42 今の自分にできることなんて

「優斗さん大丈夫ですか!? 怪我どうしたんですか!? なんで手錠してるんですか!? わいせつぶつちんれつ罪ですか!?」


「落ち着け依緒。僕は大丈夫だし、名前しか知らない罪状を突きつけるな」


 心配してくれる依緒をなだめながら、床に倒れている国前を確認する。起き上がる気配はない。


「おっ起きろ役立たず! くっ……使えないやつめ」


 クジャクの声が遠ざかる。成す術がないと分かって引いたのか。

 油断はできないが、とりあえず目の前の危機には対処できたようだ。


「助かったよ。でも、なんで入ってこれたんだ?」


「うー………………なんでかな?」


 依緒がドアを透過する直前、不思議な音が聞こえたのは覚えている。施錠が解除されるような音だった。でもドアは一ミリも開いていない。


「きっとわたしのお願いが届いたんですよ。いい子にしてたから! ピヨせんせえもそう思いま……うわぁせんせえが弱ってる!」


「だ、だいじょうぶぴよぅ」


 ピヨが弱々しい声をかけてくる。


「がんばりすぎちゃったぴよね。落ち着いて休めば元気になるぴよ」


「ピヨ、あのとき何したんだ?」


 僕が首を締めあげられているとき全身に走った、電気のような感覚。国前の力が緩んだのもその直後だ。クジャクの飾り羽も無力化された。こんな隠し技があるなんて聞いていない。


「ぅぴぃ、ピヨにもよく分からないぴよ。ただユートを助けたいと思って、とにかく力を出しただけぴよ」


 手錠でつながれた両手を見下ろす。これといって変化は感じない。

 てっきりピヨが奥の手でも出してくれたのかと思ったけど……。


「まあ今はいいか。お前もやっと部屋の中に入れたな」


「はい。やっと開けることができました。それに」


 依緒は横たわる少女を見つめる。


「見つけました。わたしの探していた――わたしを」


「思い出したのか、全部」


「記憶は全然ですけど、なんか気持ちが満たされた感じっていうか、ゴールに来たって気分です。えへへ」


 依緒の表情は今まで以上に明るく見える。


「ヒーローっぽくピンチに参上できたし、優斗さんはわたしのお願いをぜんぶ叶えてくれました。たしかこういうのって……そう、天にものぼる気分です!」


「僕はヒロインポジションじゃないっておいどうした!?」


 依緒の全身がほのかな光を放ち始めた。


「わたし光ってる! イルミネーションだ!」


「それは違うな」


「なんだかふわふわ……ぽかぽかしてきました」


 光は少しずつ強さを増し、依緒の輪郭りんかくをかき消していく。否定してしまったが真冬に彩られる電飾のように、きらきらと輝く。そのまま光の中へとかき消えてしまいそうだ。


「ぴぇ、もぴかして本当にお空に昇っちゃうぴよ?」


「どうなっちゃうんでしょうね。でもきっと、行かなきゃいけないんです……あるべき場所に」


 優斗さん。

 呼びかけられた声は満ち足りている。


「今までありがとうございました」


「僕は何もしてない。逆に助けてもらったし……それになんだかんだ楽しかったよ、この一週間」


 最後だと思うと、状況にそぐわない言葉でも伝えなければならない気がした。


「あのぅ、最後にひとつだけいいですか」


「いいよ。僕にできることなら」


 依緒の身体から無数の小さな輝きダイヤモンドダストが放たれる。粉雪が舞い落ちる様子を逆再生したように神秘的で、とても美しい光景だ。


「あたま、でてください」


「そんなことでいいのか?」


「それがいいんです」


 今の自分にできることなんて、それくらいが関の山か。

 じゃらりと不自由な音を立てながら右手を依緒の頭に寄せる。



 ――また会いたいな。



 手のひらに感触はなかった。

 無数の粒子は宙に散り、光源は静かに空間から消えていく。


 六畳一間の現実が戻る。依緒の姿はない。


「あいつ、天国に行けた……よな」


「決まってるぴよ。行けなかったらピヨが神に往復ビンタ食らわせてやるぴよ」

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