38 逆転の鍵(2)

「この髪留めは行方不明になっている女の子の持ち物です。名前は九蔵依緒。紅鷹こうよう中学校、一年四組所属。出席番号二十番。身長は百四十九センチ」


 国前さんの前に髪留めを差し出し、黒旗さんから聞いた情報を自分の言葉として述べる。大家はにらみつけるような眼で僕の話を聞いていた。


「ご両親の話では先週、木曜の夜に家を飛び出してから帰ってきていないそうです。日曜に届いたメールを最後に連絡が取れません。学校は金曜日から欠席していました。父親と名乗る男性から欠席の電話があったために疑問を持たなかったそうです」


 国前さんはいつもより目が大きく見開いている。


 行方不明者と関係性のない高校生がなぜ個人情報や事件の経緯を知っているのか。驚いているに違いない。意外性と具体性の混濁が国前さんの判断力を圧している。


 このまま情報量を増やして疑念の壁を突破するんだ。


「GPS機能で依緒さんの所持するスマートフォンの位置情報を調べたところ、最後に反応を確認したのがそこの公園です。そして僕がここ一週間で調べた末、第二孔雀荘の一〇二号室前でこの髪留めを見つけました。間違いなく彼女の所持品です」


 さすがに室内で見つけたとは言えない。部屋の前が最適だ。

 髪留めの装飾が玄関の光にきらめく。その輝きを大家の目はどう捉えているのか。


「中にその娘がいたと言いおったのは……」


「僕の協力者が確認したそうです」


「坊主と一緒に来た姉さんか?」


 僕は首を横に振った。配役を当てるならもっといい人物がいる。


「大人です。国前さんは一度お会いしていますよ」


「……ああ、その人も姉と名乗っていたね」


 警官帽のつばを下げる。女性に苦手意識のある国前さんは、思い出したくない記憶なのだろう。しかし髪留めの証拠価値を高めるには打ってつけの出来事だ。大人の存在は情報の出所を裏づけてくれる。


 確認のしようがない事象はすべて利用。都合よく連結させる。


「僕の協力者と状況を整理した結果、人がいた形跡があると判断しました。よって詳しく調べるために二〇一号室を開けてください」


 僕の言葉に「純然たる嘘」はひとつもない。事実を様々な言葉に言い換えているだけ。嘘じゃないという自覚が精神を支え、言葉に信憑性を持たせてくれる。


 大家は渋面を浮かべ下を向く。僕がここまでの情報を持っていたことが予想外だったのだろう。


「本当に、あの部屋に行方不明の子が」


「います」


 断言する。その証拠が僕の手の中にある髪留めなのだから。

 国前さんは帽子を深くして考え事をしているようだ。絶体絶命だった数分前から一変、流れは僕に向いている。


 あとひとつ、決め手があればきっと――!


「坊主」


 ひそめるような声で大家が問う。委縮しているように見えるのは、立場が逆転したせいだ。


「お前は……何者なんじゃ。まさか本当に探偵なのか?」


 たしかに口から出たのは、一般高校生が知りえない情報ばかりだ。探偵だから知っていましたと言えば説得力が増すのだろうか。


 僕は…………?


 探偵という職業は実在すれど現実味がない。フィクションのように感じている存在を名乗り、国前さんを納得されられるのだろうか。証拠もないのに。


 僕は……。


 パッとひとつ思い浮かんだ。それは依緒を助けるには実にしっくりくる存在だ。


 しかし現実世界で名乗るのは実に馬鹿げている。探偵以上に空想的で抽象的。

 だけどこの場で唱える言葉として、これ以上の肩書きはないと思った。僕が依緒に対して、そうありたいのかもしれない。


 僕は。


 路希ろき先輩も言っていたじゃないか「現実離れしている設定の方が、意外とすんなり受け入れられるものだ」と。


 自分でも分からないけれど、その言葉は自信に満ちていた。


「僕は正義の味方です」


 家の奥から時計が時刻を伝えてくる。ぽーん、ぽーんと古めかしい音。

 大家は理解しがたそうに白いひげを撫でている。言ってしまったあとで大きな間違いを犯した気になった。その場の勢いに流され過ぎた思考を反省する。


 すべてが水に流れてしまったら……。


「そこまで言うなら部屋を見てみようか」


 国前さんが根負けしたように笑う。

 崩した!


「申し訳ありませんが、部屋を見せてもらっていいですか。筆村さん」


「いいのか、開けても」


「こちらに許可を取る必要はありません」


 髪留めを乗せていた手のひらは、じっとりと汗をかいていた。僕はゆっくりと指を握り、状況をかみしめる。


 乗り切った。でもまだ終わりじゃない。あと少しだ。

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