テレスコープ・ラヴァーズ 〜日々谷警備保障は今日も順調です。外伝〜

榊かえる

第一次遭遇戦「スーパー」

 たまに、少し遠い場所のスーパーへ行くことがある。ちょっと変わったものや珍しいもの、輸入品なんかを売ってるスーパーがあるのだ。少しお値は張るが、その分いいものが置いてある。注意して見てみれば安いものもあり、すこぶる楽しい。


 斯様な訳でこの坂木みどり、鼻息も荒くカートにマイカゴをブチ込んで野菜コーナーから見て回る所存。ほーら見ろ、ネギ安い。高級ネギだよ。どうしようかね焼こうかね、ネギマにでもするかね。あーそれともエビチリ作ろうかな? いや麻婆豆腐にするか? あーもう口の中が中華だ、中華作るぞ中華。ピリ辛ってやつ。豆板醤あったっけ、でかい瓶買ったよねこの前……この前ってええと、いつ頃だったっけ、でも買ったはずでかい瓶。

 さてこうなると不安になるのが主婦の悪いところ。このまま家に帰って「無い!」なんて事態になるくらいなら今買ったほうがよろしい。で、あるからして。中華系調味料の棚へと突進するんであります。


 中華食材の棚に、馬鹿でかい豆板醤の瓶を発見。ああ、なんで豆板醤はあるのに甜麺醤はでかいのが売ってないの? あったら即買いなのに。回鍋肉作るとすぐに無くなっちゃうんだ。しかもどのメーカーも大さじが入らないんだ瓶の口! せめてあと五ミリ! 五ミリだけ直径を広げてくれれば!

 とか考えるがまあ仕方ない、無いもんは無いんだ。甜麺醤もかごに叩き込んで、鶏がらスープの素の詰替えも。さーてそしたら挽肉探そう。安いのあるといいなあ。それともいっそ、前に見た粗挽きとかいうの使ってみようか? すっごいでかい奴。いや待って、だったらコマ肉買って自分で叩いた方が良くない? 値段と相談かぁー……


 と悩みつつ、棚の間を抜けて精肉コーナーへ出たときだ。視界の端に、見覚えがある姿を捉えた。


「……え?」


 間の抜けた声が自分の口から漏れる。だって、見覚えがあるのに違和感があったから。

 男女だ。黒髪の青年と、金髪の女性。仲良さそうに肩を並べて、何かを話しながら商品を覗き込んでいる。あの辺は確か、輸入品のチーズが置いてあるところだ。

 思わず身を引っ込めた。思いっきり首を捻る。アレは誰だ? そろりと顔を出す。ちらっと見える顔にやはり見覚えがあるのだが、雰囲気があまりにも違う。


「鉄男くん……だよな?」


 口に出してみる。確認の意を込めて。だが、頭がそれを拒む。あまりにも雰囲気が違いすぎる。よく似た別人だろうか?

 隣りにいる可愛い女の子は、ありゃ彼女ってやつだろう。二人を包む空気が甘い。距離が近い。所謂、パーソナルスペースってやつが圧倒的に近い。あれで他人だというのならセクハラと罵られても良いくらいの位置だ。あ、腰の辺り抱いた。確定だ。うおぉ顔の距離近い、近い。

 にしてもまあ、かっわいい娘だこと。ニコニコしてるー。いいよね、可愛い子がニコニコしてんのめっちゃ良い。いいなあうちの子供らみんな男だからねぇ、会社も男の子ばっかだからねえ、おにゃのこの笑顔欠乏してるわー。ヒャアーかっわいい、恋するオンナノコの顔。なぁにアレ可愛い。


 で、だ。あの男の方、誰よ。改めて見直す。鉄男くん、ぽい。だけど違いすぎやしないか? あんな感じだったっけ? 違うよね? 顔が似てるだけの、他人の空似? だってさあ見ろよあの顔。包容力ありますーって感じの彼氏面。ニコニコしてるよあっちも、気持ち保護者テンション入ってるような気もするが……うーん、鉄男くんと考えるにはちと老けてるような。にしても、あっま。甘い。メープルシロップかよ。鉄男くんはあんなツラぁしねぇだろう、多分。でもなぁーどうだろうなあ、惚れた女相手なら、どんな面するかなんて分かんねぇよな? だってそんなの拝んだことないもの。


 めんどくさくなって、考えるのをやめた。考えたって事実が判明するわけじゃない。仮にあれが鉄男くんだったとして、彼女ちゃんと一緒に仲良く買い物してるとこに吶喊するほどオバチャン野暮じゃない。で、これが鉄男くんじゃなかったらただの迷惑なババアじゃんよ。うーわ公害。なにそれ。


「先に豆腐見てくっか。うん、そうしよ。豆腐」


 意識を切り替えた。忘れよう。そう決めた。気のせいだろ。明日会社に行ったら、鉄男くんの顔見て、そんで考えよう。そうしよ。


 こうして、坂木みどりは、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感に駆られながら、豆腐二丁と牛豚合い挽き肉お徳用パック五百グラムをカゴにシュゥゥーーーーーーッしたのだった。ついでにちょっと変わった名前の瓶入りトマトジュースも買った。こっちは明日の晩御飯用で、ミネストローネに使うんじゃ。あとチョコ。輸入品のやつ。まぁるいやつで、中にホワイトチョコとかコーヒーチョコとか入ってるやつ。でっかい袋だからそれなりに持つだろ。うちのバカ男子どもが一気に食べなければ。高野豆腐煮たやつまだあったっけ、つまみ食いとかするからなあ困ったもんだ、何か煮る算段つけておかないとダメかなー……


 意識を半ば強引に切り離した。きっと、見ない方が良かったんだ。忘れるべきだろう。他のこと考えよう。



 翌日、会社にて黒沢鉄男の顔を穴が開きそうなほど見つめるみどりの姿。鉄男の訝しむ顔と視線がぶつかって、ますます分からなくなったのは笑い話だ。

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