冬の祭り

 五年前からというもの、王国から事実上消滅してしまった冬の初めの行事がある。厳しい冬に備え豊作を祝うその行事では多くの穀物を使い一日中宴会を行う。生真面目で知られる王国民が唯一気分を解放するこのイベントは、それから食料を貯めなければならないのに浪費するという矛盾によらず国民の一年間の心の支えとなり長きにわたって行われていた。



 感謝祭と呼ばれるその祭りを、三歳の子は知らない。幼い孤児のなかに祭りを知らない者がいると聞いた第二王子は目を見開き、「そうか、もう五年になるか……」と呟いた。


「どうでしょう、この際代替食で感謝祭をやるというのは」


 第一夫人ファオンが第二王子の肩を叩きながら言った。


「それはどうだろう。トウモロコシにしてもジャガイモにしてもまだ改良の途上であるし、それらに対する国民の不信感も取り除けていない」


 第二王子は少々不機嫌のようだった。これまで彼を苦しめてきた王と第一王子の勢力が弱まったというのに、それ以前と同じかそれ以上の激務に曝されていた。依然として外交に明るいのは第二王子であり、様々な国に外遊せねばならないのはまだいい。


「なにかご心配ごとでも?」


 ファオンは素早く話題を切り替えた。長きにわたり王子を支えてきた彼女は、妻というよりはよき同僚で、王子の心の機微をいち早く察することができたのである。


「心配と言うほどではないが……兄上の様子が気になる」


「サラエル様が――」


 ファオンにも思い当たることがあった。古い価値観の王国において一人の妃しか置かず古くからの名家を重視した彼は、そのどちらにも裏切られる恰好でどちらも失った。両翼を失ったがごとき第一王子は活力を失い、政務も滞りがちになっている。


 現国王が長子を可愛がっているのは以前から明白で、古くからの価値観に合う第一王子が生気を失い、多くの妃と民間からの人材登用という価値観にそぐわない行いをした次男が勢力拡大を行っているのが内心気に入らないに違いない。しかし第一王子がそうである以上第二王子に政務の代行を依頼しない訳にはいかないのである。第一王子に重要な政務を任せていたのが今になって王の首を絞めていた。


「国王陛下とて美しき虹彩眼の王族でありましょう。ご私情で国政を混乱させあそばすことはないと存じますよ」


 ころころと笑うファオンに第二王子は肩の力を抜き、そうだなと独り言つごつ


「では、感謝祭の用意でも致すか」


「あら、聞いておられたのですか?」


「当たり前だ」


 兄弟による王位継承争いを避ける意味合いで弟である彼は王都の宮殿に住めず、母も早くに亡くなったため親の愛を知らずに生きてきた。


「こんどは私が王国民の親になれればいいのだが」


 第二王子邸近くの国民を呼んで開かれた小さな感謝祭は、ことに子どもたちを喜ばせた。美味しく料理された代替食を子らは喜々として食べたのである。大人らも、第二王子邸で生き生きと働く孤児たちやジャガイモとトウモロコシを使った料理を頬張る自分の子を見て、少しづつ価値観を変えていった。




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