32 絶対的強者(1)
「ぴゃっ! なんで開いてるぴよっ!?」
ピヨが僕の心境を代弁する。
玄関が施錠されていたのは確認済み。それが十分も離れていない間に開いた。
「鍵もないのにどうやって――」
疑問を発した僕の唇を細い指が塞ぎ止める。
「言ったでしょう。女の秘密を覗くものではないって」
余裕
「少年はここに残ってもいいのよ」
「……行きます」
「靴は持って入ってね」
そう言いながら黒旗さん自身は靴を脱がず、ポケットから取り出した袋をかぶせて畳に上った。シューズカバーのようだが、雨も降っていないのになぜそんなものを……?
いや、そんなことより部屋に入れるんだ。この機会は逃せない。
「依緒、行くぞ」
僕は小声で依緒を招き入れる。
「は、はいっ、おじゃましまぁでっ!?」
以前も見たリアクションに既視感を覚える。依緒の頭は部屋の外と内の境界線ではじかれた。まるで透明なアクリル板で阻まれているように。
「おい何やってるんだ、早くしろ」
「そんなこと言われても壁みたいなのがあって入れません~。なんでなの?」
こちらからはパントマイムをしているようにしか見えないが、ふざけているわけじゃない。なんでと思っているのは僕も同じだ。
「鍵は開けたのに……っていうか、部屋に入るのが依緒の願いじゃなかったのか?」
あれだけ開けたい開けたい言っていたのに入室できないってどういうことだ? 念願叶って扉が開いたんだぞ。使命のように切望していた扉が……。
いや待て。そんなこと言っていたか?
依緒は扉を見て「開けなきゃ」と望んでいたが「扉」「ドア」とは一言も口にしていない。
見ていたのはその向こうにあるもの――
「依緒、お前が開けたいものってなんだ?」
「『箱』です」
箱? なんの箱だ?
「なにしてるの。さっさと入りなさい」
扉を開けたまま玄関に立っていた僕の腕を黒旗さんが引っ張る。とっさに依緒の手をつかんで強引に招き入れようとしたが、扉の境界面でバチっと音がして依緒がはじかれる。僕には衝撃も痛みもなかった。
扉は閉められ、サムターンが回される。施錠された部屋は再び密室に戻った。
「面倒はかけないで」
言うなり黒旗さんはすぐに部屋を物色し始めた。
「イオが入れなかった理由は分からないぴよが、まずはピヨたちのすべきことをするぴよ」
「結晶の気配は部屋全体から伝わってくるぴよ」
ピヨが身体を震わせている。実は僕も室内に入ってから違和感を覚えていた。
結晶の気配、というものは分からないが……なんか、こう……落ち着かない。圧迫感もあるし、首の後ろを毛玉で撫でられているような……どうにも居心地が悪い。
しかし部屋自体は他と一切変わらない。違うのは壁のシミや天井の木目くらいだ。
「ピンポイントで感知するのは無理ぴよ。それとなく歩き回って肉眼で探すぴよ」
なかなか難しい注文だな。でもやるしかない。
とは言っても塵ひとつ落ちていない六畳一間に異物はない。残るは押入れ。トイレ、風呂場くらいだが、すべて黒旗さんが先んじて調べている。リアクションがないところを見るとハズレだったらしい。
だったら結晶はどこにあるんだ?
夕暮れを告げる鳥の声。室内は少しずつ闇を深くしていくが、もちろん部屋の照明は使用できない。スマートフォンでピヨと会話したいが、少しの明かりもまた怒られそうな気がする。
入室できたのに、これじゃあせっかくの機会が無意味だ。
「少年の部屋と異なる部分はある?」
遠慮なく歩きまわる黒旗さんには、罪の意識がまるで感じられない。
「まったく一緒です。それよりこれって不法侵入ですよね。いいんですか?」
「正確には住居侵入罪。三年以下の懲役または十万円以下の罰金。でも部屋から何かを奪う目的で入ったのなら
盗るものなんてひとつもないけど。
「詳しい……じゃなくて! 犯罪って分かっててどうして入ったんですか」
「少年が偶数を出したから」
さも僕の責任みたいに言ってのける。言えないが六の目にしたのは依緒で、僕じゃない。それに結果として部屋に入るだなんて予想もしていなかった。
何もかもが規格外で想定外。なんだこの人。
このまま協力体制を続けていいのだろうか。もしかしたら僕は間違った道を進んでいるんじゃないのか。
サイコロを振る前には戻れない。ならここではっきりさせなくては。
「黒旗さんは本当に学校の先生なんですか」
「疑っているの?」
「信じられないだけです」
「子供は素直な方が可愛いものよ」
出会って初めて黒旗さんが笑みをこぼす。面白いことを言ったつもりはない。
「じゃあ……本当は泥棒って言ったら信じるのかしら」
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