マヤ・ファンタジー 七の巻

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 七の巻

七の巻


 夜が明けた。


 竜王丸はホルポルの館に居た。

 部屋の中には、ホルポル、ホルカン、ホルカッブの三人と竜王丸たち四人の七人が車座に座っていた。

 昨夜、弥平次が聞いたアーキンマイとナチンの密談の内容に関しては、竜王丸からホルポルたち三人に話した。


 ホルポル以下三人はそれほど驚かなかった。和睦に対するアーキンマイの動きはある程度、読めていたからであった。但し、裏にナチンが居るということは予想外であった。

 アーキンマイたち和睦派に対して、ホルポルたちは和睦反対派と言えた。


 「いろいろと、ご心痛をお掛けして申し訳ない」

 ホルポルが竜王丸に詫びた。

 「ホルポル殿が詫びる必要はないと存ずる。それだけ、メシーカ族の底力は強大で恐るべしということです。一度の敗戦で、この部落の富を諦めるとは思えない。また、奇襲なり、正規軍による戦いを仕掛けてくると思います」

 「メシーカ族のような軍事部族が無くならない限り、第二のナチン、第三のナチンが現われ、一見穏やかな策と思われる和睦策が出てくることは必定です」


 ホルカッブが思い切ったように口を開いた。

 「昨日、旅の商人から聞いたことがあります。メシーカの駐屯地は大分離れたところにありますが、このところ、ククルカンの末裔、いや、白い肌をした外国人たちの集団が合流しているということを聞きました。四足の巨大な怪物も居るとのことです」

 義清が訊ねた。

 「四足の巨大な怪物とは? いかなる怪物でござるか」

 ホルカンが答えた。

 「これまで、この国の中では見たことのないような大きな動物だそうです。足が四本で手が二本の怪物だそうです」

 「はて、珍妙な怪物でござるな」

 「義清殿。それは、もしかすると、四足の動物に人間が乗っている姿ではあるまいか?」

 弥平次が言った。

 弥兵衛も呟いた。

 「馬。馬かも知れませぬな。馬に人が乗っている姿は、馬を知らない者から見たら、足が四本で、手が二本の巨大な怪物に見えるかも知れませぬから」

 「馬? 馬とはどのような動物かな?」

 ホルポルが興味深そうに訊ねた。

 「高さでも、人の身長の倍はある大きな四足の動物でござる。頭がこのような形をし、尻尾もこのようでござる。その動物に人が乗っておれば、丁度、絵に描けば、・・・・、このような姿に見えまする」

 弥平次が器用に馬に乗っている人を描いて、ホルポルたちに示した。

 「なるほど、聞いた話と似ていますな。その人のようなものは金属で出来ているという噂も聞いたことがあります」

 ホルポルが弥平次の絵を見ながら、付け加えた。

 「それは、鉄で出来た鎧、甲冑を付けている姿かも知れぬな。これは、金明から聞いた異国の話に出てきた話であるが」

 竜王丸が思い出したように話した。

 「一度、見てみれば、おそらく判りもうす」

 義清がホルポルに向かって言った。


 竜王丸が訊ねた。

 「その白い肌の外国人の話になるが、その者たちが携えている武器はどのようなものであるか、ご存知か?」

 「私が先日見た武器は二つございました」

 ホルカッブが言った。

 「一つは、長く長大な剣です。丁度、竜王丸さまが持っておられる太刀に似ております。その他の二つ目は、噂によれば、火を吹いて人を瞬時に殺す細長い棒でござる」

 「火を吐く細長い棒でござるか。これは、ククルカン殿から聞いた武器と似ていますな」

 弥兵衛が呟いた。

 「確か、鉄砲とか申しておりましたが」

 「その話は、ククルカン殿の館を出る時に、これからの旅の知識として知っておくようにとククルカン殿から示されたいくつかの知識の中で私も聞いておる」

 竜王丸も弥兵衛の話に頷きながら、言った。


 「ホルカッブ殿。メシーカ族の駐屯地はここからかなり離れたところにあるとのことでござるが、一度、その白い肌の外国人の姿を見たいものでござる」

 「弥平次殿、また先日のように、行ってみましょうか?」

 ホルカッブが笑いながら、言った。ホルカンもにっこりと頬を緩めた。

 「竜王丸さま。お許しがあれば、行って偵察してまいる所存でござるが」

 「おお、それも必要なことじゃ。敵を知る、ことが戦いの基本である。ホルポル殿、配下の戦士からも弥平次に付けて戴きたく」

 「承知した。前回同様、ホルカッブ、ホルカンをお付け申そう」


 義清、弥兵衛が、恐れながら、と竜王丸に申し出た。

 「お願いがござります。今回は何卒、それがしたちにもお許しを戴きたく」

 「弥平次と一緒に行く、と申すのか。・・・。良かろう。行ってまいれ」

 「竜王丸殿。それでは、あなたさまがお一人だけになられますぞ」

 ホルポルが竜王丸の身を案じて、心配そうに言った。


 竜王丸はからからと笑って、ホルポルに語った。

 「心配はご無用。この竜王丸、歳こそ若うござるが、剣に関してはこの義清、槍に関してはこの弥兵衛、忍びの術に関してはこの弥平次の父の重蔵に厳しく教えられてござる」


 それから、竜王丸はホルポルに向かい、真剣な面持ちで言った。

 「それより、率直に申し上げて、ホルポル殿の身が心配でござる。主君から疎んじられ、暗殺の憂き目に会った臣下の例は限りなくござるによって、十分に御身大切に過ごされるよう」


 ホルポルは竜王丸の言葉に感無量といった面持ちだったが、気丈にも笑って答えた。

 「もとより、我ら、戦士となった以上、命は捨てております。ホルカッブ、ホルカンの両名も同じ覚悟であると思っています。部落のため、守護してくれる神々のため、いつでも命は捨てる覚悟でおります。アーキンマイに命を狙われようと、私は私の信念に基づいて行動するのみ。命惜しさに、信念に背こうとは思いませぬ。斃れて後已む、武人はかくありたいと思っています」

 「ただいまの見事なお覚悟、竜王丸、感服致しました。同じく、武人として我々も同じ覚悟でござる」

 ホルポルは竜王丸の手を握り締めた。ホルカン、ホルカッブ、義清、弥兵衛、弥平次、いずれもうっすらと涙を浮かべて、ホルポルと竜王丸の姿を見守っていた。


 翌朝、旅の支度を整えて、ククルカンの戦士三名、マヤの戦士二名はメシーカ族の駐屯地を求めて旅立って行った。


 ホルポルと竜王丸は、来るべき戦いに備え、策を立てることとし、いろいろと意見を述べ合った。

 「四足・手が二本の怪物は、おそらく、馬に乗った騎士と思われる。騎士を槍、矢で狙ったところで無駄と思う。狙うのは、その下の馬となるが、馬にもおそらく鎧を着用させているはず。まともな攻撃では歯が立たない。柵を何名かで持って、囲い込んで個別に討ち取るか、落とし穴に追い込んで討ち取るか。いずれを採るか」

 「竜王丸殿。稲妻の火を吐く細長い棒に対する策はどうであろうか? 撃たれた者は瞬時に命を落とす、と云われる武器であるが」

 「これは、私も見たことがないので、何とも言えないが、おそらく飛び道具であろう。今よりも丈夫な盾を作り、防ぐかどうか、でござる。未だ、思案の外でござる」

 「どうも、厄介な武器であるなあ」


※ 筆者注記:鉄砲に関しては、竜王丸の時代には未だ日本には到来しておらず、

竜王丸も思案投げ首といったところであった。


義清たちは密林を出て、草原を歩いていた。

ホルカッブが先頭で、弥平次、義清、弥兵衛、ホルカンという順で草原を縦断して行った。途中、蛇に何回か遭遇した。中には、毒蛇もいたが、都度ホルカッブかホルカンが捕まえて

殺した。義清たちはククルカンから防御服を貰い、それを頭のてっぺんから爪先まで身に着けていたので、毒蛇に万一噛まれても大丈夫とは思われたが、何とも気味が悪かった。日本の蝮より長く太い胴を持った毒蛇だった。六尺(180cm)近い長さの毒蛇もいた。

 「そう言えば、この間のメシーカとの合戦で落とし穴に入れた毒蛇はスキア殿が捕まえたとのことでござったが、どのようにしてあれほど多くの蛇を捕まえられたのでござるか?」

 「義清殿はご存知なかったか。スキアは呪術師ですが、魔術師とも言われているのです。特に、蛇を集めるという魔術で有名なのです。今回も、戦いの前に、蛇を集め、その中から毒蛇だけを選び、落とし穴の中に入れたというわけです」

 ホルカッブが言った。また、その言葉を受けて、ホルカンも笑いながら、身振り手振りを交えて語った。

 「スキアは蛇に催眠術もかけられるのです。いつだったか、毒蛇に催眠術をかけて眠らせ、眠った蛇を首に巻いて、まるで紐を結んで縛るように、その蛇を結んで縛って歩いているのを見たことがあります。こんなに長い毒蛇でした」


 密林の中では、あの大きな猛獣も見た。歩いている時、弥平次が皆の足を止めた。前方の樹の上を見るように静かに指を上にあげた。見ると、樹の枝に寝そべっているあの猛獣がいた。歯を剥き出して、低く唸った。

 「君子、危うきに近寄らずじゃ」

 義清がおどけたように言い、遠回りして通り過ぎた。

 「ホルカッブ殿。あの猛獣と闘ったことがおありか?」

 「私は未だありませんが、ホルカンは闘ったことがあります」

 「ほほう、ホルカン殿が。ホルカン殿、どんな闘いでした?」

 「棍棒で闘いました。棍棒が無ければ、とても素手では闘えません。その時は両手に棍棒を持っていたので何とか勝つことが出来ました」

 「この弥兵衛は槍でひと突き、突き殺したでござるよ」

 「この槍ですか? 穂先は銀のように見えますが」

 「この金属は鉄でござるよ。そう言えば、鉄はこのあたりでは見ないが」

 弥兵衛が穂先をホルカンに見せながら、答えた。

「鉄はありません。金、銀、銅はありますが、鉄という金属は我々は持っていません」

 「白い肌の外国人が持っている長大な剣はおそらく鉄で出来ているはずでござる」

 「その剣をこの刀で斬ってみたいものだ」

 義清が自信ありげに腰の刀に手をかけて言った。


 五人は二日ほど、密林と草原を歩いた。

 途中、小さな部落があったので、メシーカ族のことを訊ねた。村人の話では、夕方頃にその駐屯地に着くとのことだった。

 五人は、姿を発見されやすい草原の道は外し、密林の道を通ることとした。


 あたりが薄暗くなり、太陽も地平線に沈みかけた時、メシーカの駐屯地を発見した。簡単な造りの小屋が密集して建てられていた。小屋の数は限りなくあるように思われた。

 「ざっと、見たところ、三千人ほどは暮らしているように思われます」

 ホルカンが少し緊張した面持ちで言った。

 「戦士ばかりではなく、女もいます。そろそろ、夕餉の煮炊きが始まる時刻です」

 五人はそろそろと近づいて行った。付近には、勿論、警護の見張りがいることは十分予測された。

 近づき過ぎるのを恐れ、完全に夜になるのを待つこととし、五人は木々の間に蹲った。


 陽は完全に地平線に隠れ、あたりは漆黒の闇となった。

 五人は少しずつ駐屯地に近づいて行った。所々、焚き火で明るくなっていた。注意深く、観察した。背の高い男がいた。見た感じで、メシーカの男とは違っているように思えた。 

後姿しか見えなかった。ふと、その男は横を向いた。


あれが、白い肌の外国人です、とホルカッブが義清たちに囁いた。その男は口髭と頬髭を生やしており、顔半分が髭で隠されているように見えた。

義清はいつか、日本の浜辺に漂着した外国人に関して、噂に聞いた容貌と似ていると思った。その外国人は船の船員で、船が難破して日本の浜辺に漂着したとの噂だった。その船員と同じ国の者かも知れないな、と義清は思った。

 

その髭の男は近くの小屋に入って行った。弥平次はあの小屋に入れば、探す細長い棒があるかも知れないと思った。


 やがて、食事が始まった。義清たちはククルカンから貰った丸薬を朝に一粒飲み込んでいたので、空腹は感じなかった。これは便利な戦さ用の腰兵糧であると義清は感心した。 

ホルカン、ホルカッブにも飲ませていた。ククルカンが発明したものとして、大いに喜んでいた。部落に帰ったら、自慢出来るとニコニコして飲み込んだ。その丸薬には疲労回復の成分も入っているのかも知れない、五人は一日の疲れを全然感じなかった。食事の時はおそらく全員出て来るだろう、そして食事の後は見張りの者を残して、小屋に引っ込むだろう、それぞれの小屋にどれだけの者が入るのか、五人は観察していた。先ほど見た白い肌の外国人の小屋には一人しか入っていない様子だった。弥平次はその小屋に忍び込むつもりであった。長大な剣と細長い棒が手に入れば、竜王丸さまへの良い土産になると弥平次は思っていた。しかし、未だ馬の姿は見ていなかった。或いは、奥の方で飼われているのかも知れない。馬かどうか、これも確認する必要がある。食事が済んで、人影が疎らになったら、活動開始だ、と弥平次は自ずと逸る心を静かに抑えた。


 食事が済んで、メシーカたちは少し雑談した後、それぞれの小屋に引っ込んだ。五人はじっと待った。月が天の中央でその銀の光を地上に注ぎ始めた頃、忍びの弥平次は活動を開始した。

四人を後詰に置いて、弥平次は音も無く、小屋が立ち並ぶ一角に足を運んだ。難なく、白い肌の外国人の小屋の屋根に登った。錐で穴を明け、部屋の様子を観た。男が台の上で寝ていた。枕元に蝋燭が置かれ、ゆらゆらと炎が揺らめいていた。少し、離れたところに剣と稲妻を吐くと云われる細長い棒が壁に立て掛けてあった。屋根からするすると下りた。暫く、扉の外で中の気配を窺った。男の寝息を窺った。やがて、扉を明け、小屋の中に入った。


 四人が固唾を呑んで待つところに、弥平次が戻ってきた。両手に剣と細長い棒を掴んでいた。ずしりと重かった。

 

弥平次は、四足の怪物を調べてまいる、と言い残して、また闇に消えた。

 

義清と弥兵衛は剣と細長い棒を仔細に調べた。剣も棒も重さから言って、鉄で出来ているように思われた。しかし、何分、夜のこととて、そこまでしか判らなかった。朝になったら詳細が判るはずと思い、ホルカッブ、ホルカンに預けた。

 

弥平次は焚き火の近くを通るのを避け、闇から闇へ音も無く、歩いて行った。予想よりも駐屯地は広く、奥行きも相当あった。これは大きな軍団であると思った。遠くから、動物の鳴き声がした。弥平次は闇の中を歩きながら、ニヤリとした。予測通りであった。馬の鳴き声だった。馬は間口の広い小屋の中にいた。十頭ばかりいた。騎士も見合う人数はいるのだろうと推測した。

馬小屋に近づいて行った。馬を見た。大きかった。我が国の馬よりも大きい馬だ。このような大型の馬は見たことがない。弥平次は間近で見る馬の迫力に圧倒される思いだった。あの猛獣より大きい動物を見たことのないこの国の者はさぞかしびっくりし、怪物のように見えたに違いない、と思った。自分一人だけであったら、馬を繋いでいる縄を切り、このまま馬を追いたて、野に放つという行動を取るつもりであったが、騒がれるのは必定であり、五人揃って無事に帰れるという保証はなくなる。今夜は確認しただけで戻るしかないと判断した。


 夜が明ける前に、五人は元来た道を戻り始めていた。馬は、未だ見たことのないホルカッブ、ホルカンにも見せておいた。二人とも、眼を丸くしてびっくりしていた。これに鉄の鎧を着た騎士が乗れば、四足で手が二本ある怪物のように見えることを弥平次は二人に説明してやった。

ホルカッブ、ホルカン共、腑に落ちたようであった。弥平次は、馬は馬鎧を着用した上で闘いに臨むに違いない、その場合、倒すのはたやすいことではないだろう、倒すにはどうしたらよいか、考えていた。足を狙うしかない、と思った。落とし穴か、地面近くに縄を張り巡らすという策もある。縄を張り巡らし、その後に、落とし穴を設け、更に、縄を張り巡らし、その後に、馬防柵を設ける、という策を考えた。


 帰り道で、あわやと思われる危機が弥兵衛に起こった。

 それは、密林の中で起こった。


 喉が渇いたので、弥兵衛とホルカンの二人が水を求めて、探しに行った時のことであった。暫く経ってから、ホルカンが水の入った水筒を持って戻って来た。弥兵衛は、と訊くと、な

かなか、水が見つからなかったので、別々に探してみようということになり、弥兵衛とは別れ

たとのホルカンの言葉であった。


 しかし、いつまで待っても弥兵衛は戻って来なかった。

 ホルカンに案内させ、弥兵衛と別れたところに皆で行ってみた。弥平次は地面を見た。そして、弥兵衛の足跡を見つけ出した。弥平次を先頭にして、追跡が始まった。


弥平次が不意に立ち止まった。前方に小さな部落があった。大勢で行けば、警戒されるということで、弥平次が村に忍び込んで探索することとなった。

 

弥平次は村に忍び込んで、驚いた。


村の中央の樹の根元に弥兵衛が縛られて座っていた。口には猿轡が嵌められ、且つ防御服も脱がされ、下帯一本の丸裸で縛られて、樹にくくりつけられていたのである。


村人を見る限り、メシーカ族とは異なった部族のように思えた。但し、弥兵衛の周囲には腰帯姿の勇猛な戦士が数名囲んで、弥兵衛の持ち物を仔細に調べていた。しかし、防御服は見当たらなかった。弥兵衛は気絶しているように見えた。


弥平次は三人のところに戻り、今見てきたことを話した。ホルカッブとホルカンはメシーカ族ではないと聞いて、安心したようであった。何とかなると思い、四人で村に乗り込んだ。


ホルカンが村の戦士に向かって、何やら叫んだ。暫くして、村の戦士が何か、ホルカンに向かって言った。ホルカンが笑いながら、義清に話した。

 

「樹に繋がれている方は、ククルカンの戦士で村に危害を加える人ではない、縄を解いてやって欲しいと頼んだところ、ククルカンの戦士ということを証明しなければ駄目だと言い張るのです。何か、度肝を抜いてやりましょう」

 

義清は少し考えてから、任せてくれ、と言って、弥兵衛が縛られている樹に向かって歩き出した。樹の根元に着くや否や、居合い抜きに刀を走らせ、瞬時に鞘に納めた。村人は何事かと思い、不思議そうに義清を見た。


すると、驚くべきことが起こった。樹はかなりの太さであったが、斜めにずれて、倒れ始めた。義清は居合い抜きでこの樹を両断していたのである。村人には、義清の行ったことはまさに奇跡としか映らなかった。これは、ホルカッブ及びホルカンにも言えたことで、義清が行ったことは驚嘆に値することであった。二人もびっくりしたような目で義清を見ていた。


村人は茫然と樹がゆっくりと傾き、倒れていくのを見詰めていた。

義清はおもむろに小刀を抜き、弥兵衛の縄を切った。弥兵衛の体に手をかけ、気合と共に、蘇生させた。弥兵衛も起き上がり、茫然としている村人から持ち物を奪い返した。


しかし、防御服だけが見当たらなかった。村人に訊いたが、皆知らないと言う。少し離れたところに神官が居た。

弥平次は神官を見た。ニコリと笑った。弥兵衛に神官を指差し、何か告げた。弥兵衛が神官に近づき、まざまざと神官を見詰めた。

弥兵衛が大笑いした。何と、神官が弥兵衛の防御服を着ていたのであった。神官としては、捕虜の生皮を剥いで得意になって着たつもりであったのだろう。

嫌がる神官をなだめすかして、服を脱がさせた。頭部の防御頭巾は懐にしまっていた。


ククルカンの戦士に無礼を働いたということで、たたりを恐れ、おののいている村人を

尻目に五人はまた帰途に着いた。


 「いやあ、面目ない。お許しあれ。実は、ホルカン殿と別れた後、水を探しに行って、あの村を見かけたのでござる。村ならば、水があるだろう。やれやれと思い、村に入って水を求めたまでは良かったのでござるが、にわかに背後から、よってたかって襲われ、首を絞められ、気を失ってしまった次第。どうか、竜王丸さまには内緒にして下され。これ、この通り、お願いでござる」

 義清たちは、弥兵衛の真剣な面持ちに思わず、どっと笑った。


 部落に辿り着いたのは、部落を出立してから、五日目の夕方だった。


 竜王丸とホルポルに、奪った剣と鉄砲を見せながら、メシーカ族の駐屯地の様子を事細かに報告した。


 「この剣はやはり我々の刀同様、鉄で出来ており、堅固な造りが施されている」

 「この鉄砲という武器は火薬の臭いがする。おそらく、この先端の穴から弾を詰め、火薬に火を付けて発射するに違いない。このような武器は今までに見たことはないが、飛び道具の新兵器と思われる」

 「やはり、馬であったか。大型の馬で、鉄の鎧を着た騎士を乗せて戦場を駆け巡るのか。馬という動物を知らない、この国の民はさぞかし驚いたことであろうぞ」

 竜王丸は報告の都度、感想を洩らした。


 「やはり、この鉄砲が最大の武器であろう。但し、火薬を使うということで、最大の欠点がある。弥平次、忍びならば、知っておろうが」

 「御意。雨でござる」

 「その通りじゃ。火薬は雨に弱い。水で濡れたら、それまでじゃ」


 ホルポルは感心しながら、義清たちの報告を聴いていた。と、同時に、竜王丸の洞察の鋭さにも感嘆していた。味方で良かった、敵に廻したらこれほど怖い将はいないと思った。

 

「いずれにしても、五人の面々、まことにご苦労であった。ゆるりと旅の疲れを落とせ」

 五人を引き下がらせた後、竜王丸はホルポルと近々襲来するであろうメシーカ・白人侵略者連合軍との戦いの作戦をあれこれと練り始めた。


 「馬に乗った騎士対策は、密林の中は動けないという馬の弱点がござるによって、弥平次が申した策、即ち、草原に落とし穴を設けると共に馬防柵、縄張りで十分かと思われる。鉄の甲冑は重い故、地上の戦いになれば、それほどの脅威は無くなる。鉄の剣に対しては、この竜王丸たちが後れを取るとは思われず。やはり、最大の問題は、鉄砲対策でござろう。しかし、火薬を使うということが判明した以上は、いかようにも策はござる。明日から、部落入口前の草原に仕掛けを作る土木工事に取り掛かろうと存ずる」

 「承知した。早速、アーキンマイさまに上申することとしよう」

 「ホルポル殿。草原の土木工事に関しては、具体的な上申は避けた方が良かろうと存ずる。万が一、敵方に洩れたら、効果は薄くなる故」

 「アーキンマイさまはともかく、周囲の重臣から、或いは、敵に洩れることもあるかも知れませぬな。承知仕った」


 ホルポルの館を出て、竜王丸は部落の中央の道を歩き、義清たちと住んでいる家に向かった。月が殊の外綺麗な夜であった。木陰では、月の光に誘われた恋人たちが睦まじい語らいをしていた。


自分の家の前に佇んでいる人影があった。立ち止まり、注意深く見た。

その人影はウツコレルだった。

このところ、ウツコレルとは会っていなかった。

竜王丸は胸が締め付けられる思いがした。

これは、恋、かと思った。


人影が動いた。どうやら、ウツコレルも竜王丸に気付いたようであった。

急いで、立ち去ろう、とした。

が、思い止まり、竜王丸が近づくのを身を小さくして待っていた。


「ウツコレル殿。こんな夜更けに外に居られると、怖いメシーカにまたさらわれまするぞ。中に、お入りなさい」

「大丈夫です。さらわれたら、また竜王丸さまが助けて下さいますから」

ウツコレルを家の中に入れ、向かい合って座った。

娘は相変わらず、花のように美しかった。


竜王丸は不思議であった。始めの緊張はどこに行ってしまったのか。こうして、ウツコレルと居ると、妙に安らかな思いがした。特に、話もせずに、黙ってままでいても、心がのびやかに広がっていくのを感じた。不思議な感じだ、と竜王丸は思った。


ウツコレルも竜王丸と同じ感じを抱いていた。姉のシュタバイにも話していた。竜王丸さまと一緒に居ると、何にも話をする必要がないの、一緒に居るだけで、綺麗な野原に寝そべって、青い大空を見ているようないい気持ちになるの。


妹の言葉を、シュタバイは眼を細めて聴いた。

ふと、この娘は竜王丸とどこか遠いところに行ってしまうのか、と思い少し悲しくなった。ククルカンの戦士に恋をした妹のまっすぐな心を愛しいと思うのと同時に、やがて来る別れ

を予感した。



七の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 七の巻 三坂淳一 @masashis2003

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