35 あと一日(1)
帰宅してフローリングに座り込み、そのまま仰向けになる。制服越しに染み込んでくる床の冷たさ。
もしかしたらこの部屋も回転するんじゃないのか、そんな不安を感じてしまう。
「どうにかしたくても、どうにもできないわけで……」
だだっ広いリビングには放り出した鞄と、家の鍵。
探しているのはこれじゃない。
「こっちだって渡せるもんなら渡したいっての、なぁ?」
返事がない。家で話しかける対象なんて一人、いや一匹しかいないのに。
「おーい、ピヨ」
「……ぴにゅ? あれ、おうちに帰ってきてたぴよね」
「寝ぼけたこと言うなよ」
まさか本当に寝てたのか?
クジャクの異空間を脱出してからピヨは一言も発していなかった。普段なら誰かといても、思ったことを好き勝手しゃべっているのに。
「いやぁ、部屋の回転で酔っちゃって休んでたぴよ」
「ひよこって酔うの?」
「ピヨは三半規管が発達しているスーパーひよこだから仕方ないぴよ。それよぴも怪我の具合はどうぴよ」
額の絆創膏をぺりと剥がしてみた。内側に付着した赤色はすっかり乾いている。変色していた打撲個所も肌色に戻っていた。脇腹の痛みも感じない。
「もう大丈夫。それより今後の対策だ」
僕は
「あの異空間じゃ手も足も出ない。だから」
「ぴぃ……ピヨはあんまりおすすめできないぴよ」
「それ以外に依緒の身体を開放する手掛かりがあるのか?」
「ない、ぴよ。でも……」
ピヨは僕の膝に降りてきて、あざの消えた手の甲をさする。肌触りの良い羽毛がくすぐったくも気持ちいい。
「取り憑かれてもいないのにファントムと協力しているなんて、何を考えているかわかったもんじゃないぴよ。もしかしたら今日みたいな怪我じゃ済まないぴよ」
「人間ならファントムよりも対処しやすい。それに協力者の見当はついてる」
「フデムラ……本当にあのおじいちゃんが関わっているぴよ?」
「現状考えられるのは大家さんだけだ」
アパートの持ち主で部屋の変化に気がつかないのはおかしい。一〇二号室について何かを隠しているのは今までの態度から明白だ。
「直接話を聞こう。こっちがクジャクの存在を認知している以上、ごまかしは効かない」
「ちょっと落ち着くぴよ。向こうもクジャクづてにピヨたちの情報を聞いて、警戒するかもしれないぴよ」
「だったらなおさら時間がない。もし依緒の身体が別の場所に移動されたら……」
「それでのこのこ出て行くのは相手の思うつぼ、今度こそあの空間に閉じ込められるかもしれないぴよ。次も出てこられる保証なんてどこにもないぴよ?」
「分かってる……でも……!」
早く何とかしたいと思うのは、依緒の死を実感したからなのか。行き場をなくした魂に情をかけるなんて、まったく自分らしくない。
もしかしたら僕はどこかで頭や心の部品を壊してしまったのかもしれない。だから非合理的な考えに疑問を持たなくなってしまった。
パーツを失った身体は制御が効かない――何もしないなんて嫌だと責め立てる。
「大家さんに電話しよう。住む部屋のことで話があるって切り出せば会ってくれる。タイミングが良ければけん制になるかもしれない」
「だから焦りすぎぴよ! もうちょっと冷静に――」
取り出したスマートフォンが震える。着信だ。
「非通知……? こんなときに……」
出足をくじかれたような苛立ちを覚えつつ、通話ボタンを押す。
『鍵を渡せ』
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