義理の子
時を遡る。ワサには子があった。と言っても義理の子である。
人柄もよく地域に馴染んだ青果店の店主を演じていた頃、果物を買うわけでもあるまいに店先にたむろする孤児がいた。ワサは「人柄がいい」人間であったため、汚い恰好のその子どもを邪険に追い払えなかった。
しかし化けているとはいえ生計は経営する青果店の売り上げで賄っている。汚い子どもが店先にいて売り上げが落ちてはならぬと、ワサはその子どもに声を掛けた。何をしているのか、と。
『僕も、果物屋さんになりたい』
ワサは困惑した。どうしてかと聞いた。
『だっておじさん、優しいもん』
自分のどこが優しいというのか。これは作った優しさだというのに。
『今までにこうやって雨やどりしたら、大抵唾を吐かれて追い出されるんだもん』
唾を吐ける市民の方がまともだと感じた。ろくに公民権ももたず身寄りもない孤児に対しても、自分の本性を悟られてはならぬと作った仮面を振りかざす自分の方がよほどお前を裏切っているのだと。
『おいら、ナコっていうんだ。おじさんの弟子にして』
――構わないが、修業は厳しくつけるよ。
微笑みながら言った自分に戸惑った。心がふっと軽くなった気がしたのだ。作りものでない優しさをこの子には与えられると。新しくありながら懐かしい感覚だった。
ギロチンの刃が頭上に鈍くきらめく。自分は仕えた主の敗戦の咎を負いこれから処刑されるのだ。遠くに将軍がいた。
『遅すぎたな』
一昨日の将軍の言葉が蘇る。ナコという幼い子どもがルミディア王国第二王子邸にいると聞かされ、無意識に流れた涙を将軍は見逃さなかった。
『お前は人間性を取り戻すのが遅すぎた。お前に自分が経営していた青果店のその後を調べさせたのはなぜだかわからんだか。お前の上司が私に進言したのだよ』
――キラブラさんが、なぜ?
『お前を殺さないでほしいんだそうだ。想い人ミク妃を助けたからだろうな』
わかるようでわからなかった。涙が乾いたのを見計らって、将軍は軍人の顔に戻り、淡々とワサへの罪状と刑の種類を述べた。
『執行は、
処刑場の将軍はワサから目を逸らした。そして逸らしたまま右手を挙げた。裏切者を処刑せよと息巻く観衆の目前で、刃を保っていたロープが切られた。意識が途切れる瞬間、聞こえたのは快哉を叫ぶ声ではなく悲鳴だった。
――死体を見に来たくせに、無様だな
ワサは事切れた。所詮人間とはそういうものだと、諦めのような感情が身体を支配し、やがてその感覚は分断され、意識が途切れた。
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