マヤ・ファンタジー 十の巻 完結

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 十の巻 完結

十の巻


 竜王丸は義清たち、ホルカッブ、ホルカンを集めて軍議を行った。

 竜王丸が先ず、口火を切った。


 「部落の柵が破られていることは、既に発見されているかも知れぬ。発見されていれば、警戒は昨日よりも厳重になっていることと思われる」

 「ウツコレル殿、シュタバイ殿はこの洞窟に留まられた方が宜しかろう」

 「さて、アーキンマイは寝たきりの病人になっているとのことで、もう害はなさない」

 「ナチンは許してはおけない。ホルポル殿の死の代償を払わせる」

 「村人は、我々がことを起こしても、暗殺者たち、おそらくアステカ帝国で地方に分散したメシーカ族を主体とした傭兵部隊であろうが、暗殺者たちには加勢はしまい。傍観するだろう」

 「問題は、その傭兵部隊である」

 「おそらく、今はナチンを頭に戴いているようであるが、その内、本性を現して、ナチンを殺して、部落を乗っ取るつもりであろうよ」

 「さて、この傭兵部隊をどうするか、じゃ」

 「鉄砲を持っていると云う。まともな合戦になれば、こちらにも死者がでることは必定である」

 「鉄砲は使わせないようにする。そのためには、どうしたら良いか、ここが思案のしどころじゃ」

 「鉄砲抜きでも、メシーカ族はかなり勇敢であり、強い戦士が揃っている」

 「味方の損害を極力抑えて、勝つためにはどうしたら良いか、皆の意見を聴きたい」


 弥平次が膝を乗り出して言った。

 「ナチンはそれがしにお任せあれ」

 弥兵衛も言った。

 「鉄砲に関しては、先ほども弥平次殿と話しておりましたが、火薬を湿らせることが出来ますれば、持ち腐れとなるはずでござる」

 義清が断固たる口調で言った。

 「いずれにしましても、今日の昼はばらばらになった部落の戦士を集めることが肝要でござる。そして、行動は夜。夜陰に乗じ、柵を斬り破り、侵入し、敵の武器を取り上げれば、それにて当方の勝ちでござる」

 ホルカッブが力強く、言った。

 「夜、敵が寝静まった頃、部落に入り、傭兵部隊の宿舎を襲い、武器を取り上げることは可能です。傭兵部隊が宿舎とするところは大体見当がついておりますので」


 竜王丸は皆の意見を聴いた後、からからと笑い、こう言って、軍議を終えた。

 「皆の者、良くぞ申した。その通りにしようぞ。昼は準備、夜に全てを託そうぞ」


 洞窟の泉のほとりの岩に腰をかけ、竜王丸はホルポルのことを想っていた。

見事な将であった。

おそらく、アーキンマイの招宴で毒殺されるくらいのことは予測していたであろう。

従容と毒酒をあおって、死んでいったのであろう。不憫でならぬ。無念でもあったろう。

ホルポルが可愛がっていた、あの猿、ナコンはホルポルが死んだ後、暫くホルポルの死骸の傍に居たそうだが、その内どこかに行ってしまったとのこと。やはり、獣か。


 竜王丸は微笑んだ。

 「ウツコレル殿。足音を忍ばせても駄目でござる」

 「あらッ、どうしてお分かりになりました」

 竜王丸は後ろを振り返り、笑った。

 「私の国の諺に、頭隠して尻隠さず、という諺がござるが、ウツコレル殿の場合は、匂い隠さず、じゃ」

 ウツコレルは泣きそうな顔になった。

 「ひどい。私はそれほど嫌な臭いなんですか?」

 竜王丸は慌てて、言った。

 「誤解は困る。悪い臭いでは無く、良い匂いでござるよ。ウツコレル殿は花のような良い匂いがするのでござる」

 ウツコレルはにっこりと微笑んだ。

それから、竜王丸の傍に座り、ククルカンの館に戻ってからの旅のことを目を輝かせながら、あれこれ竜王丸に訊ねた。

この娘は最初に会った時もそうであったが、よく質問をする娘だ、思った。

この娘と一緒ならば、山里の侘び住まいであるが、楽しい生活が送れるかも知れないと竜王丸は思い、そのように思い始めている自分が少し可笑しかった。


 部落の戦士はぞくぞくと集まり始めた。

かつては、百八十人ほど居たが、その内、百五十人が戻ってきた。

 皆、再会を喜ぶと同時に、ククルカンの戦士と共にまた闘えるという誇りと喜びに満ちていた。

死は恐れるところでは無く、闘いで死ねば、戦士は必ず天の国に行く、そこで、崇敬するホルポルにまた仕えることが出来る、という喜びに満ちていた。

 ホルカッブとホルカンが朝の軍議の内容を噛み砕くように、皆に伝えていた。


 夕陽が残照を残して密林に消えていった。

赤い残照の空を鳥が飛んでいった。

 そして、竜王丸たちはそれぞれの闘いを始めた。


 ナチンは一人、部屋に居た。傭兵部隊への支払いのことを考えていた。

アーキンマイが貯めた翡翠とカカオの豆で間に合うかどうか、真剣に考えていた。

どうしても、間に合わない。

自分の財産でまかなうのは、業腹であった。

何とか、自分の家の財産を減らさずに済ませる方法はないか。

シュタバイと結婚すれば、サーシルエークの財産も少し分けて貰える。

早く、結婚するようにしよう。サーシルエークも前と違い、この頃は俺を避けているようだが、アーキンマイの跡目を継げば、ぐずぐず言わせない。

俺がこの部落の最高権力者になるのだから。

これで、メシーカ軍との和睦が出来れば、俺の人生は安泰となる。

 そんなことを考えて、ナチンは笑いをこらえていた。


 「ナチン。笑うのは未だ早い」

 どこからか、からかうような声がした。


 ナチンはびっくりして、あたりを見回した。

 誰も居なかった。空耳か、と思った。


 「ナチン。ホルポルは天の国に行ったが、お前は地底の国、シバルバに行く」

 また、陰気な声がした。


 誰か、居る。ナチンは恐怖の声を上げて、部屋の扉を開けて逃げようとした。


 扉は開かなかった。誰が閉めたのだ。ナチンの頭は混乱した。

 扉を開けようと何回も試みた。駄目だった。ナチンは扉を両手で叩いた。

 「誰か、来てくれ! 誰か、来てくれ!」

 

また、声がした。


 「呼んでも無駄だ。お前の家族は皆、眠りこけている。誰も、助けには来ない。また、この部屋の物音はどこにも聞こえない」

 ナチンは後ろを振り向いた。


 いつの間にか、部屋の中央に黒装束の男が腕組みをして立っていた。

 「お前は誰だ!」


 その黒装束の男は陰気な声で呟いた。地獄から聞こえてくるような声だった。

 「俺は、ククルカンの命を受け、地底の国からお前を迎えに来た」

 「嘘だ。ククルカンなどと云うのは神話の世界だ」

 と、言いながら、ナチンは懐から短筒を取り出した。


 「ほう、傭兵部隊から貰ったか。試してみたら、どうだ」

 ナチンは震える手で、短筒をその黒装束の男の胸に向けた。

 轟音と共に、短筒から弾が発射された。弾はその男の胸に当たった。

 しかし、その男は倒れず、背中に背負った刀をゆっくりと抜いて振りかぶった。

 ナチンは恐怖の声を上げた。

 それが、ナチンの最期の声だった。

 ナチンは頭から尻まで真っ二つに斬られ、血を噴出しながら床に倒れた。


 同じ頃。


 アーキンマイは神殿の片隅にある薄暗い部屋で、右手を小刻みに震わせながら、横になっていた。

右半身が不随となっていた。口元もだらしなく緩み、涎を流していた。

 ふと、目を覚ました。


 天井に、大きな怪物が映っていた。驚き、声を立てた。上半身を起こし、逃れようとした。

その時、陰鬱な声がした。

アーキンマイの耳には、死者が行くとされるメトナルという地底世界から聞こえて来るような不気味な声であった。


 「アーキンマイ。そろそろ、お前は地底の世界に行く時だ。地底の世界に行き、長い苦悶を味わうことだ」

 アーキンマイは更に驚き、声を上げて、助けを呼んだ。


 「助けを呼んでも、無駄だ。皆、眠りこけている。お前は一人で死んでいくのだ」

 アーキンマイは逃れようとして、立ち上がろうとした。

しかし、立ち上がることは出来なかった。

不意に、身を硬直させ、頭を押さえながら、どっと床に倒れ伏した。

目を見開いたまま、息絶えていた。


 部屋の片隅に、黒装束姿の竜王丸と何か異形の動物が居た。

 ナコン! さあ、行こうか、ホルポルの仇は討ったぞ、と竜王丸は優しく声をかけた。

 竜王丸が神殿の寝所に忍び寄った時、どこからともなく、猿のナコンが現われ、竜王丸の肩に乗ってきたのであった。


 アーキンマイの死を確認した後で、竜王丸はナコンを肩に乗せたまま、神殿を抜け出し、闇の中に姿を消した。


 それから、暫くして。


 竜王丸と弥平次は鉄砲の火薬の在り処を探して、傭兵部隊の宿舎を調べていた。

 鉄砲はやはり十丁ほどあり、戦士とは異なる姿の男たちが大事に抱えるようにして眠っていた。しかし、火薬の袋は見当たらなかった。


 ふと、目を周囲の壁に移した竜王丸が何かを見つけたようであった。大きな袋と小さな袋が壁際に天井から吊るされていた。弥平次が近寄って、袋の中身を調べた。竜王丸に頷いた。紛れも無く、火薬の袋と弾を入れた袋であった。天井から注意深く、それらの袋を外した。

ずしりと重かった。音も無く、扉を開けて外に出た。やがて、二人は周囲の闇に消えた。


 明け方頃、ホルカッブ、ホルカンに率いられたマヤの戦士が部落に潜入した。

十人を一つの組として、分散している傭兵部隊の宿舎に向かった。

先ず、武器を抑えよ、と竜王丸に命じられていた。


 正面の城門と裏門は傭兵部隊の戦士が深夜も交代で見張っていた。弥平次に率いられたマヤの戦士が見張りを背後から襲い、倒した。

気付いて、逃れようとした者は弥平次によって倒された。少し、悲鳴があがった。


 宿舎で、目を覚ました傭兵が見たものは、矢をつがえたマヤの戦士と刀を抜き払った義清と弥兵衛の圧倒的な姿であった。

 寝惚け眼のまま、起こされた兵士がほとんどであった。


 傭兵は縛られた上で、ピラミッド前の広場に集められた。

 二百人ほど居た。

 ホルカッブが傭兵を訊問していた。

 重大なことに気付き、竜王丸に近寄り、告げた。

 「竜王丸さま、手違いが生じました。申し訳ございません」

 傭兵隊長とその側近が逃げたとのことだった。五人、居ないと言う。

 ここは、義清、弥兵衛、ホルカッブに任せ、竜王丸、弥平次、ホルカンの三人は傭兵隊長ら五人を追跡することとした。


 暫く、探した後、よもやと思い、シュタバイとウツコレルが待つ洞窟に向かった。

 シュタバイとウツコレルは心配そうな表情で洞窟の前に居た。

 竜王丸たちの姿を遠目で見て、竜王丸たちのところに走り寄ろうとした時だった。

 樹の陰から、数人の男が走り出て、シュタバイとウツコレルを捕まえた。

 男たちは五人居た。傭兵隊長とその側近に間違いなかった。

 傭兵隊長は、ニヤリと笑い、酷薄な表情で武器を捨てろ、と言った。

捨てなければ、この女たちの命は無い、と言った。

 シュタバイは、私たちには構わないで、命なんか要らない、と叫んで、捕まえていた男に平手打ちをくわされた。

倒れたシュタバイに、その男は矢をつがえた。

 

竜王丸は叫んだ。

 「分かった、武器は捨てる。だから、その娘の命は助けてくれ」

 竜王丸は黄金造りの太刀を傭兵隊長の前に放り投げた。

全員の目がその太刀に集中した瞬間、竜王丸の手から棒手裏剣が飛んだ。

 

太刀を拾おうとかがんだ傭兵隊長の額を貫いた。

 と、同時に、竜王丸と弥平次が傭兵の群れに飛び込み、あっという間に全員を斃した。


 捕らえられた傭兵たちは全ての武器を取り上げられた上で、部落の入口から追放された。

 部落の戦士隊長にはホルカッブがなり、ホルカンは副隊長となった。

 そして、シュタバイはホルカッブに嫁ぐこととなった。


 竜王丸たちは一週間ほど滞在し、全てが円満におさまったのを見計らった上で、部落を去ることとした。

 竜王丸たちは村人全員の見送りを受け、部落を出た。


 竜王丸たち四人が語り合いながら、ヤシュチェーの樹の下に差しかかった時だった。

 

樹の陰から、二人の男女が突然現われた。

 ホルカンとウツコレルだった。

二人とも、竜王丸に連れていってくれ、と言う。

 親友とは言え、人の妻となったシュタバイを見ながら、村に居るのは嫌だというホルカンと、巫女となって、竜王丸たちククルカンの軍神の世話をしたいというウツコレルの願いだった。

ククルカンの巫女になるならば、仕方が無い、とサシルエークとイシュタブは泣きながら、許してくれた、とウツコレルは言った。

竜王丸たち四人はいろいろと二人を説得しようとしたが、二人の決意は変わらず、連れていってもらえなければ、このヤシュチェーの枝に縄をかけ、首を吊ると言う。

マヤの教えでは、首を吊って自殺した者も、戦死した戦士同様、天の国に行くことができるので、死は恐れるところではない、とホルカンは言った。

 持ってきた縄も見せた。随分と丈夫な縄であった。

 竜王丸も根負けして、勝手にせよ、と言った。

二人は、勝手にします、と言い、四人の後にくっついて歩いた。


 暫くは離れて歩いていたが、洞窟で休憩し、水浴した時から、一行は六人となった。


 ククルカンの館に着いた。ククルカンは全てを知っており、ホルカンとウツコレルをも快く迎えてくれた。

 ホルカン、ウツコレル共、ククルカンと広大な屋敷を見て、びっくりしたが、道中、義清たちから話を聞いていたので、それほどの衝撃はなかった。


 ククルカンはウツコレルを一人呼んで、暫く話をしていた。

 ククルカンはその後で、竜王丸を呼んで言った。


 “あの娘は美しいばかりではなく、気立ても良く、頭の良い娘だ。お前があの娘をお前の国に連れて帰るのならば、一つあの娘に特別な能力を与えておこう。運命を予測する予知能力じゃ。お前がこれから武将として成長していく過程の中で、一番必要な能力となる。お前があの娘を大事にし、いつも傍に置いておきたくなるよう、これからあの娘に予知能力を与えることとする”

 ククルカンはウツコレルを別室に連れて行った。

 少し経って、ウツコレルは戻って来た。

別に、変わったところは無かった。


 竜王丸はホルカンとウツコレルを呼び、日本という反対側の国に行くが、二人はどうすると二人の意思を訊ねた。

二人は一緒に行きたい、と即座に、竜王丸に願った。

二人に、迷いはなかった。

 竜王丸は二人の意思を義清たちに伝えた。義清たちも大いに喜んだ。

 早速、義清たちは二人に日本に関する知識をあれこれ教え始めた。

 また、ククルカンは出発に際して、念のためだと言って、六人に疫病防止の消毒を施した。


 ククルカンとの別れが来た。

 また、あの大根のような白い車に乗って、トンネルを走り、龍神沼に向かった。


 龍神沼に着いた。

 

別れに際して、ククルカンは竜王丸にシウコアトル(火の蛇:レーザーガン)を与えた。

 これは攻撃に使ってはいけない、防御の時だけ使うように、とククルカンは言った。

 また、弥平次には、半年に一度は龍神沼に来て、ククルカンに半年間の出来事を話すように命じた。


 六人は龍神沼を眼下に見下ろす丘に立った。

 竜王丸たち四人は直垂、袴に着替え、すっくと立っていた。

ホルカンとウツコレルは目立たぬよう、山伏の姿をしていた。

 二ヶ月振りに見る日本の風景は柔らかく、優しい、と竜王丸は思った。

 眼下に広がる森は鬱蒼としていたが、人を寄せつけない、あの国の密林とは異なっていた。どこか、安らぎを感じさせるものがあった。


 ウツコレルも竜王丸の国の風景を好ましく眺めていた。


 傍らの竜王丸に向かって囁いた。

 あなたの古里で、何かが今起ころうとしています。

悪いことでは無く、あなたを世に出すための出来事が起ころうとしています。

これを見事に解決し、あなたは土地の者から尊敬されるようになる。


 これがウツコレルの初めての予言となった。


 竜王丸は胸を躍らせながら、これからの自分と自分を囲む者たちの行く末を想った。

 全身に、力が漲っていくのを感じた。



十の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 十の巻 完結 三坂淳一 @masashis2003

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