後編

 夜。クロヒョウはみずべちほーを通り抜け、無事湖の見える場所までたどり着いた。ここまで数人夜行性のフレンズとすれ違ったのだが、幸か不幸か、彼女の真っ黒な体が夜の闇に紛れ、声をかけられることは一度もなかった。

「とりあえず、寝る場所くらいは探しとくか……」

 クロヒョウは一度立ち止まってから、辺りを見回す。すると、茂みの向こうに光が見えた。それは日や雷の光ではなく、博物館でよく見ていた、おひさまシステムの温かい光だった。

 そこに誰かいるかもしれない。相手が自分のことを知っていて、なぜ来たか聞かれるかもしれない。彼女は一瞬そう思ったが、目の前の光への興味が勝り、自然と足はその方向へと動き出していた。

 茂みを抜けると、そこには博物館ほどではないが、大きな建物があった。そして、一つだけ明かりのついた部屋の窓と、それを壁に張り付くようにして覗き込む二人のフレンズがいる。クロヒョウはその後ろ姿を見つけると、すぐに茂みの中に戻った。

 茂みに隠れて見ていると、片方が建物の中に入り、もう片方がこちらを見た。

「……さてと」

 この瞬間、クロヒョウは自分が見つかったのだと理解できた。茂みの中に戻った時、少しだけ大きな音がしてしまったからだ。

「まさか、マーゲイじゃないだろうな?」

 クロヒョウに、その場を離れるという選択肢はなかった。一度は背中を向けたが、そこに突き刺さる眼光はあまりにも鋭く、彼女の足を止めるまであったからだ。

 諦めたクロヒョウが茂みから出ると、その先にいたのは、よりにもよってペンギンだった。

 PPPのリーダー、コウテイはしばらくその鋭い右目を光らせていたが、出てきたのがクロヒョウだとわかると、やや驚いたようにその表情が緩む。

「……なんよ、その顔は」

「ああいや。その、まさか君だとは思わなかったからな。悪質に付きまとうファンもいると、マーゲイから聞いたもので……」

 コウテイは焦って無礼な対応を弁明しようとするが、クロヒョウの口から出たのは、まずため息だった。

「あんたらはええな。そーいう悩みがあって」

「……何か、あったのか?」

 クロヒョウの様子がいつもと違うのは、誰の目にも明らかだった。しかし、コウテイの察しの良さと、周りを放っておけない性格が、その以上の深刻さをそれとなく感知していた。

「別に。あんたらには関係ない話や」

 クロヒョウとしては、一刻も早くこの場を離れたかった。何も言わなくても、目を合わせただけで何があったかさとられそうに感じたからだ。

 だが、コウテイは彼女が逃げるのを許さなかった。

「待て。少し場所を変えて話そう。そうでなくてもこの時間だ。一人で行動するのは危険だろう。付き合うぞ」

 クロヒョウを止めたその表情は、慈悲というよりも威圧に近いものがあった。


 合宿所の裏、湖に近い岩場で、二人は少し離れて腰を下ろした。

 二人はそこに着くまでの間、互いに何も言わなかった。だが、そこで先に口を開いたのはクロヒョウの方だった。

「うち、アイドルやめよ思ってな」

 何があったか聞かせてもらおうか。そう言おうとしたコウテイは、その言葉の内容とは別に、少し驚く。そして数秒の時間差をもって、さらに驚いた。

「……どういうことだ」

「ただのしょーもない理由や。自分の思うてたんと違かった。それだけのことや」

「そうか」

 コウテイは、それ以上のことを聞こうとはしなかった。クロヒョウの次の言葉を待つように、ただ静かに湖の方を見ていた。

「……何も、言わへんのか?」

 クロヒョウが焦ったようにコウテイを見る。

「いや。誰だって理想と現実が違うのはよくあることだ。君のそれがどういうものだったか、私が聞いていいようなことでもないのだろう?」

 実際のところ、コウテイはクロヒョウがここに来た理由を何一つとして知らない。だが、彼女の言葉にはどこか強い説得力のようなものが感じられた。

「だが、ひとつ言わせてほしい」

 不意にコウテイが立ち上がり、クロヒョウに歩み寄る。そして自分を見ようとしないその横顔に、叩きつけた。

「幻滅したぞ。サバンナガールズ」

 クロヒョウの心に渦巻いていた様々な負の感情が、その一言ですべて怒りに変換された。彼女はすかさず立ち上がり、対して身長の変わらないコウテイの胸ぐらをつかみ上げる。

「今の、もういっぺん言うてみい」

「言葉の通りだ。私の君たちに対する理想と現実がひどく違っていた。それだけだ」

 クロヒョウは突き飛ばすうにコウテイをつかんでいた手を放す。そうしてできた距離の中で、彼女は震える手でコウテイを指さした。

「うちのことをどーこー言うんはあんたらの勝手や。せやけどな、サバンナガールズを、うち以外の四人を勝手に悪く言うのだけは許せへん!」

 クロヒョウは今にも襲い掛かりそうな目でコウテイを睨む。だが、コウテイがその真剣なまなざしを逸らすことはなかった。

「そうは言っても、事実なのだろう? どういう理由化は知らないが、前回のライブから考えても、そんな短期間でメンバーを一人欠くようなグループなのは」

 クロヒョウの表情に、わずかに迷いが見えた。

「……あいつらは、関係あらへん。うちが勝手に決めたことや」

 すると、コウテイはその言葉すら初めから見抜いていたかのように、やれやれといった感じの表情になった。

「少し、待っていてくれ」

 コウテイがその場を離れてから、しばらく時間が経った。おそらく先ほどの建物に戻ったのだろう。クロヒョウの足なら、彼女が戻ってくるまでの間に逃げることはできた。いや、普通ならその場を離れていただろう。勝手に仲間を悪く言われ、勝手に立ち去られたのだから。だが、よく考えれば、自分もサバンナを出る前、オカピに似たようなことをしていた。その記憶が、クロヒョウから力を奪った。

 そして、コウテイが戻ってきたとき、その手には一枚の紙切れがあった。広告でもチケットでもない、大きな紙の一部を無作為に破ったような、ただの紙切れだった。彼女はそれを、クロヒョウに押し付けるように渡す。

「君が本当にそう思うなら、明日ここに来い。……君なら、たぶん大丈夫だろう」

 「大丈夫」の意味がクロヒョウにはよくわからなかったが、渡された紙切れを見ると、そこには地図のようなものが書いてあった。地図の内容は、みずべちほーのステージと観客席。そしてステージから離れたところに木のようなものが書いてあり、そこだけが赤い丸で囲んであった。

「これって……」

「『特等席』だ。来るか来ないかは君次第だけどな」

 クロヒョウがまだ整理のつかない思考の中から何かを言おうとしたが、コウテイはそれ以上の質問は受け付けない。とでも言うように、静かにその場を立ち去った。


 翌朝。

 PPPはプリンセスを中心に、合宿所の一番広い練習スペースに集まった。もちろん、その中にはマネージャーのマーゲイとコーチのオオフラミンゴもいる。

 全員が床に座ったところで、最初にプリンセスが立ち上がった。

「いい? はじめてのイベントだからって、変に緊張することはないわ。いつも通り、私たちらしくいきましょう!」

「そうですよ! 今日はサプライズもあるんですから」

 続いて、ジェンツーペンギンのジェーンも気合を入れなおす。

「そうですよサプライズですよ皆さん! 今回のメインイベントはそれと言っても過言ではないんですから! ああできることなら私がPPPの皆さんにやられたい! 博士によると、今回のやり方以外にも「てっきゅうとりもち」とか「そうちょうばずーか」というのもあるそうですよ。これは私ならPPPの誰に仕掛けられてもむぐぐっ!」

 マーゲイが興奮のあまり早口になったところを、フンボルトペンギンのフルルが、持っていたじゃぱりまんを彼女の口に押し込むことで止めた。だがそれすらももったいなかったのか、フルルはマーゲイの口に収まりきらなかった分を手でちぎり、自分の口に運んだ。

「相変わらず、無言ですげーことするよな。フルル……」

 イワビーが呆れたように言うと、フルルはじゃぱりまん(強制的にマーゲイの食べかけ)をくわえたまま「ほぇ?」と気の抜けたような返事をする。

「ほらそこ、勝手に遊ばないの! コウテイも何か言いなさいよ!」

 プリンセスの声で全員の視線がコウテイに集まったが、その先では、コウテイが座ったまま白目をむいていた。

「こっちも相変わらずかよー!」

「まったく、これだからいつも……」

 ついにため息をついたプリンセスの肩に、オオフラミンゴが優しく手を置いた。

「いいんじゃないかしら? これでこそ、いつも通りのPPPよ」

「……それもそうね。よし! それじゃみんな……」

 プリンセスが全員に声をかけようとしたその時、合宿所の入り口の方向から、ノックの音が聞こえた。

「んぐっ。私、行ってきます」

 ようやくじゃぱりまんを飲み込んだマーゲイが、率先して入り口に向かった。

「はい。どちら様で……って、えぇっ?」

 入り口の扉の先でマーゲイを待っていたのは、クロヒョウを除いたサバンナガールズの四人。だが、サーバルだけがマンモスの小脇に抱えられている。

「ほらサーバル、着いたわよ」

「んみ……夜行性だから、朝は弱いの……もう少し、寝か、せ……」

どうやらサーバルは眠っていたらしく、マンモスの声で一度は目を開けたが、再び彼女の腕に体でぶら下がったまますやすやと眠ってしまった。

「まったく。真っ先に飛び出したのは誰かしら?」

 オカピが呆れたように、額に手を当てた。

「皆さん、どうされたんですか? まだ朝ですし、集合場所もここでは……」

「今日のイベントのことで話があります。PPPの皆さんに合わせていただけますか?」

 タヌキが先頭に出て、真剣な眼差しを向ける。

「た、たぬ助さ……」

「タヌキです」

 その言葉にも、いつもの冗談めかした様子は見られなかった。


 練習スペースに、マーゲイが戻ってきた。

「あらお帰り。誰だったの?」

 笑顔で迎えるプリンセスに、マーゲイは緊張で声が震える。

「えっと、サバンナ、ガールズの、皆、さん、です……」

 マーゲイが道を開けると、真っ先にタヌキが入ってきた。

「PPPの皆さん、今日のサプライズの件で話があります」

 まるで犯人のアジトに入り込んだ警察のようなタヌキの様子に、さすがのプリンセスも不安の色が浮かぶ。

「サプライズって、別に私たちは悪いことをしようってわけじゃ……」

「では、その内容を聞かせていただきましょうか。マンモス!」

タヌキの指示で、マンモスはその長い鼻を器用に使い、気絶したままのコウテイをあっという間に捕らえた。

「さあ、あなたたちの目的ははっきりしています。吐いてください、サプライズの内容を!」

 コウテイを人質のようにとったタヌキは、もはや得意げですらあった。

「ここまでやる必要あったのかな……」

 その後ろで、オカピだけが冷静さを保っていた。


 PPPとサバンナガールズの会議は、タヌキとプリンセスを中心としてしばらく続いた。マンモスは念のためコウテイを放さなかったが、サーバルを床に寝かせたところ、いつの間にかその横でフルルも眠ってしまったのは気にしないことにした。

 会議の結果としては、PPPのサプライズにタヌキたちも参加したいが、道具の数が足りないため、それはかなわないということになった。

「そうですか……」

「ええ。あなたたちが協力してくれるのはうれしいけど、ごめんなさい」

 プリンセスが謝ると、再び入り口の扉がノックされた。だが今度は、マーゲイが立ち上がる前に声がした。

「じゃぱりびんから、衣装のお届け物なのだー!」

 じゃぱりびんのアライグマだ。おそらくフェネックも一緒だろう。

「私、取りに行ってきますね」

 あらためてマーゲイが立ち上がるが、プリンセスは少し黙って考えてから、彼女を止めた。

「……いや。私が行くわ」


 プリンセスが扉を開けると、その先からアライグマが満面の笑みで大きな箱を差し出した。

「お待たせなのだ! こちらえっと、おりたた」

「そうそうアライさんにフェネック、立て続けで悪いのだけど……」

 プリンセスは感謝の笑顔で箱を受け取るが、その表情には次の瞬間、暗い雲が入り込んだ。

「この衣装、もうひと箱用意できないかしら?」

「ふえっ!?」

 突然の追加注文に、アライグマはもちろん、その後ろのフェネックも驚く。

「たしか、さばくちほーの地下倉庫だったわよね? 急げばライブにも間に合うんじゃないかしら?」

「そ、それは無理なのだ! この距離を走るのはつらいのだ!」

「そう、そうよね。私の大切なお友達のために用意してほしかったのだけど……」

 プリンセスは寂しそうな表情で二人から目を逸らすが、その瞳の奥には明らかに別の感情が隠れていた。

「さすがに、それは……」

「おねが~い」

 プリンセスはこれでもかとあざとくアライグマに迫る。うるうると涙を浮かべた瞳に殺意にすら近い感情がこもっているのは、アライグマにもはっきりとわかった。

「は、はいなのだー!」

 アライグマはプリンセスの押しに負ける形で、勢いよくもと来た道を戻っていった。

「また来るねー」

 後から追いかけるフェネックも、言葉こそは温厚だったものの、その声にはわかりやすく敵意がこめられていた。

「……ふう」

 二人の背中を見送ると、プリンセスは目を閉じ、ため息とともに扉を閉めた。

「サバンナガールズ……面白そうじゃないの」

 再び開いたその瞳は、決意と期待に揺れていた。


 そして、いよいよサバンナガールズとPPPによる合同イベントが始まった。

 オープニングを飾ったのは、サバンナガールズからサーバルとオカピ、PPPからはプリンセスとコウテイの四人によるコラボレーション。今までになかった組み合わせから、この演出がサプライズだと思った観客も多いことだろう。と言うより、すでに舞台袖でマーゲイが鼻血を流していたのだが。

 オープニング曲『けものみち』を歌い終えると、次のトークイベントのため、わずかな休憩時間が入る。その間に、各メンバーはその時間でサプライズ用の衣装に着替えるという予定だ。じゃぱりびんに急遽注文した追加衣装も無事届き、残るは実行のみという段階だった。

「それにしても、あの時のアライさんの顔、すごかったね! プリンセス、何か変なこと言ったんじゃないの?」

 着替えながら、サーバルはプリンセスを小突くようなそぶりを見せる。

「べ、別に何も言ってないわよ。ただ、ちょーっと急いでもらったくらいで……。それより、あとは相手が来てくれるかだけど……」

 不安そうに視線を落とすプリンセスの肩を、先に着替え終えたコウテイが優しく叩いた。

「彼女なら、きっと来るさ。間違いない」

「コウテイ、どうして」

「さあな」

 プリンセスの言葉を遮るように、コウテイは足早に控室を出て行った。

 一方そのころ、部屋の片隅でタヌキが顔を青くしていた。

「き、緊張してきました……」

「どうしたのよ。今朝はあんなにノリノリだったじゃない」

 自分より責任重大な役を見つけてか、プリンセスはやや上手に出る。

「だってぇ、私の分だけ衣装キャンセルしたの、絶対わざとですよね!」

「それは、そっちの方がいいかなって思って……それに、やるなら派手にやりたいじゃない?」

「まあ、いいんですけど……」

 一人だけ普段のままのタヌキは、涙目ながら呼吸を整え、コウテイの後を追った。


 時は少し戻り、オープニング中の出来事。観客にばれないよう、少し遅れてクロヒョウがみずべちほーにやってきた。

 コウテイに渡された地図の通り、ステージから少し離れた場所には、背の高い木があった。それも、フレンズが数人のぼっても平気そうな丈夫な木が。

「登れ、っちゅーことか」

 コウテイの「大丈夫」の内容は、ヒョウの身体能力ならこれくらいの木は登れるということだったのだろう。クロヒョウは、それ以上深く考えようとはせず、するするとその木を登った。

 そして、程よい枝を見つけて腰掛けると、そこからは観客席を含めたステージ全体を見渡すことができた。たしかに、コウテイの言った通りの特等席かもしれない。いつもステージに立っている彼女がなぜこの場所を知っていたかはさておいて。

 そして、特に何事もなくオープニングが終わった。異変は、その後だった。

 地を這いずるような気味の悪い声がした。クロヒョウの本能が、途端に危機を察知した。

 条件は揃っていた。多くのフレンズが集まり、捕食する輝きも多い。さらに観客が密集していることで自由に動けず、逃げ道となる出入り口もそう広くはない。

「……セルリアン!」

 それは、ステージの両サイドから現れた。首から下は黒い上着を着たフレンズと似たような姿をしているが、巨大な球体に一つ目と耳をつけたような青い頭部は、自然と相手の恐怖心を煽り立てる。その数、実に八体。

 幸運にも、それはハンターですら苦戦した黒いタイプではない。ある程度なら、観客がパニックに陥る前に対処できる。クロヒョウに迷う時間はなかった。

 すかさず木から飛び降り、観客席後方まで伸びた花道に飛び移り、全力でステージへと走る。

 だが、ステージまであと一歩というところで、クロヒョウの足が止まった。

 目の前、ステージの壁を突き破るようにして、巨大なセルリアンが現れたのだ。

 セルリアンの弱点である石は、このタイプの場合、頭上や後頭部にあることが多い。だが、このセルリアンはクロヒョウの身長の二倍以上。クロヒョウの跳躍力をもってしても、手が届くのはせいぜい首元がいいところだった。

 クロヒョウはその姿を見た時、フレンズとしての終わりを覚悟した。周囲を取り囲むセルリアンが、腰から小さなつららのようなものを取り出し、彼女に向ける。

 クロヒョウが目を閉じた、その時だった。

「「「せーのっ!」」」

 聞き覚えのある声の直後、目を開けたクロヒョウの周りには、色とりどりの紙吹雪やテープが飛び交っていた。

「「「クロやん、お誕生日おめでとう!」」」

 その声は、明らかにセルリアンたちの中から聞こえた。クロヒョウが状況を理解できず立ち尽くしていると、セルリアンたちは両手で自らの頭部を持ち上げ、次々と外していく。

「えっ……えっ?」

 頭部を外し、次に黒い上着を脱ぎ捨てたその姿は、完全にいつものPPPとサバンナガールズだった。

「サプラーイズ!」

 普段の姿に戻ったサーバルが、真っ先にクロヒョウに抱きつく。他のメンバーも笑顔で歩み寄るが、その中にタヌキの姿だけが見当たらなかった。

「まさか……」

 クロヒョウはあらためて目の前の巨大セルリアンを見ようとしたが、そこに先ほどまでの巨体はなく、代わりに騎馬戦のようにマーゲイとオオフラミンゴに担がれたタヌキがいた。

「どうしてっ、華麗なはずのわたくしが、こんな目に……」

「私だって、できるならPPPの下敷きになりたかったんですよ……!」

 二人はそれぞれ文句を吐き続けながらも、タヌキを慎重に降ろした。

「タヌざえもん、あんた、これって……」

「ええ。一世一代の大化かし。大成功です!」

 よほど力を使ったのか、タヌキは額に汗を浮かべながらも、その笑顔は清々しかった。

「本当だったら昨日やるはずだったのだけど、どうしても予定が合わなくてね。勘違いさせて、こめんなさい!」

 ステージ上にもかかわらず、プリンセスが深く頭を下げる。

「あぁ、いや。うちは、その……」

 言葉に困るクロヒョウの肩を、コウテイが後ろから叩いた。

「どうだ? これでも、君の理想と違うか?」

「クロやん、また……一緒にアイドル、やってくれる?」

 コウテイの後ろから、オカピが申し訳なさそうな目でクロヒョウを見る。

「その……、乗り気じゃないのは最初っから変わらんけど、あんたらに引き戻されて、しょーがなく続けることになったってスタンスで、アイドルをやりたい!」

「マンモス、何言ってるかわかった?」

「いや? ぜーんぜん」

 恥ずかしげに尻尾をいじるクロヒョウに対して、サーバルとマンモスがわざとらしい反応を見せる。

「あーもう! やっぱうち、アイドル大好きや!」

「そうこなくっちゃ! みんな、位置について!」

 サーバルの合図で、サバンナガールズとPPP、総勢十名が配置につく。マーゲイとオオフラミンゴは、作戦通りに偽物のセルリアン衣装を抱えて舞台袖に戻っていった。

 全員を代表して、プリンセスがマイクを握りなおす。

「サバンナガールズも揃ったところで、あらためていくわよ!」

「「「ようこそジャパリパークへ!」」」


 アイドルとは、不思議な存在だ。

 派手な格好をして、歌ったり踊ったり、時には人前で他愛もないような世間話をしたり……。それだけで周りが笑顔になれるのだから、なおさら不思議な話だ。

 こんな素敵なことを、いつ誰が、何のために始めたのか。それは誰も知らない。ただ一つ、確実に言えるのは、それがそう簡単なことではないということだ。

 これは、そんなアイドルを目指すけものたちの、ちょっとした事件の話。


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