴史を変えたのかよ!? ていうか違います。もうそいつの紹介は終わりましたよね?」

「でっ、でも、ブラスさんは外国からの転校生だし、こうやって自己紹介の場を設けたほうが皆さんと早く馴染めるかなって……」

ゴリラに睨まれた兎のように怯えつつあまちゃんが答える。

確かにそれは正しい。俺だってそのほうが転校生と早く馴染めるだろう。

その転校生が、実は地球の平和を守るために宇宙からやって来た超ハイテンションなトンデモ生命体でなければ。

「ま、間違ってますか? 間違ってるのよね!? 間違ってるんだわ!! そうよ全部先生が悪いんです! ダークマターが正体不明なのも、ダークエネルギーで宇宙の膨張が加速しているのも、ブラックホールが今日も元気に星を食べているのも! 全部、全部先生が悪いんですぅぅぅぅぅっ!! 全宇宙の皆さんごめんなさい!!」

「あんたは神か悪魔か!? ああもう、すいません、俺が悪かったです! いいから続けてください!!」

また本気で泣き出しそうなあまちゃんに必死に頭を下げる。

正直、不安で一杯だが……今回は仕方が無い。

俺はブラスに視線を送った。内容はもちろん「余計なこと言うんじゃねぇぞ」だ。ブラスは「もちろんです。この私にどんとお任せください!」と器用に視線で返してきた。

「それじゃあ、ブラスさんに質問のある人」

「はい。竜ヶ崎君とは実際どんな関係なんですか?」

「従兄弟のはとこの息子の叔父の友人の娘です!」

「完全に他人じゃねぇか!!」

教室に俺の突っ込みが響く。くそ、あまりにも基本のボケについ突っ込んじまった!

「あれ、何か間違えましたか? これが転校生における最高の回答だと私のデータにはあるのですが」

「お前を信じた俺がホント馬鹿だった……!」

アホ毛をくねらせながら首を傾げるアホの姿に俺は猛烈に後悔していた。頼む、これ以上ボロを出さないでくれ……!

「ブラスさんはどこから来たんですか?」

「生まれたのは銀河連邦の所有する兵器開発研究所ですね。最初に教えられた言葉は『ワレワレはウチュウジンだ』でした」

「そんな宇宙人がいるか!!」

「ご両親は何をしてるんですか?」

「研究者です」

「よし、これなら……」

「宇宙最強の生物兵器を造りだすことに信念を燃やしている人で、現在は前の宇宙を滅ぼした邪神型超生命体を復活させて量産する研究をしているそうです」

「今すぐ止めてこい!!」

「どうしてこっちに引っ越してきたんですか?」

「この地球を狙う悪の宇宙人と戦った末に落ちてきてしまったんです。そこを徹さんに助けていただきました」

「……もう、何も言わないほうがいい気がしてきた……」

「ずばり、竜ヶ崎君をどう思いますか?」

「私の全てを捧げた人です」

「うぉい!?」

瞬間、時間が止まった気がした。

痛いほどに静まり返る教室を見渡すと、いつの間にか全員が俺を見ていた。感情を感じさせない顔が一斉に俺を見つめるその光景ははっきり言ってホラーだ。怖い。

「……竜ヶ崎君とはどういうご関係で? 戸籍上以外でお答えください」

「かつて私は徹さんに大きな怪我をさせてしまい、その償いとしてこの身体を捧げました。もう彼の同意無しでは自由に生きることすら出来ません」

「やめろ! もうやめろ!!」

必死に叫ぶが、もう誰も俺の言葉なんて聞いちゃいなかった。もはや犯罪者を越えて人類共通の敵を見るような視線が突き刺さる。

「せ、先生はそういうのはまだ早いと……」

「ジョークに決まってるじゃないですか! だから先生、携帯でどこかにかけるのはマジで止めてください!」

震える指で三桁の電話番号をプッシュするあまちゃんを必死に止める。今、警官が踏み込んできたらクラスメイトたちは間違いなく俺を売り飛ばす……!

そんな殺意と緊張感に溢れた自己紹介が過ぎていき――やがて終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。ほっと息をつく俺に幾つもの舌打ちが聞こえてくる。

「そ、それでは続きは帰りに……」


「失礼しますわ」


心底ほっとした顔のあまちゃんが教室を出ようとした瞬間、突然扉を開いて真っ赤な髪のスケ番お嬢さまが入ってきた。その後ろにはヘッドトレスをつけた女生徒がメイドのように付き従っている。

「ぴゃあああああっ!? き、ききき鬼龍院さん!?」

その姿にあまちゃんが悲鳴をあげて教壇の影に隠れた。

赴任した最初の日、すなわち入学式に『血の宣戦布告』をして見せた鬼龍院はかなりのトラウマになっているらしい。

「今度はお前か……」

俺は思わず頭を抱えた。なんでよりにもよってこのタイミングでこいつがここに……!

そんな俺の苦悩にも気付かず、鬼龍院はビビるあまちゃんとぽかんとしたブラスを無視して俺の席までやってくると、特徴的な釣り目で俺を見下ろした。

「お元気そうですわね、竜ヶ崎徹さん」

「これがそう見えるなら、お前の目は節穴だ」

「そんなに褒めなくてもよろしいですわ」

鬼龍院はふふんと胸を張ると、そろそろ頭痛で保健室に駆け込みたい俺に話を続けた。

「ですが、その称賛も今では王者の余裕に見えますわ。まさか、貴方があのような力を隠していたなんて……」

「力……? って、まさか!?」

「そう、そのまさかですわ」

驚く俺に鬼龍院がにやりと笑う。そういやあの時、こいつも河原にいたんだった。まさか、ここでブラストールのことをぶちまけるつもりか……!?

「待て、鬼龍院! あれは――!」

「そう、わたくしは見たのです。河原で舎弟たちに囲まれた貴方は突然鬼神の如き高笑いを上げると、髪の毛を金色に逆立たせ、華麗に空中を舞ってわたくしの舎弟たちを『残像だ……』などと言いながら次々と叩き伏せ、最後には空中を蹴って特大の飛び蹴りを放ってまとめてふっ飛ばしました……貴方が叫んだ『スーパードラゴン……キィィィィック!!』という掛け声は今でも耳に残っていますわ……!!」

「誰だよ、その戦闘民族は!?」

「あ」

その瞬間、俺は声を漏らした間抜け宇宙人を振り返ると全力で睨み付けた。

「ブラスぅ……お前、一体こいつに何をした……?」

「ひいいいっ!? 徹さんのお顔が邪神のように!? わ、私はただ銀河連邦の規則に従って彼女たちの記憶をちょっと改竄しただけです!」

「これのどこがちょっとだ!? 完全に変身ヒーローみたくなってるぞ、俺が!!」

「私達は変身ヒーローですから!!」

何故かいい笑顔でぐっと親指を立てたブラスに、俺の拳骨が突き刺さった。

「目立ちすぎだ、この大馬鹿生命体!!」

「ううう……すみません……」

涙目でブラスは反省のポーズを取る。なんでそんな小ネタは出てくるのに、肝心の常識は出てこないんだよ。

「……随分と仲がよろしいのですわね」

「これがそう見えるなら、お前の目は節穴じゃなくてガラス玉だぞ」

何故か不機嫌そうに呟くと、鬼龍院はきっとブラスを睨み付けた。

「その白い髪……なるほど、貴女が最近竜ヶ崎徹さんの周りに現れたという謎の女ですわね」

「こいつのことを知ってるのか?」

「貴方に関することなら、二十四時間常に私の耳に入ってきますもの」

「……マジで?」

今、さも当然のように恐ろしいこと事を言わなかったか、こいつ。

「もしや、徹さんをいつも見張っていた成人男性や女性はあなたの仕業ですか?」

「その通りですわ」

「おいちょっと待て! ブラス、お前知ってたのか!? そして鬼龍院はそれを否定しないんだな!?」

「はい」

「ええ」

あっさりと二人は頷いた。くっ、なんでこんな時だけ素直なんだこいつら……っ!

「最初は敵のスパイかと思ったのですが、調べた結果普通の地球人の方でしたのでそのままにしておきました。私たちはなるべく現地の人々には関らないほうがいいので」

「どの口で言ってんだ、お前は! そして鬼龍院、お前もそんな違法行為をするな! プライバシーの侵害だろうが!!」

「わたくしは正規の手続きに従って私立探偵や工作員を雇っているだけですわ。合法ですし個人情報の流出については厳重にチェックをしていますのでご安心を」

「安心できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

テロリストに核爆弾渡すよりも危ない取引に俺が叫ぶ。

だが、目の前の二人はそんな俺の姿を見つめると、顔を見合わせて揃って首を傾げた。

「大丈夫ですか、徹さん。随分と血圧が上昇していますよ。少し落ち着かれては」

「そうですわね。日差しも強いですし、熱中症には注意しなければなりませんわ」

「……もういい。話を先に進めろ」

その反応になんかどっと疲れてきた俺は投げやりに手を振った。俺の安住の地は、もう世界中のどこにも無いのかもな……。

「随分と投げやりなのが気に入りませんが……わかりましたわ。ですがその前に……そこの貴女。彼は今わたくしと話しているのです。席を外しなさい」

鬼龍院が高飛車な態度でブラスを追い払う。だが、ブラスも負けじと鬼龍院を睨み付けると、その指をびしっと突きつけた。

「お断りします! これはどう見ても悪への勧誘……正義のヒーローである超機英雄ブラストールの知性と理性を担当する私としては見過ごすわけにはいきません!」

「正義……?」

「おい!」

「あ」

馬鹿が気付くがもう遅い。

時間にして僅か四十分弱。校舎裏の約束は儚く破られた。

「と、徹さん……」

「心配するな。帰ったらじっくりと話し合おうな、主に肉体言語で」

指を鳴らしながら笑顔を浮かべる俺にブラスは「ごめんなさいすいません許してください頭は頭だけはご勘弁を!」とがたがた震えながら土下座した。おいおい、人聞きが悪いなー。俺はただ人間として正しい事を教えてやろうとしているだけなのに。

「今の言葉……聞き捨てなりませんわね」

「あのな鬼龍院、これはだな――」


「彼は正義ではありません! わたくしと共にワルの頂点を極めるのですわ!!」

「そっちかよ!?」


予想の斜め上に食いついたなこいつ!!

そうして驚く俺を尻目に、立ち上がったブラスと鬼龍院はお互いに睨み合うと、その目から火花を散らし始めた。

「そんなことはありません! 徹さんは私と共にこの星を正義の光で満たすお人なのですから!」

「満たさねぇよ」

「ほら、ごらんなさい。彼はワルの頂点を極めるために生を受けた方なのですわ!」

「それも違う! 俺は友人と青春を謳歌する平凡な人生を送りたいんだよ!!」

俺は大変素直な気持ちを訴えるが、二人は仲良く揃って無視。

そして鬼龍院はぱちんと指を鳴らすと、メイド不良の少女を呼んだ。

「直恵、あれを」

「はい!」

呼ばれたメイド不良の少女は肩にかけていた鞄から分厚い紙束を取り出した。

「これこそわたくしが集めた情報を結集して作った〈竜ヶ崎徹さんファイル〉ですわ。彼の生い立ちからその後の成長、人生、家族構成から初恋の人、その失恋から好みの女性のタイプ、そして集めたお宝の数と種類とその在り処まで徹底的に調べ上げましたのよ。これこそがわたくしの彼への期待の証……貴女にこのようなことができますの!?」

「すんな作るな調べんな!! あと、今さらっと俺の初恋だとかお宝だとか聞き捨てなら無い事を言ったよな!?」

「ちなみに調査を統括して編集したのは直恵です、お嬢様!」

「姐御とお呼びなさい。そしてよくやりました」

「い、幾らですかそれは!?」

「お前も買うんじゃねぇ!」

胸元から今どき珍しいガマ口の財布を取り出して鼻息荒く叫ぶブラスに、鬼龍院は勝ち誇った顔でふふんと胸を張った。

「お金など幾らでも有り余っておりますし、世界中の金塊を詰まれたところで売る気などありませんわ」

「そうですか……今度、私も作ってみましょう」

「やってみろ。その時は地球から叩き出すからな」

ぎろりと睨み付けて釘を刺しておく。このポンコツ生命体ならマジでやりかねない。

「大体貴女、正義を目指すとおっしゃいましたがその資格がおありですかしら?」

「正義の志なら誰にも負けません!」

「違いますわ。正義にも悪にも絶対に必要なもの……それは力ですわ!!」

瞬間、鬼龍院の姿が消えたかと思うと――一瞬でブラスの懐に潜り込んでいた。

「ふっ――!!」

そして床を揺るがすほどの踏み込みと共に、目にも止まらぬ掌底が放たれる――!!

「とりゃあ!!」

だが、ブラスは咄嗟に後ろに飛んでその一撃を回避した。本当に必要なのかと思うほど華麗なバック転が俺たちの前で披露され――その動きを視線で追っていた俺と一部男子生徒の目には舞い上がったスカートの中身がはっきり見えた。白だった。

「不意討ちとは卑怯な! やはりあなたは悪ですね!!」

「おーっほっほっほ! 勝負に卑怯もらっきょうもありません、ワルの世界は勝利こそ全てですわ! しかし鬼龍院流古武術『月桂冠げっけいかん』をこうも容易く回避するとは……なかなかやりますわね。さすが〈竜殺しの英雄〉竜ヶ崎徹さんの親戚ですわ」

「なっ……!?」

その瞬間、ブラスが驚愕の表情で俺を振り返った。

「そ、そんなかっこいい二つ名を持っていたなんて……なんてうらやましい……!!」

「そんな輝いた目で俺を見るな! 鬼龍院もその名で呼ぶな!!」

「おーっほっほっほ! このセンス、やはり分かる人間には分かるのですわ!」

「流石ですお嬢様!」

「直恵、姐御とお呼びなさい」

「はい、お嬢様!」

「だから直ってねぇよ!」

思わずお約束の突っ込みをしている間にも周囲からはひそひそと「〈竜殺しの英雄〉だってよ」「凄い名前だね〈竜殺しの英雄〉」「くっ、既にそんな〈竜殺しの英雄〉なんてニックネームで呼び合う仲なのか……」「〈竜殺しの英雄〉ってどんな意味だ?」「………………ぷっ」なんて声が聞こえてくる。

……やべぇ。俺、今超死にたい。

「どうです白髪娘、わたくしの舎弟になるのでしたら貴女にも素晴らしい二つ名を差し上げてもよろしくてよ」

「なっ……なんと!? そんな魅力的な条件で懐柔しようとは……恐ろしい悪人です!」

「どこがだよ」

「しかし、正義は悪に決して屈しません!」

(本人的には)魅力的なその迷いを振り切ったブラスは決意を込めた顔で拳をぎゅっと握り締めると、学校中に響き渡るような大声で――そう、大声で堂々と宣言した。

「何と言われても絶対に徹さんは渡しません! 私は彼がいなければ生きていけない身体なのですから!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

――再び、時が止まった。

完全に犯罪的にしか聞こえないその言葉に「なぁ、混ぜるのは塩素系と酸素系だっけ?」「これは聖戦である。無垢なる少女を救うために武器を取れ同士よ!」「確かあんたの親戚って街の掃除屋じゃなかったっけ?」「それよりもヒットマンを雇おうよ。お金ならお年玉がまだあるし」「今日からここは暗殺教室だ」「お前らもなんなんだよ、本当に!?」なんて声が聞こえてくる。ちなみに最後は俺の悲鳴だ。

クラスメイトと軽口を叩くのは俺の夢だったが……こんな悪夢みたいな軽口は嫌だ!

「…………そう……そうなのですか……」

「待て鬼龍院! そいつが言ってることは全部出鱈目だ!」

「そんなことはありません! 昨日だって私達は一つになって激しい戦いをしたじゃないですか!」

「いいからお前はもう何も言うな!」

「何故ですか! 私には何も恥じる事はありません!」

「お前はもう少し恥を知れ!」

「言葉の使い方は合っているはずです!」

「そういう意味じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

思わず天を仰いで絶叫する。神様……俺、何か悪い事したか?

そうして俺が人生を振り返り「こんなことなら真面目に不良になっとけば良かったか……」などと混乱した事を考えていると――不意に鬼龍院が高笑いをあげた。

「お……おーっほっほっほ! 愚か愚か愚か、愚かですわ! 肉欲だけの関係など、所詮は欲望の繋がり! 貴女と竜ヶ崎徹さんが、そ、その……そのような爛れた関係だとしても!!」

「そんなに顔真っ赤にするなら言うなよ」

いつもはもっと恥ずかしい事を平然と言ってるくせに。

「わたくしと彼は崇高で偉大な大望の下に結ばれたいわば魂の関係! 一時のせっ、生殖衝動に流された貴女などよりもずっと結びつきは深いのですわ!!」

「誰と誰がだ」

「そんなことはありません! 徹さんは正義のヒーローに相応しい方です! その精神は細胞分裂が始まった時からずっと正義に染まっているのです!!」

「人の人生を勝手に改変するんじゃねぇよ」

「違いますわ! 数多の不良を大地に沈め、その屍の上に敢然と佇む彼はいわばワルのカリスマ! そう、竜ヶ崎徹さんに相応しいのはワルの人生ですわ!!」

「正義です!!」

「ワルですわ!!」

「……平凡がいい……」

そんなささやかな願いもこいつらが聞いてくれるわけが無く。

二人は火花を散らして謎の構えを取ると「ふーっ!!」とか「しゃーっ!!」とか、おおよそ美少女もお嬢様も発してはいけない類の声をあげて激突した。

史上最も嬉しくないその修羅場にあまちゃんは早々と気絶し、クラスメイトは「いかにして竜ヶ崎徹を合法的に葬るか」という趣旨の学級会議を始め、そして俺はと言えば早く次の授業が始まらないかなーと窓の外を眺めて現実逃避していた。ああ、お空の雲は俺の顔を見て驚かないからいいなぁ。是非友達になってくれ。

そんな混沌とした時間が流れる中――ふと、空の彼方で何かが光った。

どこか見覚えのあるその輝きは見る見るうちに大きくなると、一直線にこっちに向かって落ちてくる。あれはまさか――!?

「ブラス!」

そして俺が振り返った瞬間――輝きが校庭に落下した。

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